第76話 束の間の日常
正式認可を得てから、数日が過ぎた。
大規模ダンジョンで検知した異常魔力反応については、まだ何も分かっていない。
それでも、工房の日常は続いていた。
「――マスター。本日は休息日です」
朝。
工房で仕事を始めようとしていた創に、ノアが告げた。
「――は?」
『認可獲得から、休みなく働き続けています。心身の健康維持のため、本日は休息してください』
「いや、でも仕事が……」
『問題ありません。緊急性のある案件はありません』
「……強制か?」
『はい』
「……分かったよ」
創は苦笑した。
どうやら、今日だけはノアに逆らえそうにない。
創が諦めて椅子に座っていると、梓が何かを抱えて工房に入ってきた。
「――創、これ」
「何ですか?」
「新しい試作品」
梓が差し出したのは、小さなゴーレムだった。
丸みを帯びた身体に、大きな目。
これまでの実用一点張りのゴーレムとは、明らかに違う。
「……何の用途ですか?」
「マスコット」
「……マスコット?」
「そう」
梓は、当然のように答えた。
「ダイブTubeのコメントで、可愛いゴーレムも見たいっていう要望が結構あったから」
創は、小さなゴーレムを眺めた。
「実用性は?」
「ない」
「即答ですか」
「でも、需要はあると思う」
『視聴者の反応を分析した結果、一定の需要が見込めます』
「お前まで乗るのかよ」
『事業として検討する価値はあります』
「……本気か?」
創は頭を抱えた。
梓が楽しそうに笑う。
「たまには、こういうのもいいじゃない」
「まあ……そうですけど」
小さなゴーレムが、ちょこちょこと動く。
その姿を見ていると、創も自然と笑ってしまった。
その日の午後。
柚木が書類の整理をしながら、ふと思いついたように口を開いた。
「――そういえば、これまでの経緯を記録にまとめようと思っているんです」
「これまでの経緯?」
「はい」
柚木は一枚の資料を取り出した。
「ハズレ職と呼ばれていた頃から、ゴーレム工房を始めて、認可を取るまで。これまで何があったのか、きちんと残しておいた方がいいと思いまして」
「……いいですね」
創は頷いた。
「でも、失敗もかなりありますよ?」
「それも含めてです」
柚木は笑った。
「値下げで失敗したことも、事故で問題になったことも、協会に却下されたことも」
「……結構ありますね」
「だからこそ、残す意味があるんです」
創は少し照れくさそうに笑った。
「じゃあ……お手柔らかにお願いします」
「それは、お約束できません」
「ですよね」
二人の会話に、梓が笑った。
夕方になると、美咲が工房へ戻ってきた。
「――お疲れ様です」
「ありがとうございます……」
美咲は、そのまま椅子に座り込んだ。
「今日は大変だったんですか?」
「ええ。取材と問い合わせが重なってしまって」
そう言いながらも、美咲の表情は以前ほど険しくない。
「でも……悪くない疲れです」
「悪くない?」
「はい」
美咲は少し笑った。
「以前は、会社を守るために必死で働いていました」
そして、工房を見渡す。
「今は、これから何をするかを考えるために忙しい」
「……確かに」
創も頷いた。
「随分、変わりましたね」
「ええ」
美咲は、静かに笑った。
「これからが、本当の意味でのスタートなのかもしれません」
夜。
凛が工房へ顔を出した。
「――お、今日は休みか」
「はい。ノアに休まされました」
「賢明な判断だな」
凛は笑いながら椅子に座った。
「凛さんは?」
「訓練してきた」
「それ、休みじゃないですよね」
「私は休んでいる」
「どこがですか」
「うるさい」
いつものやり取りに、工房の空気が和らぐ。
創は、その光景を眺めた。
マスコットを作る梓。
これまでの歩みを記録しようとする柚木。
未来のことを考えて忙しくする美咲。
相変わらず訓練に励む凛。
そして、自分を休ませようとするノア。
――以前とは、随分違う。
少し前まで、創は一人で何とかしようとしていた。
今は違う。
気づけば、自分の周りには、一緒に笑って、一緒に悩んでくれる仲間がいる。
「――ノア」
『はい、マスター』
「あの魔力反応の解析は、どうだ?」
『現在も継続しています』
「まだ分からないか」
『はい。ただ、解析対象として記録は保持しています』
「そっか」
創は窓の外を見た。
「まあ、今日はいいか」
『はい』
「今日くらいは、何も考えずに過ごそう」
『賛成します』
創は小さく笑った。
「……お前、最近ちょっと人間っぽくなってないか?」
『その評価については、現在検討中です』
「なんだよ、それ」
工房に笑い声が広がった。
窓の外では、夕暮れの空がゆっくりと暗くなっていく。
大きな戦いの後に訪れた、穏やかな一日。
それは決して、無駄な時間ではなかった。
これまで走り続けてきた創たちにとって――
次へ進むための、ほんの少しの休息だった。
第76話、お読みいただきありがとうございます。
大きな戦いの後に訪れた、穏やかなひとときでした。
こういう何気ない日常の一つ一つも、大切に描いていきたいと思っています。
次話からは、また新しい展開が動き出します。




