【182 緊急招集】
【182 緊急招集】
〔本編〕
「しかしヌイ様の耳に、クーロ様とルーラ様の情事が仮に届いたとして、それだけでヌイ軍がクーロ軍に攻めかかりますかね! さすがにそこまではと思われますが……」
「普通に考えるとさすがにあり得ないと思われますが、ヌイ様であれば、逆に可能性はかなり高いのではないかと私は考えます!」
ヨグルの言葉に、パインロはそう返す。
「ヌイ様は大変怒りやすく、またその怒りのままに行動に移す――いわゆる突っ走る傾向があります。そして五千人将にまで昇格したヌイ様が突っ走れば、五千の大官軍がその後を追うのは火を見るよりも明らか。むろん、ヌイ様が直接怒りをぶつける相手はクーロ様。しかし、五千のヌイ軍がクーロ様に向かえば、当然、クーロ様三千の我ら中官軍もクーロ様を守るためにヌイ様の大官軍に立ち向かう。つまり五千と三千の聖王国軍の同士討ちが実際に起こってしまうというわけです」
「……」
「そうなれば、ルーラ様の大官軍もそれを黙ってみているはずがなく、十中八九、クーロ様を守るためにその戦いに参戦する。そうなると、当然ツヴァンソ様の中官軍も参戦してくる。ツヴァンソ軍が積極的にヌイ軍に味方してクーロ軍に攻めかかるか、あるいはルーラ軍にだけ攻めるかそれは分かりませんが、いずれにせよ八千対八千の総勢一万六千の聖王国軍による同士討ちに発展してしまうというわけです!」
「……」
これに対し、ヨグルはしばらく言葉を発することが出来なかった。
「さらに、ツヴァンソ軍がルーラ軍を攻めかかれば、クーロ様もそれを黙って見過ごさないはず。そうなると、クーロ様とツヴァンソ様兄妹同士の軍による争いになってしまう。まさにバラグリンドル地方の南北を守る防衛軍が、まさかの南北に分かれての同士討ち。さすがのミケルクスド國もこんな機会を見逃すことはないでしょう。そうなると同士討ちをしている聖王国軍は、それぞれ背にミケルクスド國軍の攻撃を受け、下手すればバラグリンドル地方を奪回されるだけでは済まず、最悪、聖王国の四つの軍と将来有望な大将軍候補の四人の指揮官を全て失うことになってしまうでしょう!」
「……これでは些細な情事という笑い事ではすまなくなる! すぐにでも私とオッターロントラ殿、両者の付き人同士で話し合い、クーロ様とルーラ様の間を何とか決着させなければいけないことになりましたな!」
「ヨグル殿、すぐに動いていただきますか! 二人を正式に結びつけるか、逆に二人に距離を置かせるか、どちらの結論に落ち着くかは分かりませんが、これは本当に急いだ方がいい! 二人が正式な間柄になる前に、ヌイ様の耳に入ろうものなら、止める手立ての全てが失われる! これがまだ、それぞれが遠い地に駐屯していれば、さすがにヌイ様もすぐに行動を起こすようなことはないかと思われますが、よりにもよって、その四軍が全て狭いバラグリンドルの地に集結している。この状態での発覚は最悪です。ヌイ様は、自身を陥れた前ベンナ地方領主ヴェルブリュートへ対する怒りからのベンナ城強襲も凄まじいものでありましたが、恐らく怒りの度合いから言えば、ルーラ様と情事を重ねたクーロ様への怒りの方がそのヴェルブリュートの時の何倍も大きいはずでありましょう。今のままヌイ様の耳にお二人の情事のことが入れば、本当に全てが終わってしまう! ヨグル殿、今ならまだ間に合います。よろしくお願いします!」
まさかの他愛もない一つの情事が、國の根幹を揺るがしかねない大問題に発展する可能性があるとパインロが気付いてから、一気にクーロとルーラの情事は最重要課題として位置づけられ、ヨグルはパインロとの打ち合わせから十分後には、今度はオッターロントラを追いかけるようにルーラ陣営に赴いていったのである。
しかし結末を言ってしまうと、この二人の情事は次に勃発した大事件によって、全く鳴りを潜めたというか、完全に吹き飛んでしまったのであった。
オッターロントラがクーロ陣営を訪ねた三日後に起こった大事件によって……。
龍王暦二〇九年九月九日。聖王国全体を揺るがす大事件が起こる。クーロの陣にルーラの付き人オッターロントラが訪れたのが九月六日だったので、その三日後のことである。
九月一〇日。その大事件勃発の翌日、クーロはエーレ城に至急戻るよう父マデギリーク将軍からの指令を突然受け取る。
クーロは魔兵による伝達の魔術によってその指令を受け取ったが、その指令によると、すぐ飛竜に同乗し、可及的速やかにエーレ城まで戻れとの命であった。
クーロは軍をそのままバラグリンドル地方に全て残し、クーロのみ飛竜の背に乗り、エーレ城に向かった。いくら聖王国領内であるとはいえ、魔術の伝達とワイヴァーンでの司令官単独帰還など、異例中の異例であった。
途中で一度別のワイヴァーンに乗り換え、エーレ城に戻ったのは翌九月一一日の未明に当たる午前四時であった。マデギリークからの指令を受け取り、翌日にはエーレ城に到達するというのは驚異的な速さであった。
「おお、クーロ様! お帰りなさいませ。こんなに速く戻られるとは……、さっ、すぐに獅子の間へ、マデギリーク様がお待ちです!」
マデギリークの執事であるナヴァルがクーロを出迎える。ナヴァルが、クーロが速く戻られたと驚きながらも、すぐに将軍の元に赴くよう促すあたり、今回の緊急招集の異常さを物語っていた。
「ナヴァル! ツヴァンソも同じ指示を受けているのか?」
「はい! ツヴァンソ様も飛竜でこちらに向かわれている最中であります。途中の魔兵からの伝達で、後一時間ほどでここに到着されるでありましょう。そして、ルーラ様はもうご到着されておられます。あの方は魔兵であられますので、自身の瞬間移動の術を駆使されて……。ヌイ様も今日の午前中には、ここにご到着予定であります!」
ナヴァルのこの言葉に、クーロも今回の事の重大さが、己の想像の想定外どころか埒外であることを知る。
可及的速やかに、司令官である自分を単独でエーレ城に召集させただけで既に異例中の異例ではあったが、その召集されたのが自分だけでなく、バラグリンドル地方防衛軍の四人の司令官全てであったからであった。
いくら軍を全て残してきているとはいえ、四人の司令官全てをエーレ城に召集させたというこの情報がミケルクスド國側に何らかの形で伝わった場合、それを機にミケルクスド國が、一気にバラグリンドル地方奪還に大軍を動かす可能性があるぐらいだからである。
今回の緊急招集はそれほどのものであった。
〔参考 用語集〕
(人名)
ヴェルブリュート(聖王国領ベンナ地方領主)
オッターロントラ(ルーラの付き人)
クーロ(マデギリークの養子。中官)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。中官)
ナヴァル(マデギリークの執事)
ヌイ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。大官)
パインロ(クーロの弓の師であり、クーロの隊の一員)
ヨグル(クーロの付き人。クーロ隊の一員)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
ルーラ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。大官)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(地名)
エーレ城(エーレ地方の主城)
バラグリンドル地方(ソルトルムンク聖王国の一地方。元ミケルクスド國領)
ベンナ城(ベンナ地方の主城)
ベンナ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
(竜名)
ワイヴァーン(十六竜の一種。巨大な翼をもって空を飛ぶことができる竜。『飛竜』とも言う)
(その他)
五千人将(大官の別称)
大官軍(五千人規模の軍)
中官軍(三千人規模の軍)
(顛末)
ベンナ城強襲の件(裏切者のヴェルブリュートの城をヌイが強襲した件。【113】~【115】を参照)




