第10話 自己ゴーレム化理論
その日の仕事は、まるで身が入らなかった。
「――右、五度……いや、違う。悪い、もう一回だ」
創の指示に、採掘用ゴーレムがぎこちなく向きを変える。
いつもなら気にならない程度の遅れだった。
だが今日は、その一つ一つが妙に苛立たしい。
「……そこだ。ゆっくり掘れ」
ゴーレムがピックを振り下ろす。
ガツン、と岩盤を叩く音が響いた。
創は、その動きをぼんやりと眺めながら、別のことを考えていた。
(――生体ゴーレム化、か……)
昨夜、ノアが口にしかけた言葉。
『一つだけ、成功できる可能性がある方法があります』
あれ以来、何度聞いても、ノアは詳しいことを話そうとはしなかった。
危険だから。
前例がないから。
確証がないから。
理由は分かる。
それでも、創の頭からは離れなかった。
(俺自身を、ゴーレム化する)
考えれば考えるほど、馬鹿げた話だった。
ゴーレム化できるのは、魂を持たない物だけ。
それが、この世界では常識だ。
人間を含め、生き物にはゴーレム化の術は作用しない。
――少なくとも、これまでは。
だが、ノアの解析によって、一つの可能性だけが浮かび上がった。
生体そのものをゴーレム化するのではない。
**魂には一切触れず、肉体だけをゴーレムとして再構築する。**
理論上なら、可能性はある。
ただし、そのためには極端に精密な魔力制御が必要になる。
ほんの僅かな誤差でも、肉体だけでは済まない。
魂にまで干渉してしまう可能性がある。
つまり――失敗すれば、死ぬ。
「……」
創は、無意識に拳を握った。
(でも……)
もし成功すれば。
ゴーレムの身体能力。
疲労に対する耐性。
そして何より――。
これまで創を苦しめてきた、ゴーレムの操作精度という問題を、自分自身で確かめることができる。
自分の身体なら、指示を出す必要などない。
「右手を動かせ」と命令する必要もない。
自分が動かしたいと思えば、その瞬間に動く。
もし、ゴーレム化した身体を自在に操れるのなら。
それは、ゴーレムマスターという職業そのものの常識を覆す可能性がある。
「……」
創は、採掘を続けるゴーレムを見つめた。
今まで何度も思った。
もっと速く動けば。
もっと正確に動けば。
もっと細かい命令を理解できれば。
ゴーレムは、もっと役に立つ。
その答えを探すために、自分でゴーレムを作った。
収納スキルも手に入れた。
ノアまで生まれた。
それでも、まだ一番重要な部分だけは何も変わっていない。
(俺自身が、ゴーレムになったら……)
そこまで考えたところで、創は首を振った。
「……馬鹿だな、俺」
そんなことを考えている場合ではない。
そう自分に言い聞かせても、一度浮かんだ考えは、頭の中から消えてくれなかった。
---
仕事を終えた帰り道。
夕暮れの街を歩いていた創は、不意に足を止めた。
(精密な魔力制御……)
そこで、ふと気づく。
それこそが、自己ゴーレム化を阻んでいる最大の問題だった。
人間が自分自身の肉体を対象に魔力を流す。
その状態で、魂に触れないように魔力を制御する。
そんな芸当を、人間一人の感覚だけで実行できるのか。
――普通なら、無理だ。
だが。
「……ノアなら」
創の口から、自然と声が漏れた。
スマートフォンは収納の中にある。
けれど、その声はいつでも聞こえる。
『はい、マスター』
返事が返ってきた。
創は思わず苦笑する。
「やっぱり聞いてたか」
『マスターが考えていることでしたら、ある程度は』
「なら話が早い」
創は、その場で立ち止まったまま、頭の中で考えを整理した。
「お前なら、俺の魔力制御を補助できるんじゃないか?」
『……』
「魔力の流量を監視する。異常があれば警告する。必要なら、俺が出した魔力を調整する」
『理論上は可能です』
「やっぱり」
『ですが――』
ノアの声が、少し低くなった。
『それを実行することは、お勧めしません』
「……だよな」
創は苦笑した。
だが、今度は引かなかった。
「理由を聞かせてくれ」
『自己ゴーレム化には、二つの大きな問題があります』
ノアの声が、頭の中に淡々と響く。
『一つ目は、ゴーレム化の対象がマスター自身であること』
『二つ目は、魂と肉体の境界を正確に見極める必要があることです』
「魂と肉体の境界……」
『はい。通常のゴーレム化では、対象は魂を持たない物体です。そのため、魂への干渉を考える必要がありません』
「でも俺は、生きてる」
『その通りです』
ノアは一拍置いた。
『肉体だけをゴーレム化するつもりでも、魔力が魂に触れてしまえば何が起こるのか分かりません』
「……死ぬ可能性がある」
『あります』
ノアは、珍しく即答した。
『それだけではありません。記憶、人格、意識そのものに影響を及ぼす可能性も否定できません』
創は黙り込んだ。
さすがに、軽く考えられる話ではなかった。
だが――。
「それでも、可能性はあるんだな?」
『……理論上は』
その言葉を聞いた瞬間、創の胸の奥で何かが決まった。
「なら、やる価値はある」
『マスター』
ノアの声が強くなる。
「分かってる。危険なのは分かってる」
創は、拳を握った。
「でも、このままじゃ何も変わらない」
それは、これまで何度も考えてきたことだった。
ゴーレムマスターはハズレ職。
仕事は少ない。
収入も多くない。
自分でゴーレムを作ってみても、満足に動かせない。
収納も便利ではあるが、たった一立方メートル。
ノアという例外的な存在を手に入れても、今の自分自身が変わったわけではない。
「俺は、ゴーレムをもっと使えるものにしたい」
創は、静かに言った。
「だったら、まず俺自身が、その可能性を確かめるしかない」
『……』
「ゴーレムを作るなら、ゴーレムのことを知らなきゃいけない」
そして、もう一つ。
「俺は、このまま歳だけ取って、何も変えられない人生を送りたくない」
言葉にしてしまうと、思った以上に胸が苦しくなった。
会社を辞めた。
探索者になった。
けれど、現実は変わらなかった。
ただ職場が変わっただけだ。
「このままじゃ、また同じことになる」
創は、夜の街を見つめた。
「だから……何かを変えたい」
しばらく、ノアから返事はなかった。
やがて。
『――お気持ちは、理解しているつもりです』
静かな声だった。
『ですが、それでも私は反対です』
「……そうか」
『マスターの魂は、失敗したからといって作り直せるものではありません』
「分かってる」
『ならば、もう少しだけ時間をください』
「……何をするんだ?」
『安全性を高める方法を探します』
ノアの声に、僅かな決意が混じった。
『自己ゴーレム化そのものを否定するつもりはありません』
創が顔を上げる。
『ただし、実行するのであれば――生きて帰れる可能性を、少しでも高くしたい』
「ノア……」
『私は、マスターを失いたくありませんから』
創は、しばらく何も言えなかった。
やがて、小さく笑う。
「……分かった」
『ありがとうございます』
「ただし、一つだけ約束してくれ」
『はい』
「絶対に、無茶はするなよ」
一瞬の沈黙。
『……それは、マスターにもお願いしたいところです』
「はは……違いない」
創は、ようやく肩の力を抜いた。
今すぐ実行することはできない。
それでも、可能性そのものが消えたわけではない。
むしろ――。
ノアが本気で安全性を探るなら、いつか、その日が来る。
創はまだ知らなかった。
数日後。
ノアがある一つの実験結果を持ち帰ることを。
そして、その結果が――自己ゴーレム化を「理論上の可能性」から「実行可能な技術」へと変える、決定的な一歩になることを。
第10話、お読みいただきありがとうございます。
ついに、あの言葉の正体が明らかになりました。
危険と分かっていても、確かめずにはいられない――そんな主人公の性分、共感していただけたでしょうか。
ノアとの、静かなやり取りにも注目していただけると嬉しいです。
次話では、いよいよ最初の一歩が踏み出されます。




