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ハズレ職『ゴーレム使い』は現代ダンジョンで成り上がる ~ゴーレム工房から始まる世界一のダンジョン企業~  作者: さきら


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第80話 対応に追われて

優先順位を決めてから、三日が過ぎた。


工房の中から、以前のような混乱は消えている。

依頼は分類され、予定表には担当と期限が並び、柚木の机には折り返し連絡のメモが整然と積まれていた。


それでも。


「創さん、新しい問い合わせです」


朝一番、柚木が端末を抱えてやって来た。


「どこからですか」


「食品工場です。夜間の搬入作業に使いたいそうで」


「優先度は」


「第三優先に入れました」


「了解です。昼までに確認します」


創が答えると、美咲が書類から顔を上げた。


「その“昼までに”も、昨日から増えてますよね」


「聞こえないことにします」


「便利な耳ですね」


創は苦笑したものの、端末を閉じることはできなかった。


優先順位をつけたおかげで、何から手をつけるべきかは分かるようになった。

だが、仕事そのものが減ったわけではない。


『マスター』


ノアの声が室内に響く。


「どうした」


『未対応案件は五十八件です』


「三日前よりは減ったな」


『はい。ただし、新規問い合わせは処理件数を上回っています』


創は椅子の背にもたれた。


「減らしても、また増えるか」


『現状では、その可能性が高いです』


昼過ぎ、柚木が予定表を手に立ち尽くしていた。


「創さん。継続契約先の倉庫整備について、ご相談があります」


創は嫌な予感を覚えながら、彼女の手元を見た。


「一昨日に延期した案件ですね」


「はい。本日も伺えそうにありません」


第二優先。

既存契約者への対応は、自分たちでそう決めたはずだった。


「先方には?」


「もう一度、お待ちいただきたいとお伝えしました」


「返事は」


「了承はいただけました。ただ……少し、残念そうなお声でした」


柚木は言葉を選んだ。責められたわけではない。それでも、待たせている事実は残る。


「俺が行きます」


「でも、コア設計の確認が」


「梓に頼みます。倉庫の作業なら、今日中に終わらせられる」


創が立ち上がったところで、入口の扉が開いた。


「創」


入ってきた梓の顔を見て、創は足を止めた。


目の下に濃い隈がある。


「寝てないだろ」


「寝たよ。一応」


「何時間」


「……覚えてない」


美咲がすぐに書類を差し出す。


「梓さん、部品発注の承認がまだです」


「あ」


梓の動きが止まった。


「ごめん。完全に忘れてた」


その一言で、工房の空気が固まる。


梓が発注を忘れる。

それは小さなミスではあったが、誰も小さいとは思わなかった。


「今すぐ処理する」


「その前に座ってください」


美咲の声は柔らかいが、断れない調子だった。


「平気だって」


「平気な人は、発注画面を開いたまま寝落ちしません」


梓は反論しかけて、口を閉じた。


創は端末へ向き直る。


「ノア。みんなの稼働状況を出してくれ」


『承知しました』


表示された数字に、創は眉間を押さえた。


柚木の平均睡眠時間は五時間十二分。

美咲は五時間三十八分。

梓は、この一週間のうち四日、四時間を下回っている。


そして、創自身も五時間未満だった。


「……俺のことは、いい」


『よくありません』


ノアの声が、わずかに強くなる。


『これは非推奨の状態です』


「分かってる」


『分かっているだけでは、状況は改善されません』


ノアの返答に、誰も笑わなかった。


夕方。倉庫へ向かうため外に出た創は、軽トラックの前で足を止めた。


荷台に資材を積み込んでいたのは凛だった。


「凛さん?」


「見れば分かるだろ」


「いや、それは梓の担当では」


「梓はコア調整。柚木は電話。美咲は契約書類。お前は倉庫だ」


凛は資材を荷台へ押し込み、乱れた髪を払った。


「空いている者が動く。それだけだ」


「でも、凛さんまで――」


「戦う以外は何もできないと思われるのは癪だ」


少しだけ口元を上げたあと、凛はすぐに荷台の扉を閉めた。


「礼は帰ってから聞く。さっさと行け」


「ありがとうございます」


「だから、それは帰ってからでいい」


倉庫での整備を終え、創が工房へ戻ったのは日付が変わる頃だった。


室内には、まだ明かりがついている。


柚木と美咲が、明日の対応表を前にしていた。


「まだやってたんですか」


「創さんこそ、ですよ」


柚木は疲れを隠せない笑顔で、紙を差し出した。


「明日の予定です。第一優先の三件を午前中に。そのあと、継続契約先へ連絡を――」


「柚木さん」


創は紙を受け取らなかった。


「今日はもう終わりにしましょう」


「ですが、まだ――」


「明日になっても依頼は逃げません」


美咲が、ペンを机に置いた。


「でも、私たちの体力は逃げます」


その言葉が、静かな工房に落ちた。


「このままだと、誰かが倒れます。梓さんのミスは、その前兆です」


創は否定できなかった。


依頼に応えたい。

待たせたくない。

工房を必要としてくれる人を断りたくない。


その気持ちだけで走り続けてきた。


けれど、走る人間が潰れれば、結局は誰にも応えられなくなる。


「ノア」


『はい、マスター』


「この状態が続いた場合の見通しは」


『二週間以内に、いずれかの工房員が体調不良で稼働不能になる確率は七十四パーセントです』


柚木が小さく息をのんだ。


創はしばらく表示を見つめ、それから端末を閉じた。


「明日、全員で話をする」


「話を?」


「工房のやり方を変える方法を考える。人を増やすのか、仕事を絞るのか、仕組みを作るのか」


まだ答えはない。


それでも、答えを先延ばしにする時間は終わった。


「今夜は帰って休みましょう」


創がそう言うと、美咲はわずかに目を見開き、柚木はようやく肩の力を抜いた。


積み上がった依頼書は、机の上に残ったままだ。


それは期待の証でもある。

だからこそ、壊れない形で応えなければならない。


創は工房の灯りを消した。


明日からは、ただ依頼を処理するだけでは足りない。

第80話をお読みいただき、ありがとうございます。


依頼が増えれば増えるほど、工房の皆が少しずつ削られていく回でした。「待たせたくない」という気持ちは尊いものですが、走る人が潰れてしまえば、結局は誰にも応えられなくなります。


創たちが次にどんな答えを出すのか、見守っていただけたら嬉しいです。


ブックマーク・評価・感想など、とても励みになります。次話もよろしくお願いします。

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