【195 クーロ遊撃隊(中)】
【195 クーロ遊撃隊(中)】
〔本編〕
味方の兵への鼓舞と監視が目的なので、アルナブ将軍は五メートルほどの高台付きの車の上に立っていた。その姿はどこからでも見えるが、それでも軍の後方近くなので、当然、敵の矢などは届かない距離にいる。
その上、高台付きの車の周りには重装備の盾兵も数多く配備されており、一か八かの敵の吶喊攻撃も絶対に不可能であった。
さて、戦いが始まって十分ほど経過した。
数で勝っているアルナブ将軍側の兵が終始敵を圧倒しており、ブーリフォン聖王子側の兵は防戦するのが精一杯の状況であった。少なくともアルナブ将軍とその周りにいる参謀並びに親衛隊の兵士たちの目にはそう映ったのであった。
その時である。
いきなり、五十を数える矢がアルナブ軍の後方から、将軍の立っている高台付きの車に向かって一斉に射かけられた。
いかにアルナブ軍の本陣が軍の後方にあったとはいえ、アルナブ将軍の立っている場所から、少なくとも後方二百五十メートルより内側には敵が全くいないはずであり、仮にいたとすれば当然アルナブ軍の兵が気付く。
つまりその五十の矢は、二百五十メートルより後方から射られたということになる。信じられないことではあるが、事実で間違いなかった。
矢の飛来――いや、矢の大襲来に気付いた重装備の盾兵も、必死でその矢から将軍を守ろうと盾をかざすが、矢の異常な速度と、さらにそのような遠距離から飛んできたにも関わらず、盾や重装備の兵の鎧すら貫くほど強烈な威力を持った矢が数本あった。
さらに五十の矢に大襲来は一度に留まらず、結局、計六度、三百の矢がこの一所に集中したのであった。
アルナブ将軍並びに共に高台の周辺で鼓舞と監視をしていた数名の参謀たちについての生死をここで問うのは愚かといえる。
高台付き車の周辺の兵は、一人の例外もなく、全員が二十以上の矢を全身に浴び、その場で息絶えていた。特にアルナブ将軍の身体には四十を超える矢が突き刺さり、まるでハリネズミのようであった。
その現象が後方で起こり、全身ハリネズミ状態のアルナブ将軍が倒れるところを目撃した兵たちが、その後も敵と戦い続けることは無かった。
アルナブ将軍が倒れた瞬間から、戦場を離脱する兵、また離脱できずその場で膝を折り降伏する兵が続出し、アルナブ将軍の死の五分後、ここで戦闘が始まってから換算して十五分後、この場の一大決戦の勝敗は決した。
さて、アルナブ将軍本陣の後方二百五十メートルよりさらに後方、つまりはおよそ三百メートル程度後方。そのような距離から矢を射かけることが実際に可能なのであろうか?
この当時、クーロ軍において最も矢を遠くへ飛ばせるのがクーロの師パインロであり、彼の矢の最大飛距離は三百メートルであった。
そして、そのパインロの次に矢を遠くへ飛ばせるのがパインロの直弟子であるズグラ。彼の最大飛距離は二百五十メートルで、その彼の後に最大飛距離二百メートルの者が十名ほど続く。
しかし矢筈に火薬を仕込み、矢を射る瞬間に火をつけ矢筈で小爆発を起こさせると、その矢の飛距離は二倍になり、矢の飛ぶ速度も飛躍的に上がる。結果、矢の強度も分厚い盾や鎧を貫くほど強力となるのであった。
今回、一時に五十の矢の大襲来があったということは、射手が五十人いたということになる。
その射手五十人が速射で六度射た現象が、今回のアルナブ将軍他参謀たちへの大掛かりな狙撃であり、ここでの両軍合わせて二万五千の一大決戦を、結果一瞬にして終わらせたのであった。
今回のこの大掛かりな狙撃は、一本一本の矢に仕組まれた魔術の術式によるものである。
予め矢筈に火薬を仕込んだ矢であることに間違いはないが、課題はその火薬を、射るタイミングに合わせて発火させるということであった。
魔兵と弓兵による高等連携技、それはあまりにも難易度が高く一度の実戦のみで断念。
続く、クーロが発想した魔術によって編み出された防御膜で覆われた火球を予め仕込むという方法も、構想の段階で大きな課題が見つかり、実用化は不可能と判断され断念。
しかし、三度目の正直とでもいうのか、クーロの発想に一つの魔術とその知識が加わり、それがうまく合成されたことにより、ついに今回実戦で大いなる戦果を出し、この一連の手法は見事に開花結実したのであった。
改めて言うまでもなく、今回のアルナブ将軍狙撃の際の後方三百メートルからの射手五十人による一斉射出攻撃、それも速射技術を絡めた計六回の一斉射出攻撃という神の領域ではないかと思われるほどの奇跡的な現象がこれに当たる。
その発端となった魔術の知識が、石に魔術を蓄積させるという実に単純なものであった。
魔兵、また若干でも魔術を行使出来る者であれば容易く行使できる魔術。なぜなら、掌の砂利程度の大きさの石に魔力を籠めるだけなのであるから……。
それに砂利程度の大きさの石であれば、魔力を籠めるのに要する時間も一秒足らず。
むしろそれ以上魔力を籠めようとすれば、魔力の飽和状態が起こり、石の方で原形を保てなくなり破裂してしまうのであった。そしてその破裂が、今回の大掛かりな長距離狙撃を実現させる鍵となったのである。
矢筈に仕込んだ火薬の中に、魔力を飽和状態にした砂利を予め仕込んでおく。そして射手が矢を射る瞬間、矢筈のその砂利目がけて魔力を少し送り込むだけでいい。
先の実用化に断念した防御膜の魔術も、防御膜の魔力供給を絶てば膜自体が消滅してしまうので、実際の魔術行使の中でも簡単な部類に入るが、今回の砂利に魔力を一気に注ぐ行為は、繋げていた魔力供給を絶つより、さらに簡易な魔術行使であった。
この時代の一般常識として、弓兵は視力強化の魔術程度は行使できないと、この時代では弓兵としてほとんど役に立たないぐらいの扱いを受ける。
そのため弓兵であれば、誰でも魔術を行使することが基本できる。少なくともクーロ軍の弓兵で簡易な魔術行使すら出来ない兵は皆無であった。
……なのでクーロ軍の弓兵が矢を射る際に、弓の弦を引く利き手の指先から矢筈に向けて魔力を送り込めばいいだけの誰にでも出来る魔術行使ではあり、それだけで矢筈に仕込まれた火薬が発火し、矢筈で小爆発を引き起こせるのであった。
その仕組みは至って単純。火薬内に埋め込まれた砂利ほどの小石に魔力が注がれることによって、魔力が飽和状態になった砂利が破裂し、その破裂の際に、発火に必要な温度(発火点)と砂利の破裂による摩擦が生じ、火花が発生する。その火花が火薬に引火するのであった。
この発見は、ヴェルト史においても大いなる発見となり、これについての研究はそれから何百年もの間続けられた。
そして龍王暦千年代には、矢の中にそれらの全ての現象を一術式として予め組み込み、そのままの状態で長く保管できる上、実際に使用する際には、既に爆発現象のみならず音も匂いも煙も出ないのに、この当時の矢と同じ現象が起こせる術式専用の矢が登場するに至ったのである。
〔参考 用語集〕
(人名)
アルナブ(デルニエ王麾下の将軍)
クーロ(マデギリークの養子。中官)
ズグラ(パインロの直弟子、クーロ隊の一員)
パインロ(クーロの弓の師であり、クーロの隊の一員)
ブーリフォン聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子。第四位王位継承者)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)




