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【180 付き人退陣後(前)】


【180 付き人退陣後(前)】



〔本編〕

「パインロ様!」ヨグルが、ルーラの付き人であるオッターロントラが退陣した後、パインロに尋ねた。

「クーロ様とルーラ様のお二人の仲は、オッターロントラ殿がおっしゃるとおり問題にすべきことなのでしょうか?」

「そうですね……」パインロはそう呟くと、ついに大声で笑い出してしまった。

 オッターロントラがいる間は必死で我慢していた感情が、一気に噴き出してしまったようで、パインロはしばらく笑い続けた。

 ヨグルも、パインロが笑い出した時は、少々呆気あっけにとられてはいたが、こちらもしばらくしてパインロに負けないぐらい大声で笑い出した。

「もし、まだオッターロントラ殿が帰っておらず、外で我らの笑いを聞いてしまったなら、顔を真っ赤にしてここに飛び込んでくるところでありましょう」

 ひとしきり二人で大笑いした後、パインロがそう呟いた。

「おっしゃるとおりかと……。随分と厳格な方もいらっしゃるものです。兵の士気にかかわる大問題であれば、とっくにクーロ軍もルーラ軍も弱体化しているでありましょうに……」ヨグルが笑いながら、そう応じた。

「ルーラ様も、オッターロントラ殿の厳格さには辟易へきえきなされていらっしゃったのでしょう。オッターロントラ殿が、一度ルーラ様の養父であられるセルマン将軍の元に行かれたタイミングで、そのタガが一気に外れたのかもしれませんな。またそのタイミングに同世代のクーロ様がおそばにおられ、そしてそのままルーラ軍とクーロ軍がバクラ地方へ共に参られた。クーロ様がツヴァンソ様としばらく会えなくなったのも、お二人を急接近させるきっかけとなってしまったわけですな。まあ、戦場ではよくある話で取り立てて問題にするようなことでもないかと……。さすがにオッターロントラ殿の前では、そうは言えませんでしたが……」

「……いや、あるいはオッターロントラ殿がバクラ地方派遣の直前にセルマン将軍の元に戻られたのも、あるいは偶然ではないのかもしれない」パインロが何かに気付き、そう呟く。

「まさか!」ヨグルもそのパインロのその発想には、少々鼻白んだ。

「いや! ルーラ様なら、セルマン将軍などに裏から手を回して、そのぐらいのことはするやもしれない。いや、あくまでも何の根拠もない私の憶測、……というよりは邪推です。仮にルーラ様にご確認したとしても、絶対に手の内は明かされないでありましょう。たとえ、それが真実だったとしても……」

 パインロにこう言われたら、ヨグルもそんな気がしてきたから不思議であった。それでも、さすがにバクラ地方派遣軍が、ルーラ軍とクーロ軍の編成になったのは偶然以外の何物でもないと二人は思っていたから……。

 しかし、実はバクラ地方への援軍を決める軍議で、ルーラ軍が派遣されるのは当初からの予定ではあったが、クーロ軍の派遣は、ルーラの指名によって決まったことは、その軍議の席にいなかった二人には知る術もない。

 そう考えると、全てのことがルーラの手のひらの上で決まっていたと、勘ぐれないこともない。幸いそれら全ての事実を知っているのはルーラのみなので、ルーラが語らない限り、それが彼女の手の平の上なのか、はたまた偶然なのか一切が不明ではあるが……。

「しかし、オッターロントラ殿から話があったからではありませんが、クーロ様とルーラ様の件はこのまま放っておかない方がいいのかもしれませんな」パインロが真面目な顔に戻り、ヨグルにそう言った。

「両軍の兵の士気に全く影響がないわけではないと言えるので……」


「確かに、全く兵の士気に影響がないと言ったら嘘になりますな」

 ヨグルも真面目な顔になり、パインロの言葉に同意する。

「ここは最前線で、圧倒的に女性の人数が少ない。その中で両軍の指揮官同士がよろしくやっているのは、兵士たちからすれば、指揮官のことを直接悪く言えない分、ルーラ様やクーロ様のお耳には決して入りませんが、兵たちの気持ちの上では羨ましさや妬ましさが増幅されてしまうもの。特にルーラ軍は、ルーラ様に憧れている兵士が多く、身分の違いなどから叶わぬ恋とは思ってはいるものの、それでも他の男と夜一緒と思うと……。それも他軍の者であれば尚更! 両軍の士気もそうですが、両軍の兵士同士に不穏な感情が生まれるのは、積極的に避けるべきことではあるのかも……」

「ただ、ルーラ様とクーロ様が長い時間ご一緒なのは、それほどルーラ様の戦術指南が奥深いものであると、私は思いますが……」ヨグルが話を続ける。

「クーロ様から、ルーラ様の戦術指南を直接お聞きしても、正直、私には半分も理解できませんでした。これを末端の兵士にまで理解させるとなれば、それこそかなり困難な事柄と推察されますが……」

「私もそう思います。……なので、ルーラ様はクーロ様に直接、指南されるのみならず、それを末端の兵士にまでどのように吸収インプットさせるかまで、ご一緒に試行錯誤しながら、話し合っていると思われます。お二人にとって高度な戦術論より、それをどうやって一般の兵士に理解させるかの方法の考える方が何倍も大変でしょう。理解できている者が、不明な者に説明することが、実は一番難しいといったところですかな。クーロ様がルーラ様の元から戻られた時、ほとんど疲労困憊であるので、あれはほとんど夜通しでそれらについて議論されているからだと思います」

「……ならば、お二人が男女の営みを毎回しているというのは、本当に噂だけで、事実ではないのかも……」

 ヨグルのこの言葉にパインロは、クスっと笑って答えた。

「ヨグル殿のおっしゃる通り、私も毎回は嘘だと思っております。それでも、週に一度か、二週に一度は抱き合ってはいると思うので、全くの嘘なわけでもないのかと……。しかしあの二人ならば、抱き合っている時と同じぐらい二人で議論している時を楽しめるという稀有けうなお二人なので、二人でいる時はいつも楽しみな時間であるのは間違いないでしょう。その分聡明なあのお二人が、お二人とも周りが見えなくなってはおりますが……」




〔参考 用語集〕

(人名)

 オッターロントラ(ルーラの付き人)

 クーロ(マデギリークの養子。中官)

 セルマン(聖王国の将軍。ルーラの養父)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。中官)

 パインロ(クーロの弓の師であり、クーロの隊の一員)

 ヨグル(クーロの付き人。クーロ隊の一員)

 ルーラ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。大官)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)


(地名)

 バクラ地方(ソルトルムンク聖王国とバルナート帝國の国境にある地方。北側がバルナート帝國領、南側がソルトルムンク聖王国領である)

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