【196 クーロ遊撃隊(後)】
【196 クーロ遊撃隊(後)】
〔本編〕
アルナブ軍の後方二百メートルよりさらに後ろにクーロ軍遊撃隊二百がいる。
アルナブ軍行軍中は、アルナブ軍から逃亡兵が続出したこともあり、後方二百メートル程度の距離までアルナブ軍に接近して移動していたクーロ軍であったが、さすがにアルナブ軍が前方のブーリフォン聖王子軍と戦闘状態に入った時、その距離では敵に見つかる可能性が高くなるため、逆にアルナブ軍から後方二百メートルよりさらに後ろへと距離をとった。
絶対にアルナブ軍の兵に見つからないようにするための、慎重に慎重を重ねた上での配置であった。
逆説的な言い方になるが、その二百メートル以上離れた位置でも、一斉に五十人もの射手が弓に矢をつがえて矢を射れば、その一連の動きや音は空気に乗り、アルナブ軍の後方の兵には実際の音や違和感として気付かれてしまう。
さらにクーロ軍遊撃隊五十の射手が射る際に、必ず殺気も発せられるから、矢を射る一瞬前に敵にクーロ軍の存在は必ず気付かれ、それに気付いた兵が後方へ目をやれば、そこで明らかにおかしな行動をしている集団の光景が目に飛び込んでくるわけである。
ここでいう明らかにおかしな行動とは、アルナブ軍の最後尾よりさらに後方で弓兵が一斉に弓に矢を番えていると行動のことであり、それを目にしたアルナブ軍の兵士が、それを味方の正常な軍事行動とは絶対に考えないわけである。
……なので、その矢を射る行動前段ギリギリまで、敵にクーロ遊撃隊が自分たちの後方にいるということを絶対に気付かせてはいけないのであった。
しかしこれも逆説的な言い方になるが、五十の射手が一斉に矢を射た瞬間、その敵に気付かれるということに関して、一切考える必然性はなくなる。矢を一斉に射た後に、クーロ遊撃隊の存在に敵が気付かないはずがないわけであるから……。
いずれにせよ、クーロ遊撃隊に所属する弓兵五十人は、計六回矢を射た。
実際に、一回の一斉掃射で九割六分方うまく矢筈で小爆発を起こさせた。五十本の一斉掃射なので、四十八本の矢が飛躍的な速度で、二倍の飛距離を飛んだことになる。
その四十八本のうちの五本は矢筈が小爆発した際、射手の指先がぶれたことにより、大幅に方向を狂わせ、アルナブ将軍を狙撃し得るに有効な攻撃にはならなかった。
それでも四十本以上の矢が、アルナブ将軍のいる地点付近に、倍の飛距離と驚異的な速度を保ったままの有効的な攻撃となったのである。
敵にとって五十本の矢が一斉に六回掃射されたように感じたのは、矢を射た五十人の弓兵のうち、十名近くが上位弓兵であり、彼らが一般の弓兵の二倍の速射攻撃を行ったからであった。
つまり一般弓兵が六回の矢を射る行為をしている間に、十から十二回の速射攻撃を彼ら十名もの上位弓兵は行ったのであった。
それらの上位弓兵は速射攻撃のみならず、実際に矢の速度も純粋に速く、飛距離も長い矢であったため、結局、五十本以上の矢が、六度アルナブ軍の本陣に降り注いだ現象として実際には起こったのであった。
そして、六回の一斉掃射で攻撃を終了させたのは、これも一種の見切りからである。おそらく、六回目を見切りとしなければ、さらに一斉掃射は七回、八回と続いたことであろう。
しかし、それはその回数に比例して敵の逆襲を受ける危険度も増すことを意味していた。
さて、六回の一斉掃射攻撃をもって狙撃攻撃の終了を決めたのは、クーロであった。
五回目の一斉掃射の際に、クーロは敵アルナブ軍の後方の兵士数名が、こちらに向かってきているのを魔術で強化した目によって確認した。
クーロは隣で矢を射ているパインロの方を見る。クーロと師パインロの二人の目が合い、その瞬間パインロも自分と同じ考えであることを、クーロは察した。
クーロが矢を射かけながら、大声で叫ぶ。
「一斉掃射終了! 撤退!!」
この二言だけであったが、クーロ遊撃隊二百全員が、クーロの指令の意味をきちんと理解していた。
六回目の矢の一斉掃射攻撃が終わるや、五十人の射手は馬に跨り、全員後方へホースを全力疾走させた。
五十人の射手は、掃射中は馬上から射る者、馬から降りて射る者、様々であったが、とにかくクーロのこの撤退の指令がかかった瞬間、掃射の手を一斉に止め、馬から降りている者は直ちに騎乗し、五十人の射手はクーロ一人を残し、一気に後方へ馬で駆けたのであった。
さて、残った百五十のクーロ遊撃隊のうち、敵軍に一番近い場所に重武装の槍兵三十が配置されており、彼らは敵軍に向けて槍を構え、その槍兵の後ろに控えている五十の弓兵――一斉掃射していた弓兵とは別の弓兵が矢を敵陣に向けて射かけ、三十の魔兵が火球を術式で編み出し、同じく敵陣に向けて投げつけていた。
それら槍兵、弓兵、魔兵のさらに後ろに、四十の剣兵が控えており、仮に敵が肉薄した場合の白兵戦用に備えていた。
アルナブ将軍へ対し狙撃攻撃は行うが、それによってクーロ兵が多少とも被害も蒙らないよう完璧な布陣を既に構築していたのであった。
結論から言えば、後ろに向かって動く敵兵もほとんどが、アルナブ将軍が狙撃されたことによる逃亡兵が大半であったため、クーロ軍は一兵も損ずることがないどころか、重装備の槍兵に攻撃を仕掛けた敵兵自体が既に十人に満たない有様であった。
残りの敵兵に至っては、クーロ遊撃隊を避けるように、戦場から離脱していったのである。
この場に残ったクーロは、五十人の射手が騎馬で戦場から五百メートル離れた頃合いに、残った百五十の兵にも撤退命令を下す。
百五十の兵は、クーロを中心に万が一にも敵に背後を狙われないよう気を付けながら、悠々とこの戦場から離脱したのであった。
〔参考 用語集〕
(人名)
アルナブ(デルニエ王麾下の将軍)
クーロ(マデギリークの養子。中官)
パインロ(クーロの弓の師であり、クーロの隊の一員)
ブーリフォン聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子。第四位王位継承者)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)




