第79話 依頼殺到
動画がバズってから、一週間が過ぎた。
工房の日常は、すっかり変わっていた。
「――創さん! また電話です!」
朝から、柚木の声が工房に響く。
「今度はどこからですか?」
「建設会社です。昨日問い合わせをいただいた会社とは別です」
「分かりました。折り返しで――」
「創さん」
今度は美咲が、端末を片手に声をかけてきた。
「メールも溜まっています。未確認だけで二十件です」
「……まだ増えてるんですか」
創は思わず天井を見上げた。
動画が注目を集めた直後は、一時的な話題だと思っていた。
だが、一週間経っても勢いは落ちない。
むしろ、動画を見た企業が別の企業へ情報を広げ、それがさらに新しい問い合わせを呼んでいる。
「現在の未対応案件は六十三件です」
ノアが告げた。
「昨日の同時刻より十一件増加しています」
「六十三件……」
創は、机の上に積まれた資料を見た。
そのほとんどが、まだ返事すらできていない。
「このままだと、まずいですね」
美咲が言った。
創も頷く。
「ゴーレムが足りない?」
「それもあります。でも、一番の問題は人手です」
美咲は端末を操作した。
「問い合わせ対応。現地調査。契約内容の確認。導入後のサポート。ゴーレムを作る以前に、そちらの業務が限界に近づいています」
「……なるほど」
今までの創は、ゴーレムの数さえ増やせばいいと思っていた。
だが、事業が大きくなれば、それだけでは済まない。
一体のゴーレムを貸し出すまでにも、多くの仕事が必要になる。
その日の午後。
急きょ、工房に全員が集められた。
「まず、現状を整理します」
美咲がホワイトボードの前に立つ。
「問い合わせ総数、八十七件。そのうち契約済みが十五件。具体的な導入条件を確認中の案件が二十七件。そして、まだ十分な対応ができていない案件が四十五件です」
「……思ったより酷いな」
梓が腕を組んだ。
「ゴーレムを作る方も、もう余裕ないよ」
「今の設備だと、どのくらい増やせますか?」
創が尋ねる。
「無理をして月十五体くらい」
「それ以上は?」
「設備を増やすか、人を増やすしかない」
即答だった。
創は、黙り込んだ。
依頼が来る。
仕事が増える。
ゴーレムが必要になる。
ゴーレムを増やすには、人も設備も必要になる。
そして、そのためには金もかかる。
「……成功したら、もっと楽になると思ってました」
思わず漏らすと、凛が笑った。
「甘いな」
「ですよね」
「仕事が上手くいけば、次はもっと大きな問題が来る。それだけだ」
「大きな問題、ですか」
「今までの俺たちなら断るしかなかった仕事を、今は断るか受けるかで悩んでる」
凛は、ホワイトボードを見た。
「贅沢な悩みだがな」
創も、少しだけ笑った。
確かにそうだった。
以前は、一件の依頼すら来なかった。
それが今は、対応しきれないほどの依頼が来ている。
だからといって、放置するわけにはいかない。
「ノア」
『はい、マスター』
「何か方法はないか?」
少しの間。
『あります』
「本当か?」
『すべての依頼を、同じ優先度で処理しないことです』
「優先順位をつける?」
『はい』
ノアの声に合わせて、端末の画面に一覧が表示される。
『第一優先。災害対応、人命に関わる可能性がある案件』
画面が切り替わる。
『第二優先。既存契約者への継続対応』
さらに。
『第三優先。事業規模や将来的な展開への影響が大きい案件』
「新規の依頼は?」
『内容を確認した上で、順番に対応します』
創は、少し考えた。
「後回しになる人が出ますよね」
『はい』
「……それでいいのかな」
すると、柚木が口を開いた。
「全員に、すぐ対応することはできません」
創を見る。
「だからこそ、待っていただくなら、理由をきちんと説明するべきだと思います」
美咲も頷いた。
「曖昧なまま放置するより、今は対応できないと正直に伝えた方がいいでしょう」
創は、ホワイトボードに並ぶ数字を見つめた。
六十三件。
いや。
話している間にも、また増えているかもしれない。
「……分かりました」
創は顔を上げた。
「優先順位を決めましょう」
全員が創を見る。
「ただし、何も説明せずに後回しにはしない」
創は続けた。
「今、どんな状況なのか。いつ頃対応できそうなのか。全部、できるだけ正直に伝える」
「了解です」
美咲がすぐに答えた。
「問い合わせ対応用の担当も分けましょう」
「俺は?」
「創さんは、重要案件と技術的な判断に集中してください」
「でも――」
「全部、自分でやろうとしない」
美咲の声に、創は口を閉じた。
以前なら、それでも自分でやろうとしていただろう。
だが。
「……分かりました」
素直に頷く。
「任せます」
その日の夕方。
創は、一件の問い合わせ先へ電話をかけていた。
「申し訳ありません」
相手の声を聞きながら、創は頭を下げる。
「現在、多くのご依頼をいただいていて、すぐに対応することが難しい状況です」
断られると思ったのか。
電話の向こうで、一瞬の沈黙があった。
創は続ける。
「ですが、必ず内容を確認します。お待たせすることになりますが、その点だけは約束します」
少しして。
『……分かりました。待ちます』
創は、息を吐いた。
電話を切る。
「一件、終わりました」
『お疲れさまでした』
「まだ何十件もあるけどな」
創は苦笑した。
窓の外を見る。
いつの間にか、日が傾き始めていた。
「でも」
机の上には、まだ大量の資料が積まれている。
以前なら、それを見て途方に暮れていたかもしれない。
だが、今は違った。
「必要としてくれてる人が、これだけいるんだよな」
『はい』
ノアが答える。
『マスターたちが積み重ねてきた結果です』
創は、もう一度資料へ目を落とした。
嬉しい悲鳴。
そう呼ぶには、少し大きすぎる問題だった。
それでも。
この問題は、前へ進んだからこそ生まれたものだ。
「……よし」
創は、新しい資料を手に取った。
「次、行こう」
工房の明かりは、その夜も遅くまで消えることはなかった。
そして創たちは、この日初めて理解する。
ゴーレム事業が成長するということは、ゴーレムの数を増やすだけではない。
自分たち自身もまた――。
これまでより大きな組織へと、変わっていかなければならないのだ。
第79話、お読みいただきありがとうございます。
嬉しい悲鳴、と呼ぶには、少し大きすぎる問題でした。
「仕事が上手くいけば、次はもっと大きな問題が来る」という凛さんの言葉、いろいろな場面で当てはまる気がします。
それでも、正直に伝え、優先順位をつけ、一件ずつ向き合っていく。その積み重ね方は、これまでと変わりません。
次話をどうぞお楽しみに。




