【185 反乱顛末(中)】
【185 反乱顛末(中)】
〔本編〕
そして、ブーリフォン聖王子ほどではないが、ブーリフォン聖王子のすぐ上の兄に当たるユエグァン聖王子もカルガス國並びにクルックス王国と対峙する東部戦線でまずまずの戦績をあげている。
益々王位継承権第二位のアグリフォージョ聖王子の両腕として、ブーリフォン聖王子とユエグァン聖王子という次期聖王体制の構図を、デルニエ聖王子は何の根拠もないまま勝手に自分の頭の中だけで構築し、またそれを考えているうちに、あたかもそれだけが真実であるかのように、自分自身で思い込んでいってしまったのであった。
人を信じることが出来ない猜疑心の強い彼の性格は、本人をじわりじわりと闇の奥底に勝手に沈めていくという悲想に囚われさせてしまったのであった。
しかしこのことに気付ける者は周りに誰もいない。デルニエ聖王子が外に向けては一切、そういった顔や感情を出していなかったからである。
そのような状況下において引き金になってしまったのが、今回の東部戦線においてのユエグァン聖王子の戦死、そしてそれに続くジュラーグレース聖王からの、デルニエ聖王子へ対する東部戦線司令官任命の命であった。
自らが廃嫡されるのではという妄想に囚われてしまったデルニエ聖王子にとって、ユエグァン聖王子戦死後の父王からの東部戦線司令官任命の命は、死刑宣告としか受け取れなかったのである。
デルニエ聖王子の邪推によれば、自分が東部戦線司令官の任を受け、戦地に赴くために王都マルシャース・グールを出立したところで、父ジュラーグレース聖王はデルニエ聖王子を廃嫡し、ジュリス王の姫と結婚したアグリフォージョ聖王子を次期聖王となる嫡男に変更したと國内外に流布する。
むろん、デルニエ聖王子に対しての廃嫡の理由としてデルニエ聖王子に謀反の疑いがあるという架空の罪をでっち上げるので、廃嫡だけの処分で終わるはずもなく、当然、東部戦線司令官の任も戦地に赴く途上で取り上げられ、同時に王位継承権そのものもはく奪され、さらに聖王国を転覆させようとした咎により、そのまま大罪人のレッテルを貼られ、王都への強制送還を命じられ、王都に強制送還の後、死罪に処される。
あるいは、王都への強制送還の途上で聖王による秘命を受けた者の手で始末させられるかもしれない。
その顛末は、敵の暗殺者が強制送還の列に紛れており、その者によってデルニエが殺されたとか、謀反の疑いを知り得た聖王国内領民の誰かの義憤心に駆られた行動により殺害されたなど、後からいくらでも創作出来る。
デルニエ聖王子が王都まで戻れば、デルニエ聖王子にも釈明の機会が与えられ、また父聖王と直接対面することにより父聖王が情にほだされ、彼の助命を望むかもしれないし、またその間に誰か(聖王の傍に侍る佞臣など)によって、でっち上げた謀反が嘘であったことが明白になるという危険性も出てくるからである。
全てがデルニエ聖王子の妄想であり、それがここまで勝手に広がった以上、彼が王都から離れるというのは、王位継承権喪失どころか命をも失ってしまうことなのであった。
デルニエ聖王子が、そのような考えに支配されているとは夢にも思っていないジュラーグレース聖王からすれば、もしデルニエ聖王子のこの心の声を聞けたとすれば、非常に驚かれるかもしれないが、それでも良識のあるジュラーグレース聖王は、デルニエ聖王子ととことん話し合い、あるいはそのわだかまりが解けたかもしれない。
むろん、人の心の声を聞くことは出来ず、人の心の奥底については誰にも分からないのものであるから、いたしかたのないことなのではあるが……。
さて、デルニエ聖王子の妄想とは全く正反対ともいえる、父ジュラーグレース聖王の考え方はこうであった。
息子であるユエグァン聖王子の死は非常に残念な出来事ではあるが、聖王はこれを一つの機会と受け取ったのである。
実は王位継承権第一位のデルニエ聖王子は、まだ一度も戦場を経験したことがない。つまり戦績が一切ないわけであるが、これは次期聖王となる者として別段不思議なことではない。
しかし、あえてここで東部戦線の司令官に任じ、戦地に赴くことによって、彼自身も戦場を実際に体験でき、その上、この経験によってデルニエ聖王子は司令官として戦績を積むことが出来る。
むろん、デルニエ聖王子が直接最前線に赴く必要はないので、彼は東部戦線の後方におり、東部戦線自体がいくつかの戦果を上げたタイミングで、他の将軍などに東部戦線総司令官の任を引き継がせて、デルニエ聖王子は王都に戻ればいい。
乱世における聖王子として戦いを経験したという箔をつけ、それをもってしてジュラーグレース聖王は正式にデルニエ聖王子を次期聖王ということで國内外に触れこもうとしていた。
さらに何年という期限を設け、そこで自分が生存している間に聖王の座をデルニエ聖王子に譲るぐらいの心づもりでもあった。
これは後日、ジュラーグレース聖王の側近が語った聖王の言の葉から分かったことであった。
ジュラーグレース聖王は、聖王子を一人失った危機を、次期聖王の座を盤石な体制にするという好機に転換しようと考えていたのであったが、悲しいかな、デルニエ聖王子の猜疑心が異常に強く、人の気持ちを善意と受け取れない病的な性格が、ジュラーグレース聖王殺害という最悪の事を起こしてしまったのであった。
さて、デルニエ聖王子の猜疑心の強さは先天的なものではあったが、それでも聖王子が幼少期に仕えていた教育係の家臣などが、聖王子にまともな教育を施していれば、後天的にその性格は改善、又は修正されたのかもしれない。
そういう意味では、デルニエ聖王子の周りにそういった家臣がいなかったのはとても不幸なことであった。
それどころか、同族が互いに集まるという理の如く、デルニエ聖王子の周りにはいつしか猜疑心が強い家臣たちが多く侍るようになり、むしろ聖王子の猜疑心はさらに増長されていったのであった。
〔参考 用語集〕
(人名)
アグリフォージョ聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子。第二位王位継承者)
ジュラーグレース聖王(ソルトルムンク聖王国第五代聖王)
デルニエ聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子。第一位王位継承者)
ブーリフォン聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子。第四位王位継承者)
ユェグァン聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子。第三位王位継承者)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
カルガス國(ヴェルト八國の一つ。北の強国)
クルックス王国(ヴェルト八國の一つ。東の国)
ジュリス王国(ヴェルト八國の一つ。西の国。聖王国と同盟を結ぶ)
(地名)
マルシャース・グール(ソルトルムンク聖王国の首都であり王城)




