第69話 開発の進展
深層での戦いから、一週間が過ぎた。
工房の一角には、あの日の戦いで傷ついた三体のストーンゴーレムが並んでいる。
大きく欠けた石の外殻。
砕けた魔力結晶の関節。
内部を巡る魔力の流れにも、いくつもの乱れが残っていた。
創はその一体を前にして、黙って損傷箇所を見つめていた。
「……結構、ひどいな」
「そうだね」
隣に立つ梓が、魔導工具を手にしたまま答える。
「応急補修はできてる。でも、完全に元の形に戻すとなると、それなりに時間がかかる」
『三体すべてを再構築する場合、欠損した石材の再成形と魔力構造の再編成だけでも、相当な作業量になります』
ノアの声が工房に響く。
創は、欠けたストーンゴーレムの肩に手を置いた。
深層で、自分たちを守るために前へ出た三体。
その結果が、この有様だった。
「……これさ」
創が、ぽつりと呟く。
「戦うたびに、こうなるのか?」
梓が創を見る。
「何が?」
「ゴーレムが壊れたら、俺たちが直す。それ自体は仕方ないと思う」
創は、欠けた腕を見つめた。
「でも、毎回こんな大きく崩れて、そのたびに工房へ戻って再構築するんじゃ……」
言葉が途切れる。
『問題がありますね』
ノアが、静かに応じた。
『戦闘能力が高くなればなるほど、構造損傷の機会も増えます。現在の再構築方式では、運用規模が大きくなった場合、維持負担が無視できなくなる可能性があります』
「……だったら」
創は顔を上げた。
「自分で直せるようにできないか?」
梓が目を瞬かせた。
「自己修復?」
「うん」
創は、三体を順番に見た。
「壊れること自体をなくすのは無理だ。でも、崩れたあとに、自分である程度まで戻れるなら……」
「なるほど」
梓が腕を組む。
「言うのは簡単だけど、結構な難題だよ」
『私も同意します』
ノアが続ける。
『自己修復には、少なくとも三つの機能が必要です』
工房の端に置かれた魔導板へ、ノアが簡易図を表示した。
『第一に、損傷を検知する構造』
表示されたストーンゴーレムの腕に、いくつもの光点が浮かぶ。
『第二に、欠損部を再構築するための魔力制御回路』
続いて、光点同士を結ぶように線が伸びていく。
『そして第三に、再構築に必要な魔力を確保するための予備魔力核』
「……三つか」
「どれも必要だね」
梓は魔導板を覗き込みながら、考え込んだ。
「特に難しいのは、二つ目かな」
「再構築用の魔力回路?」
「そう。崩れた場所を直すための制御構造そのものが壊れてたら、どうやって修復する?」
「あ……」
創が言葉を失う。
「そこを自分で直せないと、意味がない」
「そういうこと」
梓は工具を置いた。
「だから、通常の制御核とは別に、多少崩れても機能する予備系統が必要になる」
『魔力回路を多層化する方式なら、可能性があります』
ノアが即座に反応した。
『通常の制御核が損傷した場合、予備核へ切り替える。その後、予備核から再構築用の魔力を供給する構造です』
「……二重化か」
「それなら、いけるかもしれない」
梓の目が変わった。
さっきまでの難しい顔が、いつの間にか研究者の顔になっている。
「損傷検知は、魔力の流れを監視すればいい。正常時の流路を記録しておいて、異常が出た部分を特定する」
「そこから、再構築用の魔力を流す」
「そう」
梓が頷く。
「完全に元通りにするんじゃなくて、まずは『動ける形まで戻す』ことを目標にしよう」
創は、欠けたストーンゴーレムを見た。
「それなら、実用性はありそうだ」
『同意します』
ノアが答えた。
『ただし、再構築には当然ながら石材の供給が必要になります』
「石材?」
「そりゃそうだよ」
梓が苦笑する。
「欠けた石を戻すなら、同じ性質の石がいる。崩れた部分を埋めるなら、その材料が必要になる」
「ああ……」
創は頭を掻いた。
「魔力だけで全部戻せるわけじゃないか」
『はい。現段階では、自己修復というより自己再構築と考えた方が正確でしょう』
「自己再構築……」
その言葉を、創は口の中で転がした。
「でも、それでも十分だ」
「うん」
梓も頷く。
「まずはそこから始めよう」
その日から、三人の研究が始まった。
最初に取り組んだのは、損傷検知だった。
試作ストーンゴーレムの腕に簡易的な魔力感応核を埋め込み、正常時の魔力流路を記録する。
「――ここまでは順調」
梓が計測板を確認する。
「じゃあ、少しだけ崩す」
創が試作ゴーレムの腕に、細い亀裂を入れた。
瞬間、計測板の数値が跳ね上がった。
「反応した!」
「損傷箇所を特定しています」
『右腕外殻部。損傷率、三パーセント』
「よし」
創が思わず拳を握る。
「第一段階は成功だな」
「次は再構築」
梓が魔導工具を持ち替える。
だが――。
「……あれ?」
試作ゴーレムは動かない。
「再構築用の魔力が流れてない」
『予備核との接続に問題があります』
「やっぱり、そこか」
梓がため息をついた。
それから何度も調整を繰り返した。
核の位置を変える。
失敗する。
流路を変える。
また失敗する。
予備魔力の容量を増やす。
それでも動かない。
気がつけば、工房の窓から差し込んでいた夕日も、すっかり消えていた。
「……難しいな」
創が椅子に座り込み、肩を回す。
「最初から簡単にできるとは思ってなかったけど」
「こういうのは、失敗して当たり前だよ」
梓はそう言って、再び試作機に向き直った。
「それに、損傷検知までできたのは大きい」
『はい。少なくとも、第一段階の理論は実証できました』
「じゃあ、次は再構築だ」
創も立ち上がった。
それからさらに数日。
三人は試行錯誤を繰り返した。
そして、その日の夜。
「――ノア」
創が試作ストーンゴーレムを見ながら呼びかける。
『はい』
「もう一回、やってみよう」
「今度こそ成功させよう」
梓が魔力流路を確認する。
「準備できた」
『では、開始します』
創が試作ゴーレムの腕に、わずかな亀裂を入れた。
魔力感応核が反応する。
『損傷を検知』
予備核へ、魔力が流れ始める。
「……どうだ?」
数秒。
何も起こらない。
「やっぱり――」
創が諦めかけた、そのときだった。
ピシッ。
小さな音がした。
欠けた石の縁が、わずかに盛り上がる。
「……え?」
創が目を見開く。
もう一度。
ピシッ。
今度は、はっきりと分かる。
欠損部が、ゆっくりと埋まり始めている。
「……動いた」
梓が呟いた。
『再構築動作を確認しました』
ノアの声にも、わずかな高揚が混じっていた。
創は、試作ストーンゴーレムの腕をじっと見つめた。
完全な修復ではない。
ほんの小さな欠けが、少し埋まっただけだ。
それでも――。
「……やったな」
「うん」
梓が笑った。
『第一段階の自己再構築機構、実証成功です』
創は、傷ついた三体のストーンゴーレムへ視線を向けた。
まだ、完成には程遠い。
実戦で使えるようになるまでには、乗り越えなければならない問題も山ほどある。
それでも。
「これなら……あいつらも、もう一度立てる」
創は、静かに呟いた。
工房の明かりの下。
新しい技術は、まだ小さな一歩を踏み出したばかりだった。
だがその一歩は、深層で自分たちを守ってくれた三体のストーンゴーレムを、もう一度戦場へ送り出すための、大切な一歩でもあった。
第69話、お読みいただきありがとうございます。
「絶対に壊れないゴーレムを作る」という決意が、ようやく形になり始めた回でした。
小さな一歩でも、それが確かな未来へ繋がっていきます。
次話をどうぞお楽しみに。




