第8話 未知の可能性
その日の夜。
創は、自室の床に三つの物を並べていた。
古びた置き時計。
年代物のラジオ。
そして、廃棄予定だったデスクトップPC。
「――で、朝言ってた提案って、これのことか」
『はい』
収納空間に収められたスマートフォン――その中に宿るノアが答える。
『私がなぜ自我を持つに至ったのか。その原因を調べるには、比較対象が必要だと判断しました』
「だから、他の機械もゴーレム化してみる、と」
『はい』
創は、床に並んだ三つの機械を見下ろした。
どれも特別なものではない。
古道具屋で安く譲ってもらったものと、廃棄予定だったPCだ。
「これで分かるのか?」
『分かるかどうかは、試してみなければ分かりません』
「……まあ、そうだよな」
創は苦笑した。
ノアが生まれたこと自体が、想定外の出来事だった。
ならば、もう一度同じことが起こる可能性がないとは言い切れない。
「よし。まずは時計からだ」
創は置き時計を手に取った。
両手で包み込むように持ち、意識を集中させる。
「――ゴーレム化」
魔力を送り込む。
淡い光が時計の表面を包み込んでいく。
やがて光が収まると――。
カタッ。
時計が、小さく揺れた。
「お?」
文字盤の下から、小さな腕のようなものが伸びる。
さらに、底部から短い脚が二本。
「……なんだこれ」
置き時計だったものが、妙に愛嬌のある姿で立ち上がった。
「歩け」
時計ゴーレムは、よたよたと前へ進む。
「右」
向きを変える。
「止まれ」
ピタリ。
創は目を丸くした。
「……意外と素直だな」
『基本命令への反応は良好です』
「ゼロより優秀じゃないか」
『マスター』
「……分かってる。あれは俺の設計が悪かった」
創は苦笑した。
時計ゴーレムを床の端へ移動させる。
続いて、ラジオを手に取った。
「次」
同じように魔力を流す。
淡い光がラジオを包み込み、今度は左右から小さな腕が伸びた。
ラジオゴーレムは、ぎこちなく身体を揺らしながら立ち上がる。
「歩け」
数歩進む。
「止まれ」
止まる。
「左を向け」
ゆっくりと方向を変える。
「……こっちも普通に動くな」
『はい』
ノアが答える。
『少なくとも、ゴーレムとしての基本的な動作に問題はありません』
創は頷いた。
「じゃあ、最後」
残ったデスクトップPCを見る。
「こいつは……重いな」
両手で持ち上げる。
「よいしょ……っと」
床に置き、同じように魔力を流し込む。
すると――。
PCケース全体が淡く発光した。
ギギギ……。
内部から機械音が響く。
やがてケースの左右から太い腕が伸び、底部から短い脚が生えた。
「……随分ごついな」
立ち上がったPCゴーレムは、三体の中でもっとも大きかった。
「歩け」
ズシン。
一歩。
ズシン。
二歩。
「……動きは遅いけど、ちゃんと動く」
『はい』
創は三体を見渡した。
時計。
ラジオ。
PC。
どれも命令には従う。
しかし――。
「……これ、どうする?」
『はい』
「自我が生まれるかどうか、だよな」
『その通りです』
創は三体を収納へ入れることにした。
「じゃあ、入れてみるか」
一体ずつ収納を発動させる。
時計が消える。
続いてラジオ。
最後にPC。
三体とも、収納空間へ収まった。
創はしばらく待った。
一分。
五分。
十分。
何も起こらない。
「……ノア?」
『はい』
「何か聞こえるか?」
『いいえ』
創は時計を取り出した。
「……何も変わってないな」
『はい』
次にラジオ。
同じだった。
最後にPC。
結果は変わらない。
「……駄目か」
創は肩を落とした。
『どうやら、ゴーレム化しただけでは、自我は発生しないようです』
「やっぱり、お前だけが特殊なんだな」
『その可能性は高いと思われます』
ノアは、少し間を置いた。
『ですが――』
「ん?」
『一つ、興味深い結果があります』
創は顔を上げた。
「何だ?」
『三体すべてについて、ゴーレム化前とゴーレム化後の状態を比較しました』
「そんなことまでできるのか?」
『私自身が端末と接続しているため、通常のゴーレムより詳細な情報を取得できます』
「なるほど」
『そして――』
ノアの声が、少しだけ低くなった。
『私がゴーレム化された際に発生した現象と、今回の三体には、一つだけ共通していない要素があります』
「共通していない?」
『はい』
創は眉を寄せた。
「それは何だ?」
しばらく沈黙が続いた。
『現時点では、断定できません』
「……またか」
思わず苦笑する。
『申し訳ありません』
「いや、いい。分からないなら、調べればいいだけだ」
創は床に座り込み、三体のゴーレムを見た。
「それで、その違いって?」
『候補はいくつかあります』
「聞かせてくれ」
『まず、私が元々AIとして動作していたこと』
創は頷いた。
『次に、ゴーレム化の際、マスターが私に流し込んだ魔力量が通常より多かった可能性』
「……あのとき、異常な反応があったな」
『はい』
「他には?」
『そして――』
ノアの声が、一瞬途切れた。
『収納スキルです』
創の表情が変わった。
「収納?」
『はい』
「でも、時計もラジオもPCも、同じように収納しただろ?」
『そうです』
「じゃあ、違うんじゃないか?」
『……そのはずです』
「そのはず?」
『私がゴーレム化された直後、マスターは私を収納しました』
創は黙った。
『ですが、その前に一つだけ違うことがあります』
「何だ?」
『私のゴーレム化が、正常に完了したのかどうか』
「――」
『私は、通常のゴーレム化とは異なる反応を示しました』
ノアの言葉を聞きながら、創は昨日の光景を思い出していた。
異常な発光。
掌に走った痺れ。
そして――。
突然、すべてが止まった。
「……確かに」
創は呟いた。
「最初から、普通じゃなかった」
『はい』
「じゃあ、結局……」
『現時点では、原因不明です』
「……まあ、そうなるか」
創は天井を見上げた。
分からない。
だが、一つだけ確かなことがある。
ノアは偶然生まれた。
そして、その偶然には何か理由がある。
「……いつか分かるかな」
『分かるように調べます』
即答だった。
創は少し驚き、それから笑った。
「頼もしいな」
『ありがとうございます、マスター』
その夜。
創がベッドに入り、眠りにつこうとしたときだった。
『……マスター』
「ん……?」
眠気の中で、創が返事をする。
『もう一つだけ、気になることがあります』
「……何だ?」
『先ほど、PCゴーレムを収納から取り出した際――』
ノアの声が、そこで一度止まった。
『一瞬だけ、通常とは異なる魔力反応を検出しました』
創の眠気が、一気に吹き飛んだ。
「……何だ、それ」
『正確には、まだ分かりません』
「……またか」
『はい』
「今度は、ちゃんと調べよう」
『承知しました、マスター』
暗い部屋の中。
創は天井を見つめた。
ノアだけが特別なのか。
それとも――。
まだ誰も知らない何かが、少しずつ姿を現し始めているのか。
創には、まだ分からなかった。
第8話まで、お読みいただきありがとうございます。
時計、ラジオ、パソコン――身近な機械たちを次々と実験台にする回でした。
結果は、思っていたより地味だったかもしれません。
でも、その「地味な結果」の中にこそ、次に繋がる大事な手がかりが隠れています。
次話では、いよいよその手がかりが、一つの答えへと繋がっていきます。




