第67話 「みんな私を守って壊れた」
金属音を頼りに、創は狭い通路を走っていた。
――ガンッ。
――ギィィ……。
何かがぶつかる音。
その音を追って進んだ先に、微かな光が見えた。
「――あそこか」
創は足を速める。
通路を抜けた瞬間、視界が開けた。
広い空間。
その中央で、凛が剣を振るっていた。
「――凛さん!」
「――創!?」
凛が驚いて振り返る。
その瞬間だった。
周囲にいた影狼たちが、一斉に動いた。
「――危ない!」
複数の影狼が、凛へ飛びかかる。
創は、考えるより先に動いていた。
意識を集中させる。
次の瞬間、全身を魔力が駆け抜けた。
皮膚が硬質な質感へと変わり、身体の内部を青白い魔力回路が走る。
「――っ!」
創は地面を蹴った。
速い。
想像していた以上だった。
だが――。
「くっ……!」
身体が思ったようについてこない。
踏み込んだ勢いを完全には制御できない。
それでも、止まるわけにはいかなかった。
「――間に合え!」
創は凛の前へ飛び込み、迫っていた影狼を腕で受け止めた。
衝撃が全身を突き抜ける。
「――創!?」
創は影狼を振り払う。
続けて、もう一体。
拳を叩き込む。
鈍い音とともに、影狼が吹き飛んだ。
「……いける」
初めての実戦。
身体は重い。
動きもまだ完全には制御できない。
それでも――戦える。
「――創、無茶するな!」
「分かってます!」
迫ってくる影狼を睨む。
「でも――」
創は、拳を構え直した。
「間に合って、よかった」
凛は一瞬、創の姿を見つめた。
硬質な身体。
青白く走る魔力回路。
普段の創とは、明らかに違う。
だが、問いただしている暇はない。
「――なら、一緒にやるぞ!」
「ああ!」
二人が並んだ。
その周囲には、傷つきながらも立ち続ける三体のゴーレム。
一体が前に出て影狼の攻撃を受け止め、別の一体が横から押し返す。
三体目が凛の死角を守る。
創は、その動きを見ていた。
傷だらけなのに――まだ動いている。
「……こいつら」
今まで何度も見てきたゴーレムだった。
だが、こうして戦っている姿を見るのは初めてだった。
「――まだ、動けるのか」
『……マスター』
ノイズ混じりの声が、わずかに響いた。
ノアだった。
『通信が……一部、復旧しました』
「ノア!」
『完全な復旧ではありません。ですが、最低限の情報取得は可能です』
創は、目の前の戦況に集中する。
「だったら、こいつらの状態を見てくれ!」
『了解しました』
その直後。
影狼が、一斉に襲いかかった。
「――来るぞ!」
凛が叫ぶ。
創も拳を構える。
傷ついた三体のゴーレムが、凛の前へ出た。
一体が攻撃を受け止める。
もう一体が影狼を弾き飛ばす。
そして三体目が、凛の背後に回り込んだ。
――ガキィン!
金属音が響く。
一体の腕が、大きくひしゃげた。
それでも、そのゴーレムは退かなかった。
「――もういい!」
凛が叫ぶ。
「下がれ!」
だが、ゴーレムは動きを止めない。
「……なんで」
凛の声が、小さく震えた。
「なんで、まだ動けるんだよ……」
創は、その光景を見ながら、歯を食いしばった。
「――行くぞ!」
創と凛が同時に踏み込んだ。
最後の影狼が倒れる。
その瞬間。
辺りが静まり返った。
創は、ゆっくりと息を吐いた。
身体にまとっていた硬質な質感が消えていく。
青白い魔力回路も、少しずつ薄れていった。
元の身体へ戻った創は、その場に手をついた。
「……重いな」
初めての実戦。
思った以上に身体への負荷が大きかった。
「――創」
凛の声がした。
顔を上げると、凛がじっとこちらを見ている。
「……今の、何だ?」
「……」
創は一瞬、答えに詰まった。
「話すと長くなる」
「長くてもいい。今のところ、一番気になってる」
凛が真顔で言う。
「さっきまで普通だったのに、いきなりゴーレムみたいな身体になっただろ」
「……帰ってから話します」
「絶対だからな」
「はい」
凛は納得していない顔だったが、それ以上は追及しなかった。
その視線が、創の横へ移る。
そして――表情が変わった。
「……これ」
三体のゴーレム。
一体は右腕が大きく破損している。
もう一体は、脚部がひしゃげていた。
最後の一体も、胸部を大きく損傷している。
「――お前たち……」
創は、ゆっくりと近づいた。
しゃがみ込み、一体の肩に手を置く。
『――マスター』
ノアの声が、再び聞こえた。
『三体とも、損傷が深刻です』
「どれくらいだ」
『現状のままでは、長時間の稼働は困難です』
創は、黙ってゴーレムを見つめた。
こいつらは、戦っていた。
凛を守るために。
そして――。
壊れかけても、最後まで動き続けた。
「……そうか」
創は、ぽつりと呟いた。
凛も、三体のゴーレムを見ていた。
しばらく何も言わなかった。
やがて――。
「……みんな」
凛の声が、小さく震えた。
「私を守って……壊れた」
創は、顔を上げた。
凛は、傷ついたゴーレムを見つめている。
「何度も庇ってくれた」
凛は、ゆっくりと言葉を続けた。
「私が攻撃を受けそうになるたびに、前に出て……」
そこで、言葉が途切れた。
「……私の代わりに、壊れた」
創は、何も言えなかった。
これまでゴーレムは、創にとって「作るもの」だった。
強くする。
速くする。
制御精度を上げる。
より多くの仕事をこなせるようにする。
いつだって、性能の向上ばかりを考えていた。
だが――。
目の前にいる三体は、性能を評価するための数字ではない。
凛を守るために、限界まで働いた。
「……ありがとう」
創は、一体のゴーレムに手を置いた。
当然、返事はない。
それでも、言わずにはいられなかった。
「助けてくれて、ありがとう」
凛が、創を見る。
「――創」
創は、しばらく黙っていた。
そして、傷ついたゴーレムを見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「……俺、今まで間違ってたのかもしれません」
「何が?」
「ゴーレムを強くすることばかり考えてた」
創は、自分の手を見る。
「もっと強い攻撃力を」
「もっと速く」
「もっと精密に」
一つずつ、言葉にしていく。
「でも……」
創は、三体を見る。
「守るために戦うゴーレムなら、それだけじゃ足りない」
凛は黙って聞いていた。
「壊れないことじゃない」
創は、静かに続けた。
「壊れても、守れること」
「……」
「壊れても、自分で立ち上がれること」
創の頭の中に、一つの考えが浮かんでいた。
「――自己修復」
ノアが反応する。
『自己修復機構……ですか』
「ああ」
創は頷いた。
「まだ方法は分からない」
傷ついたゴーレムを見る。
「でも、今のままじゃ駄目だ」
創は、三体のゴーレムを見た。
「強くするだけじゃなくて、生き残れるようにする」
凛は、しばらく創を見つめた。
そして――。
「……お前らしいな」
「そうですか?」
「ああ」
凛は、傷ついたゴーレムの前にしゃがみ込んだ。
「私も、こいつらを守れるくらい強くならないとな」
創は、少し驚いた。
「凛さん……」
「守られてばかりじゃ、こいつらに申し訳ないだろ」
そう言って、凛は小さく笑った。
「次は、一緒に帰ろう」
創は、その言葉に頷いた。
「――はい」
二人は立ち上がった。
創は三体のゴーレムを、一体ずつ丁寧に収納する。
壊れた腕も。
傷ついた脚も。
ひしゃげた胸部も。
すべて、そのまま収納した。
「――帰ろう」
創が言う。
「今度は、ちゃんと全員で」
「――ああ」
二人は、来た道を引き返し始めた。
深層の闇の中。
戦いは終わった。
だが、創の中では、新しい戦いが始まっていた。
ゴーレムを、もっと強くする。
それだけではない。
――壊れても、守れるゴーレムを作る。
その考えは、やがて創たちのゴーレム技術を大きく変えていくことになる。
それが、この日の出来事から生まれた、新たな技術開発の始まりだった。
第67話、お読みいただきありがとうございます。
タイトルの一言に、すべてが詰まった回でした。
この出来事から生まれた新しい決意が、この先の技術開発を大きく動かしていきます。
次話をどうぞお楽しみに。




