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【202 帝王と帝國宰相】


【202 帝王と帝國宰相】



〔本編〕

 バルナート帝國現帝王は第八代帝王であるレアンハルト帝王。今年四十のレアンハルト帝王は二メートルなる長身に、筋骨隆々の体躯。その上、鷹のように鋭い漆黒の眼。

 その眼で一瞥されれば、大概の者はそれだけで肝を冷やし、気の弱い者などはそのまま気絶してしまうかもしれない。それほどの威圧感を持つ帝王であった。

 しかし、今年で在位二十年となるレアンハルト帝王に限らず、バルナート帝國の帝王は例外なく、皆、このような屈強な王であり、ごくまれにその例外から外れた弱者が帝位に就いた場合、その在位は一年と持たなかった。

 バルナート帝國の帝王は他国の王と違い、凍てつき痩せた土地に住まう帝國民に平等に食料を分配出来ることが必須であり、それが出来なければ、その帝國民の手で簡単に、帝位から引きずり降ろされてしまうからであった。

 精強な兵を有するバルナート帝國において、食料を平等に分配するには、帝王自身に絶対的な力が無ければ叶わず、それ故、八國が成立してからたかだか二百年の年月としつきで、バルナート帝國は八人の帝王を輩出する事情となっているのであろう。

 その中にあってレアンハルト帝王は、四十という壮年になったばかりの年齢で在位二十年である。仮に六十まで帝位に就いたとして在位は四十年となる。最もバルナート帝國にふさわしい君臨者といえた。


「遠路ご苦労であった、聖王国の使者!! おもてを上げられよ!!」

 二千人を収容できると謂われる、帝都の中でひときわ巨大な帝王の間において、レアンハルト帝王がカヴァーロにねぎらいの言の葉をかける。ねぎらいの言の葉であるにも関わらず、まるで巨竜バハムートが吼えたのかと錯覚するぐらいの大音声だいおんじょうであった。

「帝王陛下! 過分なお言葉痛み入ります!」聖王国の外交官カヴァーロがそう言いながら頭を上げた。

 カヴァーロの声それほど大きくはなく、レアンハルト帝王のドラゴンの咆哮のような迫力はなかったが、それでも巨大な帝王の間の隅々までに響き渡る不思議な声であった。その上、涼風りょうふうの如き、爽やかな声色であった。

 外交官として相手を説得するにあたり、相手の耳朶に心地よく響き渡る声であり、これはカヴァーロの最大の特徴とも言えた。

 頭を上げたカヴァーロの目が、レアンハルト帝王の鋭い目と真正面から見合う。それでも、カヴァーロは帝王の眼光に臆する気配はなく、それでいて相手に敵意を抱かせるような鋭い眼差しでもなかった。

 このカヴァーロの不可思議な眼光も、外交官として他国と渡り合う上で非常に特徴的なものと言えた。


「それで、聖王国の使者よ!」

 レアンハルトが単刀直入に切り出す。

「我にいかなる用向きであるか?!」

 それに対し、カヴァーロも臆せず答える。

「聖王国の外交官でカヴァーロと申します。今回はレアンハルト帝王陛下に、耳寄りな話を持って参りました」

「ほお」レアンハルトは、カヴァーロの話の切り出しに、右側の口角を少しだけ上げる。

「耳寄りな話とは、何だ!」

「はい。我がソルトルムンク聖王国と、陛下のバルナート帝國が互いに不可侵の条約を結ぶということであります」


「はて? 我らに、それほどの益のある話とは思えませぬが……」

 レアンハルト帝王のすぐ横にいる長身の男が口を差し挟む。

貴殿きでんは、帝國の宰相閣下であられる……」

「ウルペースと申す。以後、お見知りおきを……」

「これは、ウルペース閣下! こちらこそ」カヴァーロは、帝國の宰相ウルペースと挨拶を交わす。

「……ところで、ウルペース閣下。我が国との条約が、あまり益があるように思われない……、何故でございますか?」

「ははっ、それをあえて尋ねられますか? 貴殿のソルトルムンク聖王国は、國は広大かもしれませぬが、如何いかんせん、兵が弱い! カヴァーロ殿もそれはご存知かと……」

「聖王国兵が弱いことについて、それを否定するつもりはございません」カヴァーロは、帝國宰相のこの意地悪な物言いにも、全く表情を崩すことなく語る。

「しかしながら、兵の強弱だけが全てを決定づける要素には成り得ないと、私は思っております」


「確かに、それが全てを決定づける要素でないという貴殿のご発言は、否定はしない!」帝國宰相ウルペースはそう発言する。

「ただ、弱兵揃いの聖王国であれば、我らは力で、その領土を切り取ることが出来るので、そのような国家と不可侵条約を結ぶのに、私は全く益を感じないのである。カヴァーロ殿! いかがか? 私を説得できない限り、我が帝王を頷かせることなど絶対に出来ないぞ!」

 ヴェルト一精強を誇るバルナート帝國の宰相カヴァーロが、帝王を納得させる前段として、そのような牽制を仕掛けたわけであった。

「確かに、バルナート帝國の精強な兵であれば、我々聖王国の領土を侵略するのも、それほどの難事ではないと私も思います」反論するかと思いきや、カヴァーロが、ウルペースの論に同調するような発言をする。

「しかしながら……」カヴァーロがウルペースの目をはっきりと見据え、言葉を続けた。

「帝國から聖王国領へ攻め込むということは、ヴェルト大陸の中央部――つまりは内陸部へ侵攻していくということ。それではせっかくバルナート帝國領にしたとしても、領土が増える分、それを守る人員も比例して増えるかと……。帝國にそれだけの人員は果たして揃っているのでありましょうか?」

「……」ウルペースもカヴァーロのその言葉に、しばし発言を控えた。


「はっはっはっ」それに対し、一人のバルナート帝國の重臣が笑いながら答える。

「カヴァーロ殿は口がうまいですな。しかし、北から順に南に領土を獲得していけば、その最前線にだけ兵が必要であり、そのようなご心配は無用である! うまく我が國を丸め込むつもりでいたようでありますが、そのような言葉に我らは惑わされませんぞ! はっはっはっ」

 しかし、カヴァーロはその重臣の方を一瞥いちべつすらせず、相変わらずウルペースの方だけを見ていた。

「宰相閣下。今のご重臣のご発言を、宰相閣下も“是”とされますのですか?」

「いや!」帝國宰相の即答に、発言をした重臣の顔から色が失われる。

「助かりました。それであれば、まだ私に交渉の余地があるというもの……」カヴァーロがそう続けた。

「宰相閣下! 私の意見を何故、否定なされました!」ウルペースに対し、援護射撃をしたつもりになっていたその重臣は、その当人から否定されたことにより、この場に居たたまれない気持ちとなり、自然と声色もうわずっていた。

「我が帝國と聖王国の国境線は東西に長く二千キロメートルを有する! そのような長大な国境線で北から南に漏れなく占領していくということが、どれだけ非現実的なことなのか分かっての発言か! それこそ、今の帝國兵を全て総動員しても全ての防御線に兵を過不足なく配備するのは不可能だ! 貴殿の発言はあくまでも机上きじょうの論に過ぎない!」

 宰相の発言は辛辣であり、味方とはいえ誤っていれば、そこに一切の遠慮がなかった。




〔参考 用語集〕

(人名)

 ウルペース(バルナート帝國宰相)

 カヴァーロ(ソルトルムンク聖王国の外交官)

 レアンハルト帝王(バルナート帝國第八代帝王)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 バルナート帝國(ヴェルト八國の一つ。北の強国)


(地名)

 ドメルス・ラグーン(バルナート帝國の帝都であり王城)


(竜名)

 バハムート(十六竜の一種。陸上で最も大きい竜。『巨竜』とも言う。また、単純にドラゴンと言った場合、バハムートをさす場合もある)

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