第72話 大規模ダンジョン攻略、開始
黒田との一件から、半月が過ぎた。
その間、工房では少しずつ変化が起きていた。
ゴーレムの基本設計や整備手順は、梓を中心に共有されるようになった。
緊急時の対応手順も、誰が何を判断するのかまで含めて、細かく文書化されている。
そして――。
「自己修復機構、実戦投入の目処が立ちました」
梓が、試作ゴーレムの前で報告した。
「まだ完全じゃないけどね。軽度から中程度の損傷なら、自律的に修復できる」
「――前より、かなり進んだな」
創は、ゴーレムの腕を眺めた。
以前なら、人の手で修理するしかなかった傷が、今では自分自身の魔力回路によって少しずつ塞がっていく。
『修復速度、安定性ともに、実用範囲に達しています』
ノアも淡々と告げる。
「これなら、実戦で試してもいいと思う」
梓がそう言った、その日のことだった。
「――創さん。そろそろ、次の一手を考えませんか?」
美咲が、一枚の資料を机の上に置いた。
「次の一手?」
「はい」
美咲は、資料を創の方へ向けた。
そこには、国内でも有数の規模を誇るダンジョンの情報がまとめられていた。
「大規模ダンジョンです」
創は、資料に目を落とした。
複数の環境が内部で複雑に入り組み、階層も深い。
これまで創たちが攻略してきたダンジョンとは、規模がまるで違う。
「――ここを攻略するんですか?」
「はい」
美咲は頷いた。
「ただし、単純に攻略実績を作ることが目的ではありません」
「――というと?」
「黒田さんから指摘された問題を、実際の現場で証明するんです」
美咲は、資料を指で示した。
「技術の共有」
次に、別の項目を指す。
「役割分担」
そして最後に――。
「自己修復機構」
創は、黙って資料を見つめた。
「以前の私たちは、創さんが中心になりすぎていました」
美咲は、静かに続ける。
「だから今回は、創さん一人に頼らない体制で、どこまで高難度の現場に対応できるのかを試します」
「――なるほど」
それなら、意味がある。
単なる派手な攻略ではない。
これまで指摘されてきた問題に対して、自分たちがどう変わったのかを示すための挑戦だ。
「――柚木さん」
創は、隣に座っていた柚木を見る。
「協会への届出は?」
「すでに準備しています」
柚木は、待っていたかのように書類を取り出した。
「黒田さんにも事前に相談済みです」
「――何て言ってました?」
「『やるなら、きちんと準備してからやりなさい』と」
柚木は少し笑った。
「それと、『前回より報告を早めるように』とも」
「……やっぱり、そこは言われるんだな」
創は苦笑した。
「黒田さんらしいですね」
「ええ」
その日の夕方。
創は凛にも計画を伝えた。
「――大規模ダンジョンか」
凛は、机の上の地図を眺めた。
「面白い」
「危険なのは、間違いありません」
「当然だろ」
凛は腰の剣に手を添えた。
「だが、あの深層を経験した後なら、以前より対応できる」
その言葉に、創は頷いた。
「今回は、撤退基準も明確にします」
「ほう」
「一定以上の損傷が出た場合、魔力残量が基準を下回った場合、それから――俺たちの想定を超える状況が発生した場合」
創は、凛を見た。
「その時点で撤退です」
凛は、一瞬だけ創を見つめた。
そして、笑った。
「――ずいぶん慎重になったな」
「前に無茶した人間が言ってるんです。説得力ないですけどね」
「違いない」
凛が笑う。
準備には一週間をかけた。
ゴーレムの編成。
装備の点検。
自己修復機構の最終調整。
撤退基準の設定。
そして、役割分担の確認。
「――今回は、私たちの活動そのものを公開します」
美咲が、最後にそう提案した。
「ダイブTubeで生配信します」
創は、少し考えた。
「危険じゃないですか?」
「もちろん、危険です」
美咲は頷いた。
「でも、だからこそ意味があります」
「……」
「私たちがどういう準備をして、どう判断して、どう撤退するのか。それを隠さず見てもらうんです」
美咲は、真剣な目で創を見た。
「技術だけじゃありません。私たちが変わったことそのものを、見てもらいましょう」
創は、しばらく考えた。
やがて、頷く。
「――分かりました」
そして、出発の日が来た。
大規模ダンジョンの入口には、朝早くから多くの探索者が集まっていた。
周囲には、配信機材を持ったスタッフの姿もある。
「――随分な人だかりだな」
凛が周囲を見回した。
「注目されてますね」
創は苦笑した。
『配信開始前の待機視聴者数、八千四百人』
ノアが告げる。
「もうそんなに?」
『開始時には、一万人を超える可能性があります』
創は、思わず息を吐いた。
「……緊張してきたな」
「――怖じ気づいたか?」
凛が笑う。
「まさか」
創も笑い返した。
「これだけ準備したんです。あとは、やるだけですよ」
その瞬間。
『――マスター』
ノアの声が、わずかに低くなった。
「どうした?」
『ダンジョン内部から、微弱ですが通常とは異なる魔力反応を検知しました』
創の表情が変わる。
「……異常?」
『現時点では判断できません。ただ――』
ノアが一拍置いた。
『通常のダンジョン構造からは、説明できない反応です』
創は、入口の暗闇を見つめた。
「……まだ入ってもいないのに、か」
凛が、創の表情に気づく。
「何かあったか?」
「ノアが、少し気になる反応を検知したそうです」
凛は、ダンジョンの入口へ視線を向けた。
そして、ゆっくりと剣の柄へ手を添える。
「――なら、なおさら気を引き締めるぞ」
「はい」
創は頷いた。
『配信を開始します』
ノアの声とともに、周囲から歓声が上がった。
創は、集まった人々を一度だけ見渡す。
そして――。
「行こう」
凛と並び、ダンジョンへ足を踏み入れる。
その後ろを、ゴーレムたちが続いていく。
多くの視線と、カメラに見送られながら。
新たな挑戦が、始まった。
そして創たちは、まだ知らなかった。
この大規模ダンジョンの奥で待ち受けているものが、これまでの常識を大きく覆すことになるとは。
第72話、お読みいただきありがとうございます。
これまでの積み重ねすべてを賭けた、大きな挑戦の幕開けでした。
多くの視線に見送られながら踏み出す、その一歩の重みを感じていただけたら嬉しいです。
そして――何かが、静かに動き始めています。
次話をどうぞお楽しみに。




