第82話 増員を検討
「まず、地域分布です」
柚木がテーブルへ地図を広げた。
赤い印が首都圏に密集し、その外側にも広がっている。
「都市部が中心なのは想定内です。でも、地方からの問い合わせが全体の三割を超えました。見積もりだけで止まっている案件も含めれば、もう少し増えます」
「三割……」
創は、地方へ伸びた赤い印を目で追った。
「梓。今の生産能力は?」
「月十五体。整備まで含めて、ちゃんと出せる数ならね」
梓は端末を操作し、数値を表示する。
「無理を通せば二十体。でも、その場合は点検の間隔を詰めることになる。私はおすすめしない」
「却下だ」
創は地図から目を離さなかった。
「安全性は削れない」
「だよね」
梓は短く笑った。
「美咲さん、資金は?」
「足りています」
美咲は即答した。
「むしろ、資金だけが先に余り始めています。設備も人員も増やさなければ、受注できる機会を捨て続けることになります」
「要するに?」
「増員です。整備要員、問い合わせ対応要員。それと、いずれは現地対応要員も必要になります」
凛が眉をひそめた。
「現地対応?」
「地方の案件を、すべてここから処理するのは効率が悪いでしょう。納品後の点検や緊急対応もあります。地域ごとの拠点を持つことは、長期的には避けられません」
工房に、機械の駆動音だけが響いた。
拠点。
創にとって、この場所は事業の出発点だった。
ここから先を考えるなら、いつかは工房ひとつでは足りなくなる。
「話を飛ばしすぎだ」
凛が腕を組む。
「拠点なんて、今の人数で回せるわけがない。新人を入れれば、教える側の手も取られる」
「それはそう」
梓もすぐに同意した。
「整備は見よう見まねで任せられない。下手をすれば、怪我じゃ済まないから」
「だから、まずは採用の土台作りです」
美咲は地図を指でなぞった。
「いきなり地方展開はしません。まず整備と窓口の人員を増やして、今の工房に余力を作る。その後で判断します」
「採用、か……」
創は息を吐いた。
今いる仲間は、求人票から集まったわけではない。
必要なときに出会い、それぞれの事情を抱えながら、この場所に残ってくれた。
だが、これからは違う。
事業を続けるために、人を迎える。
「柚木さん。採用基準を考えてもらえますか」
「はい」
柚木は地図ではなく、そこに記された地域名へ目を向けていた。
「技術があることは大前提です。ただ、それだけでは困ります」
「うちの理念を理解できる人、ってことか」
「はい。安全を後回しにしないこと。お客様を数字だけで見ないこと。それから……困っている人を見捨てないことです」
創は小さく頷いた。
「その条件は譲れない」
『マスター』
ノアの声が割り込んだ。
「どうした?」
『求人票の下案であれば、作成できます。必要な職種、経験、勤務条件も整理可能です』
「助かる。頼めるか?」
『承知しました。ただし、採用の最終判断は皆様で行ってください』
「ノアが言うのか?」
『適性は経歴や数値だけでは測定できません。人間は、想定外の場面で本質が出ます』
一拍遅れて、梓が吹き出した。
「妙に詳しいじゃん」
『褒め言葉として記録します』
「褒めてない」
工房に笑いが広がった。
だが、その笑いは長く続かなかった。
「増員は、楽になるためだけにやるんじゃない」
創は皆を見回した。
「入った人に教える時間が要る。慣れるまでは、たぶん今より忙しくなる。失敗もあるかもしれない」
「分かってる」
梓は端末を閉じた。
「でも、このままじゃ私たちが先に潰れる」
凛も頷いた。
「入れるなら、現場で使えるようになるまで私が見る。ただし、危ない真似をする奴は容赦しない」
「そこは頼りにしてます」
「任せろ」
美咲は資料をまとめながら言った。
「急いで人数だけ揃える採用は、後で必ず高くつきます。一人ずつ確認しましょう」
創は、赤い印が散る地図へ手を置いた。
その向こうには、まだ会ったことのない依頼者がいる。
そして、これから出会うかもしれない仲間もいる。
「増員を進めよう」
創の声に迷いはなかった。
「急がない。でも、止まらない。うちのやり方を守れる人を、一人ずつ迎える」
「求人票、今日中にたたき台を出します」
柚木が言った。
「私は新人が入った場合の作業工程を組み直す」
梓が続ける。
「面接の準備は私がやっておく」
凛が椅子から立ち上がった。
そのときだった。
ノアが、控えめな声で告げた。
『マスター。求人を公開する前に、お伝えしたいことがあります』
「何だ?」
『先ほど、地方の問い合わせ一覧に一件、緊急度の高い案件が追加されました』
テーブルの地図に、新しい赤い印が灯った。
創は、その場所へ視線を向けた。
第82話をお読みいただき、ありがとうございます。
仲間が増えるのは嬉しいことですが、人を迎えるというのは、教える時間も責任も一緒に引き受けることでもあります。創たちは「急がない、でも止まらない」という答えを選びました。
その矢先に届いた緊急の問い合わせが、次話の始まりになります。
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