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【178 バラグリンドル地方防衛軍事情(後)】


【178 バラグリンドル地方防衛軍事情(後)】



〔本編〕

 さて、バラグリンドル地方西側北部に次いでミケルクスド國の攻勢が激しいであろう地域が、バラグリンドル地方西側南部になる。

 バラグリンドル地方を失ったことによって二分されたミケルクスド國の南部は王都がない上、三将軍もいない一帯ではあるが、それでもバラグリンドル地方の位置がミケルクスド國のほぼ中央部だったことから、そこを聖王国に奪われたことにより、ミケルクスド國はほぼ中央部で二つに分断されてしまったのであった。

 そういった事情から、このミケルクスド國南部も北部に匹敵するぐらいの面積を持ち、この一帯全てを聖王国や他国に制圧されるということは、現在のミケルクスド國の国力が半減するということであった。

 それにこの南部地域には、バラグリンドル戦の際フルーメス王国からの侵略を防いでいたという経緯から、三将軍に次ぐ実力者であるエンテ将軍が駐屯している。

 また、バラグリンドル湾にあったティグリス、ロボルプス二城に籠っていたアエラキ将軍とティフォンニー将軍が降伏した際、アエラキ将軍はソルトルムンク聖王国の将となったが、ティフォンニー将軍は聖王国の所属になることを拒み、ミケルクスド國の南部地域へと去った。

 ティフォンニー将軍は、エンテ将軍に勝るとも劣らないほど優秀な将軍であるので、この二将の動き次第では、バラグリンドル湾やバラグリンドル地方を再奪取し、再びミケルクスド國を一つとすることも可能なのであった。

 その南部地方に対してのソルトルムンク聖王国の対処が、ガルニャ将軍の水軍とバラグリンドル地方西側南部に配備されたルーラ大官軍であった。

 ルーラの知略については、他国間でもかなり知られるところとなっており、ミケルクスド國南部地帯もバラグリンドル地方へ攻め込む動きをあまり活発には出来なかった。

 ルーラが、簡素ながら西側南部の要所要所に防衛拠点を設け、少しずつではあるが防衛ラインを構築しつつあったからである。

 ミケルクスド國のエンテ、ティフォンニー両将軍とも力を頼りとする猛将タイプの将ではなく、むしろ戦略戦術を練って戦う智将タイプの将であった。

 そのためルーラという存在と、続々と構築される砦などの防衛拠点に対し、安直に攻撃を仕掛けられなかったのであった。

 この相性の組み合わせは聖王国側の思惑に合致し、バラグリンドル地方西側南部地域については、北部のヌイ軍の戦った数の十分の一以下であった。

 さらに、南部の東側においては、クーロ中官軍が配備されており、彼もルーラと同様の智将タイプであることから、ほぼこの一帯の戦いは膠着状態であった。

 これもソルトルムンク聖王国側の思惑通りと言って差し支えないであろう。


 このような状況下、クーロは度々、ルーラの駐屯地を訪れている。

 バラグリンドル地方南部防衛圏の西側の拠点を受け持つルーラと東側の拠点を受け持つクーロが、南部の連携を保つ上で、クーロがルーラの陣営を訪問し、打ち合わせをすること自体は至極当然ではあったが、さすがにその頻度が多いように思われた。

 クーロは週に二回ルーラの元を訪れているのである。

 ツヴァンソの陣へは三週間ほど訪れていないのに、ルーラの陣を訪ねるその回数は限度を超えていた。

 確かにバラグリンドル地方南部戦線としての連携上の理由は分かるし、バラグリンドル地方自体それほど広くはないからではあるが、それでもクーロの拠点からルーラの拠点まで移動するのに六時間要する。

 ちなみに、ツヴァンソの拠点にも同程度の時間で行けるので、クーロの気持ちをおもんばかるに、もっとツヴァンソの陣を頻繁ひんぱんに訪れても不思議ではないはずなのではあったが……。


 さて、クーロがルーラの陣を週二回も訪れるのは、軍事上の連携を図るためだけではなく、直接ルーラから様々な戦略戦術、兵法といった教えを受けているためであった。

 クーロはクーロで自らの隊の強化に、ルーラから教わった戦略戦術理論を軸として、それを実践出来る隊を作り上げようとしていたのであった。

 そしてその戦略戦術理論は、クーロといった数名の司令官クラスのみならず末端の兵士達もある程度理解しているといった、考えて戦える隊を作り上げようとしていた。

 これはある意味、ツヴァンソが考えている性質の隊の強化より、遥かに困難を伴うものであった。

 軍とは上官の命令により動く。したがって基本、末端の兵士は何も考える必要がない。それが一番単純で基本的な軍の在り方であるが、それでは上官の命がどのような戦略戦術理論に基づいて下されているかを理解していないため、次の指令が出るまで、別の違う軍事行動が起こせないのである。

 戦いというものは、敵という相手があっての行為であるため、敵の出方次第で、上官は出していた命令を変更する必要に迫られる時がある。場合によっては、今までの命令と反対のことを命じなければいけない場面に直面することもある。

 これなど末端の兵が、上官がどのような戦略戦術理論に基づいてその命令を出しているかを仮に理解できていたとすれば、次の命令を待つことなく、その状況に合わせて臨機応変に軍事行動を変化させることができるである。

 このような考える隊の完成をクーロは目指しているが、それは非常に困難なことで、一朝一夕に出来上がるものではなかった。

 さらに言うと、戦いにおける上官の命令は絶対であり、個々の判断が都度優先された場合、戦いを遂行していくことは実質的に不可能となる。そのいったことは軍組織における基本原則であり、何人なんびともそれに異を唱えることは出来ない。

 しかし、そういった軍組織の基本原則が成り立っている上でなお、上官から命令を受けた兵が時として臨機応変な判断をすることを求めてるのが、クーロであった。

 相矛盾しており、かつ軍組織の在り様に対し非常に危険な要素を孕んでいながら、仮に軍における兵士一人一人が、ある一定レベル以上の戦略戦術理論を理解した上で、上官の命令の意味や意図を斟酌出来るということであれば、それは非常に理想的な軍の在り様といえた。

 非常に理想的と表現したように、そのような軍を作るには膨大な時間と多大な労力の蓄積が必須であり、構想段階において普通であれば諦めるか、そもそもそのような発想すらしない指揮官が多い中、クーロはあえてその方向の軍構築を目指した。

 その大前提が、この機会を利用してクーロが、ルーラから戦略戦術理論等を習得することであった。

 クーロは週二回ルーラの元を訪れるが、通常は朝から出かけ昼過ぎにルーラに会い、その日はルーラのところで泊り、朝方ルーラの陣営を離れ翌日の昼過ぎか夕刻ぐらいに自陣に戻ってくるといった按配あんばいであった。

 一度の訪問で丸二日を要しての週二回ということは、一週間のうち四日間をルーラ訪問にあてているということになる。

 現実的な軍運用はパインロが常時駐屯しているので、クーロが不在であっても、ほとんど支障はなかった。しかし、それでも最前線の長がほとんど自陣におらず、他の司令官の陣にいるというのは異常な現象であった。




〔参考 用語集〕

(人名)

 アエラキ(ミケルクスド國の将軍。後に聖王国に帰属する)

 エンテ(ミケルクスド國の将軍)

 ガルニャ(ソルトルムンク聖王国の将軍。水軍の長)

 クーロ(マデギリークの養子。中官)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。中官)

 ティフォンニー(ミケルクスド國の将軍)

 ヌイ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。大官)

 パインロ(クーロの弓の師であり、クーロの隊の一員)

 ルーラ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。大官)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)


(地名)

 ティグリス城(バラグリンドル湾にそびえる城。ティグリスの名を冠している)

 バラグリンドル地方(ソルトルムンク聖王国の一地方。元ミケルクスド國領)

 バラグリンドル湾(バラグリンドル地方の西側にある湾)

 ロボルプス城(バラグリンドル湾にそびえる城。ロボルプスの名を冠している)


(その他)

 三将軍(ミケルクスド國で最も優れた三人の大将軍のこと)

 大官軍(五千人規模の軍)

 中官軍(三千人規模の軍)

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