第77話 広がる依頼
正式認可から、わずか数日。
工房の電話は、朝から鳴りっぱなしだった。
「――創さん、またです」
柚木が受話器を置く。
「これで今日、何件目ですか?」
「まだ午前中ですよ?」
「……ですよね」
創は、思わず苦笑した。
柚木が手元の資料を確認する。
「昨日からの問い合わせだけで、二十件を超えています」
「二十件……」
「物流会社、建設会社、個人の探索者。それから――」
柚木が、一枚の書類を取り出した。
「地方自治体からも、一件」
「自治体?」
創は、書類を受け取った。
そこには、災害時における物資輸送へのゴーレム活用について、相談したいという内容が記されていた。
「……災害支援、ですか」
「はい」
創は、その言葉に目を落とした。
以前、柚木から聞いた話が脳裏をよぎる。
土砂崩れで孤立した集落。
道路が使えず、ドローンだけでは十分な物資を届けられなかった現場。
あのとき、ゴーレムなら――。
「……繋がってきたんですね」
創が呟く。
「何がですか?」
「俺たちが作ってきたものが、探索以外の場所でも必要とされ始めてる」
柚木は、静かに頷いた。
「そうですね」
その日の午後。
工房には、美咲、梓、柚木、凛が集まっていた。
美咲がホワイトボードに項目を書き出していく。
「現在の問い合わせを整理すると、大きく四つです」
継続契約。
試験導入。
単発依頼。
そして、新規事業についての相談。
「一番多いのは?」
創が尋ねる。
「継続契約です」
美咲は資料を示した。
「特に倉庫と建設関係が多いですね。人手不足への対応や、危険作業の代替を期待されています」
「……なるほど」
創は頷いた。
「でも、今の工房で全部対応するのは無理ですよね」
「その通りです」
梓が腕を組む。
「今の設備だと、月に十体前後増やすのが限界」
「十体か……」
「受注を増やすなら、設備を増やす必要がある」
梓は、淡々と続けた。
「当然、人手も必要になる」
美咲も頷く。
「資金面については、問題ありません。現在の受注見込みなら、設備投資をしても十分に回収できます」
「じゃあ、次は工房そのものを大きくする?」
創が尋ねる。
『それも選択肢の一つです』
ノアが答えた。
『ただし、現在の工房だけを拡張するより、複数の整備拠点を設ける方が、将来的な輸送コストや対応時間を抑えられる可能性があります』
「地域ごとの拠点か……」
凛が、そこで口を開いた。
「随分、大きな話になったな」
「……俺もそう思います」
創は苦笑した。
「最初は、ゴーレムを一体貸し出すだけだったのにな」
凛が笑う。
「ハズレ職から始めたにしては、ずいぶん遠くまで来たじゃないか」
創は、その言葉に静かに頷いた。
だが、そのとき。
「――そういえば」
柚木が、少し表情を変えた。
「あの魔力反応の件は、どうなっていますか?」
工房の空気が、わずかに引き締まった。
『現時点では、大きな進展はありません』
ノアが答える。
『ただし、先日の解析結果から、通常のダンジョン現象とは異なる可能性は残っています』
「外部からの反応だった可能性も?」
『はい』
創は腕を組んだ。
「……気になるな」
「調査は続けているんですよね?」
柚木が確認する。
『継続しています。新たな反応を検知した場合は、即座に報告します』
「分かった」
創は頷いた。
「今は、目の前の仕事を進めよう」
美咲が、資料をまとめる。
「そうですね。認可を取った以上、今度は、きちんと事業として成長させる必要があります」
「……ああ」
その日の夕方。
他のメンバーが帰った後も、創は一人、工房に残っていた。
机の上には、何枚もの資料が並んでいる。
倉庫との継続契約。
建設現場への試験導入。
そして、自治体からの災害支援の相談。
「……重いな」
創は、小さく呟いた。
以前は、一件の依頼をこなすだけで精一杯だった。
それが今では、自分たちの判断が、多くの人間や企業に影響する。
期待されている。
必要とされている。
だからこそ、失敗したときの責任も大きい。
「――ノア」
『はい、マスター』
「正直に言うとさ」
創は、資料を見つめたまま言った。
「ちょっと怖い」
『はい』
「でも……」
創は、ゆっくりと顔を上げた。
「ここまで来たんだ。逃げるつもりはない」
『……その言葉を聞けて安心しました』
「俺一人じゃないからな」
創は、工房を見渡した。
梓。
美咲。
柚木。
凛。
そして、ノア。
「みんなで考えて、みんなで進めばいい」
『はい、マスター』
ノアの声が、静かに響いた。
『これまでも、そうしてきましたから』
創は、小さく笑った。
窓の外では、夕暮れが夜へと変わり始めていた。
正式認可。
それは、長く続いた戦いの終着点ではなかった。
むしろ――。
ゴーレムが、探索の道具から社会を支える技術へと変わっていく。
その最初の一歩だった。
そして創たちの前には、これまでとは比べものにならないほど、大きな世界が広がり始めていた。
第77話、お読みいただきありがとうございます。
正式な認可を得て、ゴーレムが、探索の道具から社会を支える技術へと変わり始めた回でした。
これまでとは比べものにならない、大きな世界が広がっています。
次話をどうぞお楽しみに。




