第71話 対峙
黒田との面会から戻ると、創はすぐに工房へ戻り、全員を集めた。
「――協会から、こう言われた」
創は、黒田とのやり取りを、包み隠さず伝えた。
高難度ダンジョンへの事前届出。
そして、創個人に依存した事業運営そのものへの、抜本的な見直し。
話を聞き終えた美咲は、しばらく黙り込んでいた。
「――正直に言うと」
やがて、美咲が静かに口を開いた。
「私も、以前から危惧していました」
「――美咲さんも?」
「ええ。会社としての体制が、あまりにも創さん一人に集中しすぎています」
美咲は、真剣な表情で続けた。
「経営者として、いつか向き合わなければならない問題だと思っていました」
「……」
創は、何も言えなかった。
言われてみれば、その通りだった。
ゴーレムの開発も、ダンジョンでの判断も、ノアとの連携も、重要な部分のほとんどを自分が握っている。
これまでは、それで何とかなっていた。
だが、事業が大きくなった今では、それが弱点にもなっている。
「私も、ノアの構造とか、ゴーレムの核心部分とか、まだ全部を理解できてるわけじゃない」
梓も頷いた。
「創がいないと分からないことが多すぎる。それは、技術者としても問題だと思う」
「――俺も、みんなにすべてを共有できてたわけじゃなかった」
創は、素直に認めた。
「ノアのことはともかく、ゴーレムの設計や運用まで、俺が抱え込みすぎてた」
「――だったら」
柚木が、机の上に資料を広げた。
「今から、具体的な対策を考えましょう」
その言葉をきっかけに、工房での議論が始まった。
まずは、技術面だった。
「ゴーレムの基本設計は、すでにある程度共有できます」
梓が資料を示す。
「ただ、ノアとの連携部分は、まだ創しか分からない部分が多い」
「――そこを、少しずつ開示していく必要があるな」
創は頷いた。
「ただし、ノアの秘密については慎重に扱う」
『はい』
ノアが答える。
『私の存在そのものに関わる部分は、引き続き最小限の関係者にのみ共有すべきです』
「それは、俺も同意する」
『ですが、日常的な運用や、緊急時の対応手順については、共有範囲を広げることが可能です』
「――なるほど」
美咲が資料に書き込みながら続ける。
「経営面では、意思決定の権限を部分的に分散させましょう」
「具体的には?」
「緊急時に誰が何を判断するのか。創さんが不在の場合、誰が代わりに決定できるのか。その基準を明確にします」
「――俺がいなくても、会社が動く体制か」
「ええ」
柚木も頷いた。
「それと、協会への報告やダンジョン関連の手続きも、担当者を決めておいた方がいいでしょう」
「――それも必要だな」
創は資料を見つめた。
今までは、自分が必要なときに判断すれば、それで済んでいた。
だが、会社が大きくなればなるほど、そのやり方では限界が来る。
「それから」
梓が口を開いた。
「自己修復機構。あれをもっと発展させたい」
「――俺も同じことを考えてた」
「ゴーレム自身が、ある程度の損傷に対応できるようになれば、現場での安全性も上がる」
『自己修復機構の自律性を高めることで、マスターへの依存度を下げることも可能です』
ノアが補足した。
「――よし」
創は頷いた。
「やろう」
それから数日間、工房では集中的な作業が続いた。
技術の部分共有。
権限の分散。
緊急時対応マニュアルの整備。
協会への報告体制の確立。
そして、自己修復機構のさらなる発展。
一つずつ、創たちの体制を作り直していった。
「――これなら、前よりはマシになったかな」
数日後。
創は、完成した資料を眺めながら呟いた。
「まだ完璧ではありませんが、以前より明らかに改善しています」
美咲が答える。
「だったら――」
創は資料を手に取った。
「これを、黒田さんに見せよう」
数日後。
創は再び協会本部を訪れていた。
「――お待ちしておりました」
黒田は、以前と変わらぬ落ち着いた様子で創を迎えた。
「今日は、何か?」
「――ご指摘いただいた件について、対応策をまとめてきました」
創は資料を差し出した。
黒田は受け取ると、黙ってページをめくっていく。
技術の共有範囲。
権限分散の方針。
緊急時の対応手順。
協会への報告体制。
そして、自己修復機構の開発計画。
しばらくして、黒田が顔を上げた。
「……これは、思っていたより具体的ですね」
「――俺一人では、限界があります」
創は、まっすぐに黒田を見た。
「だから、仲間の力を借りました」
黒田は、資料に視線を戻した。
「自己修復機構というのは?」
「ゴーレムが、一定の損傷に対して自律的に対応できるようにする技術です」
「つまり、あなたが現場にいなくても、ゴーレム自身がある程度の損傷に対応できるようにする、と」
「はい」
黒田は、しばらく考え込んだ。
「――なるほど」
やがて、静かに口を開く。
「正直に言いましょう」
創は黙って続きを待った。
「私は、あなたがこれほど早く、具体的な対応策をまとめてくるとは思っていませんでした」
「――そうですか」
「こうした指摘をすると、反発する人も多い。あるいは、形だけの対策を出して終わることもあります」
黒田は資料を閉じた。
「ですが、あなたは違うようですね」
「――図星を突かれましたから」
創は苦笑した。
「言われたことが正しかった。だから、向き合うしかなかったんです」
黒田は、しばらく創を見つめていた。
やがて、小さく頷く。
「――白瀬さん」
「はい」
「この対応策も、まだ道半ばでしょう」
「――はい。おっしゃる通りです」
「ですが、方向性は間違っていない」
黒田は、資料を机の上に置いた。
「この方針で、継続して進めてください。協会としても、定期的に進捗を確認させていただきます」
「――分かりました」
「それから」
黒田の口元が、わずかに緩んだ。
「高難度ダンジョンへの届出については、次からもう少し早めにお願いしますよ」
「――はい。必ず」
協会本部を出ると、外はすっかり日が暮れていた。
創は、大きく息を吐いた。
「――ノア」
『はい、マスター』
「一応、認めてもらえたよな。今の」
『はい。少なくとも、対立ではなく、対話の関係を築けたと考えます』
「――そうだな」
創は、夜空を見上げた。
黒田は敵ではなかった。
厳しい指摘をしてくる相手ではある。
だが、その指摘には、創たちのことを考えた上での理由があった。
だからこそ、真正面から向き合う価値がある。
「――まだ、道半ばだけどな」
創は、拳を握った。
「これからは、ちゃんと仲間と一緒に進む」
『はい。私も、その方が良いと思います』
夜の街を歩きながら、創は工房の仲間たちを思い浮かべていた。
これまで、自分一人で背負ってきたもの。
それを少しずつ、仲間と分けていく。
それは、弱くなることではない。
むしろ――。
より大きなものを背負うために、必要な変化なのかもしれない。
創たちの挑戦は、また一つ、新しい段階へ進もうとしていた。
第71話、お読みいただきありがとうございます。
一人で背負ってきたものを、仲間と分けていく。
それは弱くなることではなく、より大きなものを背負うための、必要な変化でした。
真正面から向き合う誠実さが、厳しい相手の心を動かした回でもあります。
次話では、いよいよ大きな挑戦が始まります。




