【184 反乱顛末(前)】
【184 反乱顛末(前)】
〔本編〕
デルニエ聖王子は、ソルトルムンク聖王国第五代聖王ジュラーグレースの長男であり、さらに嫡男であった。つまり、次代聖王王位継承権第一位の立場であった。
さて、ジュラーグレース聖王には四人の息子がいた。上からデルニエ、アグリフォージョ、ユエグァン、ブーリフォンの四人である。王位継承権も長子から順であった。
そのため順当にいけばジュラーグレース聖王の後を継ぐのはデルニエ聖王子で、彼自身の能力も聖王となるに申し分ないほどであり、またジュラーグレース聖王は、長幼の序列を乱すような愚王から最も遠い立ち位置にいる良識的な王であり、何ら問題が起きるような状況は皆無と誰もが信じて疑っていなかった。
しかしそのような中、二つの不安要素があった。二つの不安要素の内、一つはデルニエ聖王子が異常に強い猜疑心の持ち主であるということである。
ただ、優秀な部類に属するデルニエ聖王子は、そのような性質をほとんど表に出すことなく、その要素だけであれば今回のような聖王殺害という事態には絶対にならないはずであった。
しかし、もう一つの不安要素が、デルニエ聖王子の強い猜疑心を大いに刺激することとなる。
たった今、もう一つの不安要素と表現したが、こちらの要素は本来であれば、むしろ不安要素と呼べる代物ではないはずであった。それは、ジュラーグレース聖王の四人の聖王子が、揃いも揃って優秀であったという点があるからである。
一國の行く末を考える上で、絶対的な安定感をもたらす要素であり、それに不安を覚える者は皆無といえる要素と思えるが、デルニエ聖王子の異常に強い猜疑心という性格と交わると、誰もが予想できないような不幸な出来事を、もたらしてしまうという稀有な事例であるといえる。
デルニエ聖王子は、優秀故によく理解していた。自己の優秀さもさることながら、三人の弟である聖王子たちの優秀さに比べれば、自分の能力がかなり劣るということを……。
とかく他者の優秀な部分は、本来より良く見えてしまう傾向にあるが、少なくともデルニエ聖王子の認識は、それほどの誤差はないほど正確であり、客観的な評価であった。
特に末弟にあたるブーリフォン聖王子の部類の戦上手は、『闘王』という異名で大陸中に知れ渡っているほど、掛け値なしに天才の域の人物であった。
デルニエ聖王子が、今まで王位継承についてそれほど不安を抱いていなかったのは、最も優秀であるブーリフォン聖王子が第四位という最も低い王位継承権の持ち主だったからである。
しかし、この数年の出来事がデルニエ聖王子の心中に“疑惑の芽”を生み育んでいた。
“疑惑の芽”とは具体的には廃嫡、つまり自分が王位継承権を失うのではないかといった恐れからの疑惑であった。
その“疑惑の芽”が生まれたきっかけが、ジュリス王国との同盟と思われる。
今まで初代建国神優鉢羅龍王による横暴さによる反動で四面楚歌状態であったソルトルムンク聖王国が、初めて他国と同盟を結ぶという画期的な出来事であり、その同盟の強固さは、両国の王の子たちによる婚姻という形で現された。
王族同士の婚姻では、最上級である現王の子同士の婚姻であるので、他国もその同盟の強固さが理解できるぐらいの一事であった。
そして、デルニエ聖王子からすれば、その対象者は自分以外にはないと思っていた。
しかし実際に蓋を開けて見れば、すぐ下の弟で王位継承権第二位のアグリフォージョ聖王子が対象となった。
なぜならこの当時、デルニエ聖王子は既に聖王国の有力家臣の娘を妻として迎えていたので、父であるジュラーグレース聖王からすれば、まだ妻を娶っていない残り三人の聖王子のうちの一番年上のアグリフォージョ聖王子を政略結婚の対象者としたわけであるが、デルニエ聖王子は素直にそうは受け取れなかったのであった。
ジュラーグレース聖王の立場から鑑みるに、デルニエ聖王子は既に結婚しており、その結婚相手の有力家臣の娘は第一夫人――つまり日本的な表現でいう、いわゆる正室という立場にあった。
そのため、ジュリス王国王の姫をデルニエ聖王子の婚姻相手と考えると第二夫人ということになってしまうが、まさか同盟を結ぶ一國の王の姫を側室のような立場の第二夫人として迎えるというのは、さすがにあり得ないことであった。
ジュリス王国の姫は聖王子の第一夫人以外に選択肢がなく、そうなると仮にデルニエ聖王子と婚姻を結んだ場合、現在のデルニエ聖王子の第一夫人である有力家臣の娘が、第二夫人へと格下げのような扱いになってしまうのであった。
むろんその娘が、最初から第二夫人として迎えられるのであれば何ら問題はないが、第一夫人として一度迎えた以上、その娘より位の高い者と結婚するからといって第一夫人の座を譲らせるのは、有力家臣の娘であるその彼女の気持ちを一切考慮していないことになり、良いことではない。
ジュラーグレース聖王はその有力家臣とその娘の心情を考慮し、今回はまだ結婚していないアグリフォージョ聖王をジュリス王の姫との結婚相手に決めたのであった。
しかし、デルニエ聖王子はどこまでも合理的な発想の持ち主であり、彼の考え方からすれば、仮に第一夫人として嫁いで来た者も、それ以上の位の者である一國の姫などが嫁いでくれば、その時は第一夫人の座を譲るのが筋であり、そこに何ら問題はないと考えていた。
ここに、他者の気持ちをどこまで汲み取れるかという差で、ジュラーグレース聖王とデルニエ聖王子の見解に大いに違いがあったのである。
そして、父王が自分の見解で動くのが正しいと考えているデルニエ聖王子からすれば、ジュラーグレース聖王が王位継承権第二位のアグリフォージョ聖王子をジュリス王国の姫の結婚相手にしたということが、父王は自分をいずれ廃嫡するつもりなのだという、発想へと思いを傾かせてしまったのであった。
またその上、末弟のブーリフォン聖王子においては、エーレ地方防衛戦、ドクサ地方におけるジュリス王国との共同戦線、また近年はミケルクスド國から念願の海岸線を奪取したバラグリンドル地方攻略戦と枚挙の暇がないほど、大いなる戦績を積み上げていく。
既に二十代にして常勝、不敗の代名詞として『闘王』の異名がソルトルムンク聖王国国内に留まらず、ヴェルト大陸全土に響き渡っている。
さすがに、第四位王位継承権のブーリフォン聖王子が聖王の座につくとまでは、デルニエ聖王子も考えてはいないが、彼を聖王国筆頭大将軍として、次期聖王となるアグリフォージョ聖王子を補佐し、國の内外を充実させるという構想を思ってしまい、そこに自分の居場所が見出せなくなってしまったデルニエ聖王子なのであった。
〔参考 用語集〕
(人名)
アグリフォージョ聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子。第二位王位継承者)
ジュラーグレース聖王(ソルトルムンク聖王国第五代聖王)
デルニエ聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子。第一位王位継承者)
ブーリフォン聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子。第四位王位継承者)
ユェグァン聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子。第三位王位継承者)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ジュリス王国(ヴェルト八國の一つ。西の国。聖王国と同盟を結ぶ)




