【207 第一次西部攻略戦(三) ~地下牢での密談(後)~】
【207 第一次西部攻略戦(三) ~地下牢での密談(後)~】
〔本編〕
宰相マルダーは、今後の聖王国の出方に対する方策への助言を聞きに来たと言っておきながら、あっさりと口を滑らし、北部側指揮官がマデギリークで、南部側指揮官がヌイということまで喋ってしまう。さらに、慌ててそれを自分と推論であると苦しい言い訳までして……。
しかし、セミケルンが、ここでそのことについて追及してしまった場合、マルダーはこの場から立ち去ってしまうであろう。国難より己の沽券の方がはるかに大事であるから……。
それが分かっているセミケルンは、マルダーの言い訳に気付かないふりをして、そのまま話に便乗した。
「成程、ヌイが将軍に昇格したか! ならば、お前の推論通りかもしれぬな!」
「そうであろう。そして北部のジュリス王国側の将軍はフセグダー将軍と俺は推測している。北部がマデギリーク大将軍とフセグダー将軍、そして南部がヌイ将軍と想定した場合、どのような手が最適か! 俺もある程度考えがまとまってはいるが、先ずはセミケルン殿の意見を伺いたい」
「そうだな! マルダー宰相閣下の推論どおりのことが起きるとすれば、それはミケルクスド國が滅亡するか否かを左右しかねないほどの国難! これほどの国難に対処するには、手は一つしかない! こちらも最強の手駒で対抗するだけだ! それも一切出し惜しみせず!! 聖王国は仮に敗れても、その状況次第では立ち直ること、あるいは仕切り直しをすることも出来る。しかし、我らの負けは全てを失う! そのような事態の戦力の出し惜しみは、意味がないどころか、最もしてはいけない愚かなこと! つまり具体的に言えば、ミケルクスド國最高峰の三将軍全てを、この想定される戦いに投入するということだ!」
「……成程! さすがはセミケルン殿! 私の意見とほぼ同じですな。しかし、北方と南方からの二方面戦線であれば、三将軍のうちの二将軍を戦いに投入させればそれで済むと思われるが……」
マルダーは、セミケルンの意見に自分も同意見と言いながらも、その対応には二人の大将軍で済むのではという見解を示した。
「確かに北方、南方の二方面戦線ではあるが、敵はどちらも最強の布陣で侵攻してくる! 三将軍レベルであれば、さすがに負けるとは考え難いが、それでも勝敗は時の運。北方南方の二方面を両方迎撃して、やっと我が國は国難を脱せるという状態。……なのでどちらかの戦線で仮に後手を踏むような事態に陥れば、敵は一気に王都までに攻め寄せる。その状態で、残りの一将軍を王都の守りにしていたとしても、それは大いなる手駒の無駄遣い! それよりは、二将軍を北方、南方の二正面の迎撃に向かわせ、残りの一将軍を東から聖王国領に攻め込ませるのが上策と思われる。敵は我が國の北方と南方に強部隊を集中させている状況だからこそ、東側の聖王国領は手薄となっているはず。そこに三将軍の一人を投入させれば、一気に聖王国領の内陸部深くに攻め込むことが出来る。聖王国領内陸部深くに攻め込めれば、そこからの幾通りもの動きが可能だ! そのまま東進し聖王国の王都マルシャース・グールまで攻め寄せるも良し、北上し、聖王国、ジュリス王国連合軍の背後や側面を攻めるも良し、また逆に南下して、ヌイ軍の背や脇を攻めるなど、こちらが一気に主導権を握ることが出来る! これなら国難を回避するのみならず、聖王国を逆に追い詰める一手となり得る。私としては、北方軍より実力の劣るヌイ将軍の南方軍を二将軍で挟撃し、そのままバラグリンドル地方を奪回出来れば、分断されたミケルクスド國を再び一つにできる! おそらく、マルダー宰相閣下も同じ考えにまで至っているとは思っているが……」
「うむ、さすがはセミケルン殿! 私と同意見だ! 私の意見が、セミケルン殿が語ったことにより確証出来たのは非常に喜ばしい。ここを訪れた甲斐があったというもの!」
「……ところで一つだけ、宰相閣下にお尋ねしたいことがある」
「何なりと、王へも貴殿のことを良く言っておくつもりではある」
マルダーもここに訪れた当初の青い顔に赤みが差し、非常に上機嫌になっていた。
「一つだけ疑問がある! 聖王国がバラグリンドル地方の完全領土化と国土の拡充を目指し思い切った手を打つということは推測出来るのだが、それを本当に実行に移せば北の強国であるバルナート帝國が黙っていないと思うのだが……。かの國からすれば、たとえ我が國の援軍要請がなくとも聖王国に攻め込む可能性は高い。バルナート帝國からすれば、ミケルクスド國攻略に聖王国の強部隊が集中しているのであれば、それは聖王国領を切り取り放題という絶好の機会であるから……。そのような機会を見逃すようなバルナート帝國とは思われない」
「そうなのだが、実は今年の一月に聖王国とバルナート帝國は、五年という期限付きではあるがお互いの國に攻め込まないという不可侵条約を結んだのだ!」
「そのようなことがあったのか? まさかそのような条約締結が実現するとは……」
セミケルンからすれば、とても信じることが出来ない事態であった。バルナート帝國の立場から考えるに、その条約の締結に何らメリットがあるとは思えないからであった。
しかしここに、セミケルンが知りようのない一つの大きな事実があった。
彼は一昨年にあたる龍王暦二〇八年一〇月、突如王都に帰還したマルダー達佞臣によって牢へ投獄されたため、その一つの大きな事実を知ることがかなわなかった。
厳密に言えば二つの事柄になるが、曰く二〇九年九月の聖王国における聖王殺害による第一聖王子の軍事クーデター、そしてその後の第四聖王子ブーリフォンによるクーデターの鎮圧。
その鎮圧によって二一〇年一月のブーリフォン聖王の誕生という、牢に投獄されていなければ、逆に知らないでいることの方が難しい重大事件であった。
この事実をマルダーは、セミケルンにはあえて伝えなかった。マルダー自身があまり重要と受け取っていないこともあるが、それ以上に、それをセミケルンに伝えたことにより、あるいは牢の中から別の者を通じ、王へ取り入り、本当にセミケルンが宰相に返り咲いてしまうかもしれないという危機感からであった。
セミケルンの宰相への返り咲きは、マルダーの失脚を意味している。マルダーのこの漠然とした危機感が、マルダー自身の失脚の時を少しは遅らせたが、同時にミケルクスド國を、中堅国家から小国へと転落させるという最悪の道に踏み込んでしまったことに他ならない。
歴史に“もし”はないが、“もしマルダーが、牢獄のセミケルンに聖王国がブーリフォン政権になったことを告げた”としたら、歴史は確実に変わっていたことであろう。
セミケルンがその事実を知れば、三将軍の一人を聖王国領に攻め込ませるという手を軽々しく提案していない可能性が大だからである。
聖王国領に一将軍を攻め込ませず、次の事態に備え、とりあえず王都付近に一将軍を駐屯させるなど消極的ではあるが、あらゆる事態に対応できる柔軟な戦法を提案していたであろう。
三将軍のうちの一人の敵国領土への東進、これが大いなる誤算となるのはまだ先の話ではあるので、その話は後筆に譲ることとする。
〔参考一 用語集〕
(人名)
セミケルン(ミケルクスド國の元宰相)
ツァイトオラクル王(ミケルクスド國現王)
ヌイ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。将軍)
フセグダー(ジュリス王国の将軍。『生ける武神』の異名を持つ)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。大将軍)
マルダー(ミケルクスド國の宰相。ツァイトオラクル王のお気に入りの家臣)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
バルナート帝國(ヴェルト八國の一つ。北の強国)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
ジュリス王国(ヴェルト八國の一つ。西の国。聖王国と同盟を結ぶ)
(地名)
イーゲル・ファンタム(ミケルクスド國の首都であり王城)
バラグリンドル地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
マルシャース・グール(ソルトルムンク聖王国の首都であり王城)
(その他)
三将軍(ミケルクスド國で最も優れた三人の大将軍のこと)
〔参考二 大陸全図〕




