第9話 理由
『……マスター』
『一つだけ、気になることがあります』
創は跳ねるように起き上がった。眠気は、一瞬で吹き飛んでいた。
「――分かったのか。なぜ、お前だけだったのか」
『分かった、とまでは言えません。ですが、現時点で確認できた違いは、四つあります』
ノアは、いつもより幾分か慎重な口調で切り出した。
「聞かせてくれ」
『先ほどまで、時計とラジオ、それにPCについて調べていた資料と、私自身の――というより、この端末の元々の仕様を、比較してみました』
「四つ、か」
『はい。通信機能。演算能力。学習し続けるAI。そして、バッテリーによる単独稼働。この四点において、私が入っていたこの端末は、他の三体と明確に異なっていました』
「時計とラジオは、確かに何もかも足りてなかったよな」
『はい。時計は単独で稼働できる点は満たしていましたが、通信機能もなく、複雑な演算もできません。ラジオも、電波を受信することはできても発信はできず、演算能力も学習する機能もありませんでした』
「PCは、演算能力はあったよな」
創は腕を組み、しばらく天井を見上げた。
『はい。PCは演算能力が高く、複雑な処理をこなせます。ただ、あのPCはコンセントに常時接続されていなければ動作せず、単独では存在を維持できませんでした。搭載されていたOSも、学習しない従来型のものでした』
一拍、間があった。
『――もし、あのPCに学習AIが搭載されていて、なおかつバッテリーで動作するものだったなら。結果は、違ったかもしれません』
「なるほど……一番近かったのがPCか」
『分かりません。あくまで想像です。ですが、四つのうち三つまで条件を満たしていた対象は、あのPCだけでした』
創は、しばし言葉を失った。
四つの機械を並べて試したとき、まさか一つ一つに、こんな明確な違いがあったとは思っていなかった。
「じゃあ、この四つが揃えば、人格が宿るってことか」
『それも、まだ分かりません。四つの条件を並べてみただけで、そのどれが本質的な理由なのか――あるいは、四つ全部が揃わないと駄目なのか、それすらもまだ判断できません。サンプルが、あまりにも少なすぎます』
「……なるほどな」
なぜ自分のスマホだけが特別だったのか。その答えの糸口に触れられたことに、創は不思議な安堵と、同時に言葉にしがたい落ち着かなさを覚えた。
たまたま買った機種が、たまたまこの条件に近かった。ただの偶然が、こんな結果を連れてきたのだと思うと、どこか薄気味悪いような感覚もある。
「――で、気になることって、それだけか?」
『いえ、実はもう一つ』
ノアの声が、わずかに硬くなった。
『調査中、偶然もう一つ気になる資料を見つけました』
「気になる資料?」
『――生体ゴーレム化、という言葉です』
創は眉をひそめた。
「生体……それはまさか」
『はい。生きた身体を、ゴーレムとして扱う理論のようです。ただ――記録上、前例は一件も見当たりません』
「……誰も、やったことがない、ってことか」
『そのようです』
創は、しばらく黙り込んだ。
生体ゴーレム化――そんな物騒な響きの理論が、まさか自分の身近に存在していたなど、これまで考えたこともなかった。
「……まあ、俺には関係ない話だな」
軽く笑って、創はそう呟いた。前例がないというなら、それだけの理由があるのだろう。詳しく知りたいとも、正直なところ思わなかった。
『……ですが』
ノアの声が、そこで止まった。
「……ノア?」
『一つだけ、成功できる可能性がある方法があります』
「……何だ?」
創は、思わず息を呑んだ。
けれどノアは、それ以上、続けようとはしなかった。
『ですが……』
沈黙。
『申し訳ありません。もう少し、確認したいことがあります』
「確認なんて後でいい。
今聞かせてくれ」
『申し訳ありません』
『確証のない状態で
マスターに危険な提案をすることは
できません』
沈黙。
「……お、おい」
呼びかけにも、応答はなかった。
窓の外は、すっかり静まり返っていた。創はしばらく暗闇を見つめたまま、ベッドの上で身動きが取れずにいた。
このとき創はまだ知らない。
その提案が語られるのは、もう少し先のことだった。
第9話、お読みいただきありがとうございます。
ようやく、謎の一端が見えてきました。
そしてもう一つ、思いがけない言葉が飛び出したところで、通信が途切れてしまいましたね。
続きが気になるところで恐縮ですが、次話をどうぞお楽しみに。




