【192 忠臣の献策(後)】
【192 忠臣の献策(後)】
〔本編〕
「アルナブ将軍の言いようも理解できるが、ジュリス王国は前聖王の意思から同盟を継続し、さらに朕を討とうとするブーリフォン聖王子に協力すると表明している。つまりジュリス王国は、次期聖王としてブーリフォン聖王子を推すということだ! そのような軍勢に王都を奪われてしまえば、結局は同じだ!」
「いいえ、陛下! 同じではございません!」ラタハト将軍が続いて述べる。
「ジュリス王国軍が王都マルシャース・グールを手中にしても、ブーリフォン聖王子さえ我らが討ち取れば、それは絵に描いた餅となります。ブーリフォン聖王子亡き後は、単にジュリス王国が我が國の王都を奪ったという事実以外のなにも残りません。それについては、後日、いかようにでも対処できます。軍隊による実力行使、或いは外交交渉によって……」
「し、しかし、弟ブーリフォン聖王子との戦いが膠着状態に陥れば、日に日に追い詰められていくのは朕の方! やはり、ブーリフォン聖王子の後ろ盾を表明しているジュリス軍に王都を奪われるのは得策ではない!」
「陛下! 日数が経過すれば、我らが不利になるのは当然の流れです。陛下は父王を殺害したのでありますから……!!」
「将軍! お口が過ぎますぞ!! 陛下を愚弄なさるおつもりですか?! 反逆罪にあたります!」
デルニエ王の側近が、アルナブ将軍の核心をついた発言を大声で詰った。
「やかましいわ! 事実は事実だ! それを捻じ曲げても、何ら解決はされない!!」
それに対し、アルナブ将軍がその十倍の大音声で、その側近を罵る。アルナブ将軍に罵られたその側近は、それだけで肝を冷やし、その場で気絶してしまった。
「陛下! 事実を言葉巧みに捻じ曲げても、何ら意味をなしません! ……故に四万の大軍勢で一気に、残った王位継承者を葬るしか、我らには残された手はないのであります! 日が過ぎれば過ぎるほど、我らの分は悪くなり、そしてそれが好転することは絶対にあり得ません! ここは、デルニエ王ご自身が軍を率いる手しか残されておりません!」
「朕も戦場に赴くのか?!」
「陛下が四万の軍勢を率い、一気にブーリフォン聖王子の首を挙げるしか、我らに生き残る道はありません! ご決断を……」この言葉は、ラタハト将軍であった。
「分かった。両将軍の気持ちは良く分かった。今日は下がれ。明日、命を伝える!」
そう言うと、デルニエ王はふらふらした足取りで、奥の部屋に引っ込んでしまった。
デルニエ王の後を、気絶した側近を抱えた残りの側近が続く。デルニエ王を焚きつけ、この父王殺害という暴挙をデルニエ王にさせてしまった佞臣たちであった。
翌日命令を与えると言いながら、その日、デルニエ王から一切何事も発せられなかった。
そして翌々日の九月二八日、アルナブ、ラタハト両将軍にやっと指令が出された。しかし、その指令の発令に関して、デルニエ王自身は姿を現さず、両将軍に対しは、デルニエ王に侍る佞臣の口から一方的に申し渡されたのであった。
その内容は『ラタハト将軍は五千の兵を率いて、東進しているジュリス王国軍の進軍を阻むこと。そしてアルナブ将軍は二万五千の兵を率いて、ブーリフォン聖王子軍を迎撃せよ!』というものであった。
アルナブ将軍へ与えられた兵は二万五千。デルニエ王としては、ブーリフォン聖王子軍の迎撃に王が考えられる限りの兵をアルナブ将軍に与えたつもりであったが、“闘王”の異名を持つブーリフォン聖王子と、聖王国一の将軍マデギリークの率いる軍とほぼ同数と言うのは、アルナブ将軍には、自らのマデギリークとの将の格と比べ、そこに勝てる要素を全く見出すことが出来なかったのであった。
そして、デルニエ王本人は王都に一万の軍勢と共に留まり、ジュリス王国軍、ブーリフォン聖王子軍の二正面の攻撃の両面に対処するとのことであった。言うまでもなく最も愚かな手であった。
むろん最悪手といえば、ジュラーグレース聖王を殺害したという軍事クーデターではあるが、やはり一度転がり落ちる運命からは、もう逃れることはできないのであろう。
アルナブ将軍、ラタハト将軍の両名も、自身たちの破滅の道を悟りながら、この後においては如何に少しでも善戦し、後世に残るであろう汚名に少しでも花を添えることぐらいしか出来ないのを承知した上で、それぞれの戦場に赴いたのであった。
「そうか! こちらへの敵の迎撃軍は二万五千か」マデギリーク将軍がぼそりと呟く。
「思ったより多いということですか?」クーロが尋ねる。
クーロ中官軍三千は、九月一三日にデルニエ討伐軍の先鋒としてエーレ城を発したが、それはあくまでも聖王国内外に、ブーリフォン聖王子がデルニエ討伐に軍を動かしたという事実を示すためであったため、バラグリンドル地方から強行したクーロ軍は、途中の地方地方で討伐に参加する兵を吸収しながらゆるゆると王都を目指し、本軍から二日も早く出発していたにも関わらず、今日にあたる九月三〇日には、後続のマデギリーク将軍の軍の一キロメートル先を進んでいるぐらいの距離しか離れていなかった。
そして王都からの新たな情報が入ったとのことから、クーロはマデギリーク将軍に呼ばれ、今はマデギリーク将軍の本陣に赴いている。
「二万五千は、多いと言えば多いが、大義名分、指揮官、兵の質、どの条件からも、ほぼ同数である我ら側が負ける要素は全くないであろう。強制的に集められた兵たちだから、おそらく戦いが始まれば、敵軍は勝手に瓦解するのは間違いない。それでも、敵殲滅に幾日かの日数は要するから、仮に少しでも手こずるようなことがあれば、今は様子見をしている他国も聖王国内への侵攻を本格的に始めるであろう。我が軍がほぼ無傷のまま、王都まで到達するのが最良だ。他国に内戦への介入の機会を一切与えないためにも……」
マデギリーク将軍が思案気に腕を組む。
「父上は、敵の指揮官のアルナブ将軍はご存じなのですか?」クーロが尋ねる。
「アルナブ将軍には何度か会ったことはあるが、なかなか有能な人物とみている。今回、このような事態で敵味方に分かれることになろうとは……。クーロ、敵の指揮官がそれほど気になるのか? 有能ではあるが、わしに比べればいささか以上に見劣りはする者ではあるぞ……!」
「いえ、父上と比べるつもりは毛頭ありません。しかしながら、ある程度有能な将軍であれば、敵が烏合の衆といえども、それなりに手こずるのではないかと思いまして……」
「それは厄介だな。クーロ、お前には何か手立てがあるか?」マデギリーク将軍は、クーロに尋ねる。
クーロがあえて敵将のことを尋ねたのに、何か意味があると感じたからであった。
「ある程度、有能な将軍であれば、その将軍さえ早い段階で討ち取れれば、軍の瓦解は一気に進むと思います。それこそブーリフォン聖王子軍の本軍がほぼ無傷の状態で、それも短期間で王都に入れることになるのかと……」
「それが出来れば大変ありがたいな」
「父上! 私の軍が遊撃隊となり、敵将を討ち取りましょう!」クーロが、マデギリーク将軍にそう進言した。
〔参考 用語集〕
(人名)
アルナブ(デルニエ王麾下の将軍)
クーロ(マデギリークの養子。中官)
ジュラーグレース聖王(ソルトルムンク聖王国第五代聖王。故人)
デルニエ王(父王を殺害した聖王子。殺害後、王を僭称する)
ブーリフォン聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子。第四位王位継承者)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
ラタハト(デルニエ王麾下の将軍)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ジュリス王国(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(地名)
エーレ城(エーレ地方の主城)
バラグリンドル地方(ソルトルムンク聖王国の一地方。元ミケルクスド國領)
マルシャース・グール(ソルトルムンク聖王国の首都であり王城)
(その他)
中官軍(三千人規模の軍)




