【197 聖王子、王都入城】
【197 聖王子、王都入城】
〔本編〕
龍王暦二〇九年一一月一一日、ソルトルムンク聖王国の首都であり王城でもあるマルシャース・グールから南に十キロメートル地点まで迫っているブーリフォン聖王子の元に、ある一報が届く。
「デルニエ王は既に王都から脱出している!」
ブーリフォン聖王子は、王都マルシャース・グールから南に十キロメートル離れたその地点に集まっている全員に、そう伝える。その集団の中にクーロもいた。
「今、王都からもたらされた一報だ! それによると、デルニエ王は三日前の一一月八日に数名の家臣と共に、マルシャース・グールを脱出したらしい。報告では東に向かったとのことだ。おそらくはカルガス國かクルックス王国にでも亡命するつもりなのであろう。我が兄ながら、どこまでも卑劣な小人である! 王都で共に立ち上がったアルナブ、ラタハト両将軍の死に何ら報いることなく、多くの将や兵の命を無駄に失わせるだけ失わせ、己のみ逃亡するとは……」
ブーリフォン聖王子の瞳は怒りで爛々と燃え盛っていた。
「聖王子様! このままデルニエ王にカルガス國やクルックス王国に亡命されては、後々の憂いとなるでありましょう。早々にそのような悪しき芽は摘み取った方がよろしいかと……」
聖王子に仕えている家臣の一人が、そうブーリフォン聖王子に進言する。
「いや!」それに対し、ブーリフォン聖王子は即座に否定の一句を発す。
「後々の災いの種ではあるが、仮にもデルニエ王は私の兄だ! 相対してくるのであれば、その命を奪うのもやぶさかではないが、逃亡する者をこちらから積極的に追い詰め、その命を奪うのは、さすがに本意ではない。とにかく、このまま王都に入城する! 敵対する者に対しては、その本意を全うさせる上からも相手にはなるが、降る者は降った後それ相応の待遇を約束しよう。逃亡する者も追撃はしない。ヴァハフント! 我が政権下における最初の宰相へ最初の役目を申し渡す! 本日、これより千の兵と共に王都に入城し、今の私の宣言を王都内の兵並びに民全てに伝えよ! そして、私は三日後の一一月一四日に王都へ入城を果たす旨も併せて伝えよ!」
「はっ! 聖王子様の意向を遺漏なく王都の皆々に申し伝えましょう」
ジュラーグレース前聖王にも仕えた巨漢の宰相ヴァハフントは深々と頭を下げ、その場を退室した。
龍王暦二〇九年一一月一四日、宣言通りブーリフォン聖王子はソルトルムンク聖王国の首都であり王城でもあるマルシャース・グールへ入城した。
その三日前に千の兵と共に入城した宰相ヴァハフントが、王都の民に、聖王子の言葉を伝えていたこともあり、ブーリフォン聖王子の王都入城に関し、何ら目立った混乱は無かった。
それどころか聖王子が入城の際には、マルシャース・グールの四方の門が全て開けられ、一人の敵対者もなく、むしろ歓迎ムード一色であった。
クーロも一旦は聖王子の軍と共に王都に入城したが、その後、西門周辺の守備の責任者として、王都の西側に自らの中官軍と共に駐屯した。
「おお! クーロ!! 元気だったか!」
ブーリフォン聖王子王都入城より三日後にあたる一一月一七日の未明、王都の西門に近づいてくる一軍があった。
「アッティモ将軍、お久しぶりであります。私は元気です。今回は多大なご助力痛み入ります」
「ははっ! 当たり前だ。戦友である、お前や聖王子様に力を貸すのは当然のことだ!」
王都西門前に現れた一軍は、同盟国であるジュリス王国の軍であり、今、クーロに声をかけたのは、ジュリス一の猛将アッティモ将軍であった。
クーロやブーリフォン聖王子を『戦友』と呼ぶのは、先のドクサ地方攻略のおり、聖王国とジュリス王国の共同戦線において、共に参戦した間柄だったからである。
「しかし、俺の方が先にマルシャース・グールに到着するかと思っていたが、そっちがこんなに早く到着するとは、さすがにびっくりしたぞ!」
ジュリス王国のアッティモ将軍は豪快に笑いながら、そう語った。
「僕も距離的に近いジュリス軍の方が先に王都マルシャース・グールに到着するものと思っておりましたので、意外でした! ご報告によると、敵が存外強敵だったとかで……」
「ああ、どうせ寄せ集めの烏合の衆と侮っていたが、なかなかどうして……。兵自体はそれほど強くは無かったが、指揮官の……ああ、ラタハトという将軍。あれはなかなかの戦上手、思ったより手こずってしまった!」
「……ジュリス最強の軍勢を悩ませるほどでしたか、そのラタハトという将軍は……」
「そうだな。俺は最初の一撃で勝負が決まると思っていたからな! ……しかし、結局三日ほど時を費やしてしまった。二度撃退させたが、その都度、軍を後退させながらも、後方で再編成し思ったより粘り強かった! それでも、さすがに三度目で、やっと潰走させたが……。最後はラタハト将軍自らが、俺に直接立ち向かってきたが、流石に俺と直接戦った結果は、三合槍を交えるところまでだった。四合目で奴の胸板を貫いて、戦いは終わった! 個の武力はそれほどでは無かったな」
「アッティモ将軍と互角に一騎打ちできる者は、大陸全土で数名しかおられないでしょう。三合槍を交えただけ、充分武力にも長けた将軍だと思いますよ。ラタハト将軍は……」
クーロが苦笑いしながら、そう応じた。
「そのようなものか。ただ、もしその後マルシャース・グールからの敵の増援があれば、あるいはまだ、俺の軍もここには到着していなかったかもしれないな。敵に一切の後続軍が無かったのは、敵ながら惜しいことだな!」
アッティモ将軍の純粋な感想であった。
〔参考 用語集〕
(人名)
アッティモ(ジュリス王国の将軍)
アルナブ(デルニエ王麾下の将軍)
ヴァハフント(ソルトルムンク聖王国の宰相)
クーロ(マデギリークの養子。中官)
ジュラーグレース聖王(ソルトルムンク聖王国第五代聖王。故人)
デルニエ王(父王を殺害した聖王子。殺害後、王を僭称する)
ブーリフォン聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子。第四位王位継承者)
ラタハト(デルニエ王麾下の将軍)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
カルガス國(ヴェルト八國の一つ。北の強国)
クルックス王国(ヴェルト八國の一つ。東の国)
ジュリス王国(ヴェルト八國の一つ。西の国。聖王国と同盟を結ぶ)
(地名)
ドクサ地方(ジュリス王国領。攻略前はミケルクスド國領)
マルシャース・グール(ソルトルムンク聖王国の首都であり王城)
(その他)
中官軍(三千人規模の軍)




