第66話 生還への知恵
闇の奥から、複数の気配が近づいてきた。
「――数、多いな」
凛は、じりじりと後退しながら、状況を見極めた。
姿を現したのは、深層特有の魔物――暗闇に紛れる特性を持つ、群れで行動する影狼だった。目測で、五、六体はいる。
「――ゴーレム、前へ」
凛は、短くそう告げた。
三体のゴーレムが、通信を介さない単純な命令に従い、緩やかに動き出す。ノアの精密な連携はない。それでも、事前に設定されていた「主を守る」という基本行動だけは、確かに機能していた。
「――一体ずつ、確実に削る」
凛は、影狼の群れを冷静に観察した。数の多さに気を取られれば、判断を誤る。だが、一体ずつ確実に対処すれば、活路は開ける。
「――来い!」
凛は、あえて自ら前に出て、群れの注意を引きつけた。
影狼の一体が飛びかかる。凛は、最小限の動きでそれを斬り伏せた。
「――ゴーレム、右!」
もう一体が横から迫る。ゴーレムが、その巨体で影狼を弾き飛ばした。
戦いは、決して楽なものではなかった。ノアの緻密な連携がない分、凛自身の判断力と、ゴーレムの単純な反応だけが頼りだった。
それでも、一体、また一体と、影狼の数は減っていった。
「――これで、最後か」
最後の一体を斬り伏せ、凛は、大きく息を吐いた。
「……何とか、なったな」
だが、安堵する間もなく、遠くから、新たな唸り声が聞こえてきた。
「――まだ、いるのか」
凛は、剣を構え直した。
一方、瓦礫の向こう側では、創が、必死に迂回路を探していた。
「――ノア、応答してくれ」
呼びかけても、返事はない。
創は、崩落現場の周囲を、慎重に調べ続けた。
「――こっちか」
しばらく進むと、瓦礫を回り込む形で、狭い通路を見つけた。
「――この先、繋がってるか」
ノアからの返答はない。だが、確かめる以外に道はなかった。
創は、狭い通路へと足を踏み入れた。
道は、複雑に入り組んでいた。何度も行き止まりに阻まれ、そのたびに引き返した。
「――くそ、どこだ」
焦りが募る。だが、その焦りを、必死に抑え込んだ。
――焦るな。
凛の言葉が、頭の中に蘇る。
「――落ち着け、俺」
創は、深呼吸をして、改めて地形を見渡した。
音を頼りに進む。微かな振動、空気の流れ。人為的な手がかりが何もない今、頼れるのは、自分自身の感覚だけだった。
「――こっちから、音がする」
遠くから、微かに、金属と何かがぶつかるような音が聞こえた。
「――凛さんか!」
創は、その音を頼りに、狭い通路を進み続けた。
一方、凛は、続けて現れた新たな影狼の群れと、既に何度目かの戦闘を繰り広げていた。
「――ゴーレム、そっちを頼む」
体力は、確実に削られていた。それでも、凛は、決して諦めなかった。
「――ここで、倒れるわけにはいかない」
創が、必ず来る。その確信だけが、凛を支えていた。
三体のゴーレムも、決して万全ではなかった。一体は、既に腕に大きな損傷を負っている。それでも、凛を守るように、前に立ち続けていた。
「――お前たち、頑張ってくれてるな」
凛は、傷ついたゴーレムを見て、小さく呟いた。
「――創が作った、ってだけのことはある」
戦いの合間、凛はふと、これまでのことを思い返していた。
不信だった、あの頃。
信頼するようになった、今。
そして、その信頼を裏付けるように、目の前で、懸命に自分を守り続けるゴーレムたち。
「――簡単には、壊れさせない」
凛は、改めて剣を握り直した。
「私も、まだやれる」
深層の闇の中、孤立した凛の戦いは、まだ続いていた。
そして、その闇の向こうから、確かに近づいてくる足音があった。
創は、必死に、その音を頼りに進み続けていた。
「――待っててください、凛さん」
その声は、誰に届くこともなく、深層の静寂に溶けていった。
だが、創は、確信していた。
――必ず、辿り着ける。
その一心で、創は、暗闇の中を、ひたすらに進み続けた。
第66話、お読みいただきありがとうございます。
通信も繋がらない中、それぞれができることを、必死に積み重ねていく回でした。
「必ず、辿り着ける」という創の一心に、応援していただけたら嬉しいです。
次話、いよいよ二人が再会します。




