【186 反乱顛末(後)】
【186 反乱顛末(後)】
〔本編〕
デルニエ聖王子の周りに侍る家臣たちからすれば、仮にデルニエ聖王子が聖王になれない場合、今の地位から一気に転落し、場合によっては粛清として、自分を始めとして一族全てが根絶やしにされてしまうかもしれない。
そして客観的に見て自分が仕えているデルニエ聖王子は、聖王になるべく器や能力はあるが、デルニエ聖王子の三人の弟たちは、さらに優秀であるということが誰の目にも明らかなほどであった。
これはデルニエ聖王子に仕えている家臣たちからすれば、デルニエが次期聖王の座につくという点に対し、非常に心許なく映ってしまうのであった。
第一位王位継承権を有しているとはいえ、そこは聖王のさじ加減でいくらでも翻ってしまう。幸いジュラーグレース聖王は良識的な聖王であるので、おいそれとそのようなことはしないと思っても、絶対的な権力を有している聖王の決定は、他者から見ればいつ変わっても不思議でないほど危うい要素に見えるものなのである。特にデルニエや彼に侍る家臣たちのように、猜疑心が非常に強い性格の者たちにとって……。
それはデルニエ聖王子以上に、彼に仕えている家臣たちにとって深刻な問題であった。聖王の鶴の一声で天国から地獄へ一気に突き落されるのであるから……。
そして今回の東部戦線司令官任命の件で、ついに追い詰められたと思い込んでしまったデルニエ聖王子とその家臣たちは、それを打開するための思い切った行動に出た。
一旦は軍を率いて王都を離れ、王都が油断している隙をついて強襲を仕掛け、王都を奪い、そして聖王を除くという企てを実行に移したのであった。
デルニエ聖王子の猜疑心は、後付けながら王位簒奪という最も愚かしい事を実行してしまったのであった。
「父王! それではこれから東部戦線に赴き、停滞している戦線を活性化させて参ります!」
聖王殺害の二日前にあたる龍王暦二〇九年九月七日、デルニエ聖王子はジュラーグレース聖王の前でそう述べた。
「うむ。頼むぞ、デルニエ! お前の力で見事、東部戦線を盛り返してくれ! 現地の将軍たちが、今、辛うじて戦線を維持している。その将軍たちの働きに報いるためにも……」
「はっ、陛下! その件につきましては、私の提案を受け入れていただき、王都軍の半数を先発させて下さり、感謝の念に堪えません! 総司令官のユエグァンを失った東部戦線では、これを機としてカルガス、クルックス両国が一気に攻勢を強めようとしているところ。そういった戦況においては、先ずは大軍。それも王都軍という精鋭軍を一気に投入させるのが非常に有効であるとの私の提案、お聞き入れいただきありがとうございます」
「何を言う。聖王子の提案、理に叶っておる。わしはお前のような後継者を得たことを今、頼もしく感じておる! 見事、お前の力をここで示せ。次期聖王にふさわしい戦績を……」
聖王陛下のこの言の葉に、デルニエ聖王子は深く頭を下げ、その場を辞した。
東部戦線に赴くデルニエ聖王子の軍は総勢二万。デルニエ聖王子直下の二人の将軍がその軍勢を率いていた。
二人の将軍はアルナブとラタハト。このデルニエ聖王子二万の軍は、九月七日の昼過ぎに王都マルシャース・グールを発ち、七日、八日の二日間で行程三十キロメートル進軍した。
そして八日の夜半、一気にマルシャース・グールに取って返し、日付が変わったばかりの九月九日午前一時、全軍にあたる二万で王都を強襲した。
通常、王都マルシャース・グールには王都防衛のために王都軍として一万の兵が常駐している。しかし、デルニエ聖王子が王都を強襲した時、その半数の五千しか常駐していなかった。
これは、デルニエ聖王子の提案に受け入れたジュラーグレース聖王が半数の五千の王都軍を、デルニエ聖王子の軍より先に東部戦線に向かわせたからであった。デルニエ聖王子が王都襲撃に当たり仕掛けた謀略であった。
元々、ソルトルムンク聖王国の王都マルシャース・グールは、平地に広がった城であり敵を防衛する城というより、政治経済の中枢を担う都市に近い作りになっていた。
一応、四方は城壁に囲まれ、四方にそれぞれ大きな門が設けられている城塞都市ではあったが、中に駐屯する兵に比して大規模な作りのため、『攻めるに易く、守りに難い』城といえた。
二百年前の八國成立時に最も強大な国家であったソルトルムンク聖王国ゆえ、そもそも王都が他国に攻め込まれるという発想が根本的に無かったためである。
そしてその後、聖王国の建国神に当たる暴君初代ウバツラ龍王の死によって、聖王国は他の七國から一斉に侵略されるといった、いわゆる『聖王国冬の時代』を迎えたわけであるが、四面楚歌状態の聖王国にとって、國の全方位の国境線防衛のため兵を投入し続けなくてはいけない状況となり、王都防衛について必須の事態ではあったが、それより各国境線を死守する方がそれ以上の必須課題となり、ずっと後回しにされていた状態での、まさかの國の内部――それも聖王子という王族による軍事クーデターが勃発してしまったのであった。
デルニエ聖王子の反乱自体は短絡的なものであったが、それでも時間が許す限りにおいては綿密に計画されていた。
半数の王都軍を東部戦線へ向かわせ、本人は二日間移動した後、一気に王都に取って返し、午前一時といった夜半に強襲を仕掛けた。守り難いと謂われている王都マルシャース・グールへ、四倍の兵力で奇襲を仕掛けたのであった。
さらに聖王子という立場から、王都内の路は、王族しか知り得ない極秘の通路も含めて、ほぼ熟知していた。
唯一、聖王しか知り得ない通路や施設が王都内にいくつか存在していたが、そこは聖王の家臣の何人かを懐柔、或いは騙して、ほぼ事前に知ることが出来、さらにはこの九日のジュラーグレース聖王と自分の弟であるアグリフォージョ聖王子の寝所の位置まで把握していたのであった。
他の三人の聖王子より能力的に劣るとはいって、基本優秀な人物である。ジュラーグレース聖王の人柄を理解し信頼していれば、このような事態は起きなかったのではなかろうか。
王都強襲から六時間後の午前七時、デルニエ聖王子の反乱はほぼ完遂した。
ジュラーグレース聖王とアグリフォージョ聖王子は討ち取られ、その首が王都マルシャース・グールの中央広場に晒された。
マルシャース・グール内に暮らしていた王族の大半は討ち取られるか捕縛された。そしてジュラーグレース聖王の王妃であり、デルニエ聖王子の実母オターリャも、聖王と共に殺された。
デルニエ聖王子からすれば、実の父親である聖王を除こうとするぐらいであるから、たとえ産みの母親であっても、そもそも生かしておくという発想は無かったのかもしれない。
そう考えると、能力的な面から言えば聖王になるべく素質があったかもしれないが、人間的な性質から言えば、國の頂点に立つ聖王として致命的な欠損があり、仮に今後聖王として長く君臨した場合、聖王国の人民からすれば、とんでもない恐王を頭に戴く暗黒時代が長く続いていたかもしれなかった。
〔参考 用語集〕
(龍王名)
優鉢羅龍王(ソルトルムンク聖王国を建国した初代第八龍王。龍王暦一五〇年に急逝)
(人名)
アグリフォージョ聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子。第二位王位継承者)
アルナブ(デルニエ聖王子麾下の将軍)
オターリャ(ジュラーグレース聖王の正妃。デルニエ聖王子の実母)
ジュラーグレース聖王(ソルトルムンク聖王国第五代聖王)
デルニエ聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子。第一位王位継承者)
ユェグァン聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子。第三位王位継承者)
ラタハト(デルニエ聖王子麾下の将軍)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
カルガス國(ヴェルト八國の一つ。北の強国)
クルックス王国(ヴェルト八國の一つ。東の国)
(地名)
マルシャース・グール(ソルトルムンク聖王国の首都であり王城)




