【188 ヴァハフントの思惑】
【188 ヴァハフントの思惑】
〔本編〕
「モール! お前はすぐに瞬間移動で、エーレ地方に滞在なされていらっしゃる唯一生き残られた聖王子ブーリフォン様にお会いし、すぐに軍を率いて王都に上洛なされるよう促してくれ! お前も高齢ゆえ疲れ果てているとは思うが……」
宰相ヴァハフントは、ネヴィス姫と外交官カヴァーロ一行と別れてすぐ、側近のモールにそう命じた。
「お気遣いは無用である宰相殿! 今すぐにエーレ地方に飛び、ブーリフォン聖王子様の尻を叩いてこよう! それにしても、宰相殿がブーリフォン聖王子様を『唯一生き残られた聖王子』と表現されたのは痛快だな! 軍事クーデターを起こしたデルニエも、一応聖王子なのに……」
側近の老臣モールはニヤリと笑いながら、そうヴァハフントに呟く。ヴァハフントは、そのような老臣の戯言は一切無視した。
「……しかし、ネヴィス姫がジュリス王国に戻るに当たり、カヴァーロを同道させる必要はあったのか? カヴァーロを単独で自由に行動させ、あいつの外交能力で、周辺地域の地方領主などに反デルニエ聖王子側につくよう説得に回らせた方が効果的であったのではないのか?」
ヴァハフントは、モールの言葉に大きく頷き、彼に語った。
「モールの言いたいことは分かる。しかし今回はネヴィス姫と同道させるのが最上策なのだ。一つが、ネヴィス姫がジュリス王国の王都ヤ・ムゥに戻るまでの、各地域の地方領主の説得、仮にその道程でデルニエ聖王子側に与しようと考えている者がいたとしても、そこはカヴァーロであれば、その者たちの機根に応じて説得できよう。仮に騙そうとしている輩がいたとしても、海千山千の他国の大臣などと折衝を重ねているカヴァーロを騙すことは絶対に出来ないであろう。また一つは、カヴァーロは外交官とはいえ、技量力量が一般の武将並みに優れている。姫の護衛としても申し分ない! しかし、この二点はカヴァーロでなくても他の者でも成し遂げることは出来る。しかし、これから言うことはカヴァーロにしか出来ないことだ」
「……」
「ジュリスの精鋭を引っ張り出すことが出来るのは、カヴァーロだけだ!」
「いや!」モールが即座に反論する。
「そこは、ネヴィス姫が無事にヤ・ムゥに辿り着き、父王にあたるボーデングッホ王に聖王陛下と夫であったアグリフォージョ聖王子様の仇を討ちたいと訴えれば、必ずジュリスの軍は動くはず……」
「その通りだ! ……しかし、その軍はジュリス王国の精鋭ではない。場合によっては、指揮官ですら将軍クラスではないかもしれない!」
「まさか!」
「ジュリス王国のボーデングッホ王は良識ある王だ! だからこそ、ネヴィス姫が無事に本国に戻り、ネヴィス姫の夫であったアグリフォージョ聖王子様並びにジュラーグレース聖王陛下が既に亡くなっているということから、ジュリス王国が、反乱を起こしたデルニエ聖王子にあえて本気で対抗する必要性が既に無いことに気付かれよう。王は最愛の姫の手前、軍は繰り出すが、逆にネヴィス姫のために大切な自国の兵を数多失うことに、良識ある王として、それほど積極的にはなれないはずだ!」
「……」
「むろん亡くなった聖王陛下と結んだ同盟の手前、軍は起こすが、デルニエ聖王子側の厳しい抵抗にあえば、無理に王都マルシャース・グールまでは進軍しないであろう。そのままデルニエ聖王子の今後の動向を見据え、後日、状況に応じ聖王国との同盟を破棄するなりして、侵攻として聖王国内に軍を繰り出すかもしれない! ……だからそうならないよう、カヴァーロをネヴィス姫に同道させ、ボーデングッホ王を説得させる必要がある。かたき討ちというレベルの出兵ではなく、今回のクーデターを通じ、ソルトルムンク聖王国の変わらぬ盟友として、聖王国と共に成長していくジュリス王国の未来のための出兵という位置づけにだ!」
「そしてカヴァーロが、ジュリス王国ボーデングッホ王を説得出来れば、マルシャース・グールに向けて進軍してくるジュリス王国軍の指揮官は、おそらくはアッティモ将軍! ジュリス王国一の猛将であろう」
「成程!」
「……しかしいくらカヴァーロがジュリス王をうまく説得出来たとしても、それだけではジュリス王国はアッティモ将軍を派遣はしない! ジュリス王国に精鋭軍の出兵を促すため絶対必須なのが、ブーリフォン聖王子様自身が軍を率いて、王都に上洛すること! それも日を置かず即時に……!」
「……! そうか、ブーリフォン聖王子様がすぐに軍を率いて上洛することにより、デルニエ聖王子の軍が聖王を殺した非道の反乱軍と明確に位置付けられる。それによってジュリス王国の軍も、故ジュラーグレース聖王陛下の正当な後継者ブーリフォン聖王子様の同盟軍として位置付けられるわけか……。ジュリス王国は、聖王殺害という聖王国の一大国難に、先王との盟約を守り、次期聖王後継者を助けた国家として、國の内外にその義の厚さ、つまり信頼に値する国家であるということを十二分に示すことが出来るわけか!」
「その通りだ!」
「これは、わしの役割も重要であることがよく分かった! 早速、ブーリフォン聖王子様の元を訪れ、説得して参る」
かくしてモールはエーレ地方に、瞬間移動の術を連続行使することで可能な限り早く到着し、ブーリフォン聖王子との対面を見事果たしたのであった。
〔参考 用語集〕
(人名)
アグリフォージョ聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子。第二位王位継承者)
アッティモ(ジュリス王国の将軍)
ヴァハフント(ソルトルムンク聖王国の宰相)
カヴァーロ(ソルトルムンク聖王国の外交官)
ジュラーグレース聖王(ソルトルムンク聖王国第五代聖王)
デルニエ聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子。第一位王位継承者)
ネヴィス姫(ジュリス王国の王女)
ブーリフォン聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子。第四位王位継承者)
ボーデングッホ王(ジュリス王国第五代王)
モール(宰相ヴァハフントの家臣)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ジュリス王国(ヴェルト八國の一つ。西の国。聖王国と同盟を結ぶ)
(地名)
エーレ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
ヤ・ムゥ(ジュリス王国の首都であり王城)
マルシャース・グール(ソルトルムンク聖王国の首都であり王城)




