【179 付き人の憂い】
【179 付き人の憂い】
〔本編〕
さて、ルーラの軍にオッターロントラという今年四十九になる人物がいる。
丸顔でふっくらとした体型の人物で、元々はルーラの養父にあたるセルマン将軍に仕えていたが、ルーラが十歳の時にルーラの付き人となり、そのままルーラ軍に所属し、今ではルーラの付き人兼相談役といった役割を担っている。
そのオッターロントラが、龍王暦二〇九年九月に突然、クーロの陣を訪れた。
クーロの陣を訪ねたオッターロントラを迎えたのは、クーロの付き人であるヨグルと、クーロの弓の師にあたるパインロの二人であった。
クーロはこの時、自軍を不在にしていた。クーロがルーラの陣を訪れた翌日であり、この日もいつものようにルーラの私室で一泊していたからであった。
オッターロントラがクーロの陣を訪れたのはその日の朝であり、クーロのここのところのパターンではその日の夕刻に自軍に戻って来るので、まさにクーロが不在の時であり、ルーラの付き人オッターロントラはそれを十分理解した上でのクーロの陣への訪問であった。
「初めまして、私はクーロ様の付き人ヨグルと申します。こちらが、クーロ様の弓の師に当たられますパインロ様。朝からのご訪問痛み入ります」
「初めまして、私はルーラ様の付き人をいたしておるオッターロントラと申す者。朝からの突然の訪問、非常に不躾で申し訳ございません!」
オッターロントラは大きな腹を揺すりながら、ちょこんと頭を下げた。
クーロの付き人とルーラの付き人による突然の会談ではあったが、パインロを含め三人とも、クーロが不在のことも、そのクーロの行き先がルーラの元であることも承知した上での会談であったため、そのことについてのやりとりは一切なかった。
「お話の内容でありますが、他でもないクーロ様とルーラ様のことであります」
三人が一室におさまり、一時の世間話に興じた後、オッターロントラが今回の会談の本筋について切り出した。
両司令官不在の中での付き人同士の会談であるので、ルーラとクーロ以外の話題であるはずがないのは当たり前であった。
「クーロ様とルーラ様の仲は非常に良いというのがもっぱらの噂ではありますが……」
「それは噂通りで間違いないでしょう」
オッターロントラの持って回した切り口上に対し、ヨグルはそう即答する。
ヨグルの横にいたパインロは、無表情な表情のままであったが、心の中では思わず笑ってしまった。ルーラの付き人オッターロントラのクーロとルーラの二人の仲が非常に良いという噂があるという表現が、持って回したような遠回しな表現だったからである。
「クーロ様がバラグリンドル地方南部防衛線の守りについて、同じ戦線のルーラ様と密に連携を取り合う、またクーロ様ご自身が自らの隊の強化に当たり、ルーラ様を全面的に頼られていらっしゃるということは重々分かっております。そのようなクーロ様の軍の在り方や戦いに関するご熱心さについて、同じ武人として頭が下がる思いであります。ただ……」
「……ただ?」オッターロントラの言いぶりに、ヨグルが簡潔な言葉で先を促す。
「ただ、その回数とお二人が一緒におられる時間が度を超えて長いことから、兵士たちの間では何やらあらぬ噂が……」
「あらぬ噂ですか」この時もヨグルは、必要最低限の言葉でのみ反応する。
そのような二人の付き人によるやりとりに、パインロは顔がにやけてくるのを、今や必死に抑えなければならないほどであった。
オッターロントラの持って回した言いぶり、それに対しヨグルの全てを理解していながらのとぼけぶり、その両者のギャップにパインロの頬の緊張も、もはや限界に近かった。
「その、これはあくまでも噂ではありますが、ルーラ様とクーロ様は非常に親密な間柄であるとの……」
「つまりは、男女の仲であられるとおっしゃりたいのですな! オッターロントラ殿は……」
ヨグルのこのストレート過ぎる返しに、パインロはついに我慢出来ず吹き出してしまった。オッターロントラはというと丸い目をぎょろぎょろさせながら、すぐ横にいるパインロの失礼極まりない失笑にも全く気付かないほど動揺した様子で、しばらく次の言葉が出ないぐらいであった。
「……ヨ・ヨグル殿におかれては、ご・ご存じで、あ・あられましたか?」しばらくして、オッターロントラがやっと言葉を絞り出すように呟いた。
「知っているも何も……、お二人の仲は五年前のバルナート帝國との国境であるバクラ地方に共に配属された時からのものでありますが……」
「ヨグル殿!」ヨグルの言葉に、オッターロントラの丸い目がさらに見開かれた。
これ以上、瞼を見開いたら目玉が零れ落ちるのではないかと錯覚するほどの見開きようであった。
「ルーラ様とクーロ様の仲は、そんな前からなのでありますか?!」
「そうですな。両軍の兵は誰もが知っているほど公然な秘密ではありますが……。もしやオッターロントラ殿は全くご存じなかった?」
「……」オッターロントラはもう黙り込むしかなかった。
「……確かに私はルーラ様の付き人ではありますが、一時期だけルーラ様のお傍を離れ、ルーラ様の養父であられるセルマン様の元に仕えておりました。その時期が、実はルーラ様がバクラ地方に派遣されようとする直前であったのであります」
「成程」
「セルマン様の元でしばらくお仕えし、ルーラ様の付き人に戻ったのは、つい最近であるバラグリンドル地方攻略戦後でありました」
「それでは、お気付きになられないのも仕方ありませんな」ヨグルがオッターロントラを慰めるようにそう呟いた。
“そういうことか”パインロは一人、心の中で呟く。
“ルーラ様は、この厳格で小うるさい付き人が居ない時期を狙って、クーロ様と親密になったのか”
既にパインロの表情は、いつもの無表情に戻っている。
「まあいずれにせよ、お二人とも既に一軍を預かるほどの指揮官であり、分別もわきまえておられるお年頃、それほどお気になされることではないかと……」
「ヨグル殿! 私もクーロ様とルーラ様の仲について、ことさらに目くじらを立てているわけではございません! ただ、お二人の関係を公然の秘密というはっきりしない状態で、このまま続けるのはいかがかと……。両軍の兵たちへの士気にも関わることであります!」
「そのようなものですかな?」
「ヨグル殿も、クーロ様の付き人である以上、もう少しクーロ様に、そのあたりのことを言い含めていただければと……」
「それはお二人の結婚とかですか?」
「そういったことも含めてです! とにかく、今のままはあまりよろしくないかと……」
オッターロントラが奥歯にものが挟まったような言いぶりで話を打ち切り、クーロの本陣を後にした。
〔参考 用語集〕
(人名)
オッターロントラ(ルーラの付き人)
クーロ(マデギリークの養子。中官)
セルマン(聖王国の将軍。ルーラの養父)
パインロ(クーロの弓の師であり、クーロの隊の一員)
ヨグル(クーロの付き人。クーロ隊の一員)
ルーラ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。大官)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
バルナート帝國(ヴェルト八國の一つ。北の強国)
(地名)
バクラ地方(ソルトルムンク聖王国とバルナート帝國の国境にある地方。北側がバルナート帝國領、南側がソルトルムンク聖王国領である)
バラグリンドル地方(ソルトルムンク聖王国の一地方。元ミケルクスド國領)




