第64話 高難度ダンジョンへ
梓が魔石の調達に走り、美咲と柚木が業務体制の再編を進める中、創と凛は、高難度ダンジョンへの挑戦に向けた準備を進めていた。
今回の目的は、ただ強くなることではない。
創自身のレベルを上げ、魔力供給量を増やす。
それによって、ノアの処理能力を少しでも支える。
それが、今回の探索の目的だった。
「――ノア、候補地は?」
工房の作業台に広げた地図を見ながら、創が尋ねる。
『いくつか選定しました』
ノアが地図上に候補を表示する。
『現在のマスターの能力、凛様の戦闘能力、過去の探索記録を総合すると、このダンジョンを推奨します』
地図の一点が、淡く光った。
「――ここか」
創は、その場所を見つめた。
これまで挑んできたダンジョンとは、明らかに難易度が違う。
「高難度指定……」
「そうだな」
隣で地図を見ていた凛が答えた。
「私も、何度か名前を聞いたことがある」
「――凛さんでも?」
「単独で入れないわけじゃない」
凛は、地図から目を離さない。
「でも、単独攻略を勧められる場所でもない。特に深層は、何が出てくるか分からない」
創は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「……結構、危ない場所なんですね」
「だから高難度なんだろ」
凛は、あっさりと言った。
「それに、今回は二人だ。私が前衛をやる。あんたはゴーレムで周囲を固めてくれ」
「分かりました」
『ただし、注意点があります』
ノアが割り込む。
「何?」
『今回のダンジョンは、魔力濃度が非常に高いことで知られています』
創は眉を寄せた。
「――操作ノイズか」
『はい』
ノアが答える。
『魔力濃度が高いほど、ゴーレムの稼働に必要なエネルギーは確保しやすくなります。しかし、その一方で、周囲の魔力変動が制御信号に干渉する可能性があります』
「つまり……」
『通常のダンジョンより、ゴーレムの精密操作が難しくなる可能性があります』
凛が創を見る。
「それ、大丈夫なのか?」
「――分かりません」
創は正直に答えた。
「でも、だからって避けていたら、いつまで経っても強くなれない」
凛は、一瞬黙った。
そして、口元をわずかに上げた。
「その意気だ」
それから二人は、具体的な準備に入った。
装備の点検。
回復手段の確認。
ゴーレムの構成。
想定される魔物の種類。
そして、撤退基準。
「――深層には入らない」
創が確認する。
「まずは中層まで。そこで危険度を判断する」
「そうだ」
凛が頷く。
「無理に深くまで行く必要はない。目的は経験値を稼ぐことだ。命を賭けることじゃない」
「分かってます」
『撤退条件についても、設定しておきます』
ノアが続ける。
『マスター、あるいは凛様の負傷。ゴーレム戦力の一定割合以上の損耗。私の処理遅延が設定値を超えた場合。この三つを基本的な撤退条件とします』
創は頷いた。
「それでいこう」
準備を進める中で、創はふと気づいた。
以前の自分なら、ここまで細かく撤退条件を決めたりはしなかっただろう。
早く結果を出したい。
早く強くなりたい。
そんな焦りが先に立っていた。
だが、今は違う。
「――絶対に無理はしない」
創は、改めて自分に言い聞かせた。
「ノアを助けるために行くのに、俺たちが倒れたら意味がない」
「その通りだ」
凛が頷いた。
「少しは分かってきたじゃないか」
「……褒めてます?」
「さあな」
凛は笑った。
そして、出発の日。
朝早くから、工房には全員が集まっていた。
「――気をつけてね」
梓が腕を組みながら言う。
「魔石の方は、まだ調整中。ノアのコア強化は、帰ってくるまでに間に合わないと思う」
「分かった」
創は頷いた。
『現在の状態でも、探索自体に支障はありません』
ノアが続ける。
『ただし、通常より処理負荷を抑えるため、探索中の不要な処理は極力停止します』
「それで頼む」
美咲が、創に近づいた。
「無理をしないでくださいね」
「はい」
「事業の方は、こちらで回します」
美咲は微笑んだ。
「今は、創さんが自分の仕事に集中してください」
柚木も続ける。
「協会への届出も済ませてあります。緊急連絡体制も問題ありません」
「ありがとうございます」
創は、仲間たちを見渡した。
梓。
美咲。
柚木。
そして凛。
少し前までなら、自分一人で何とかしようとしていた。
けれど、今は違う。
自分がダンジョンに向かっている間も、工房は仲間たちが守ってくれる。
その事実が、不思議なほど心強かった。
「――じゃあ、行ってきます」
「おう」
梓が手を上げる。
「ちゃんと生きて帰ってきてね」
「当然です」
凛が隣で笑った。
「私もいるんだから、そう簡単には死なせないよ」
「……頼りにしてます」
二人は工房を出た。
ダンジョンへ向かう道中、創は何度も装備を確認した。
緊張している。
それは間違いなかった。
だが、それ以上に、胸の奥には別の感情があった。
もっと強くなりたい。
自分のためだけではない。
ノアのために。
そして、これからも増えていく仲間たちと、この工房を守るために。
やがて、目的地が見えてきた。
ダンジョンの入口。
そこには、これまでのダンジョンとは明らかに違う空気が漂っていた。
周囲の空気そのものが、わずかに震えている。
「――魔力濃度、すごいな」
創が呟く。
『通常の探索区域と比較して、約三倍です』
「三倍……」
凛が入口の奥を見つめた。
「ここから先は、今までとは別物だと思った方がいい」
創は頷いた。
「――分かりました」
一度、深く息を吸う。
そして、凛と顔を見合わせた。
「――行くぞ」
「はい」
二人は、ダンジョンの奥へと足を踏み入れた。
その瞬間。
創の頭の中に、わずかな違和感が走った。
『――マスター』
ノアの声だった。
「どうした?」
『……周囲の魔力変動が、想定値を超えています』
創の足が止まる。
「――操作ノイズか?」
『はい』
一瞬の沈黙。
そして――。
『ゴーレムの制御に、通常より大きな補正が必要です』
創は、奥へと続く暗闇を見つめた。
高難度ダンジョン。
その名が、決して大げさなものではないことを、創は、この瞬間に初めて実感した。
「――ノア」
『はい』
「大丈夫だ」
創は、前を向いた。
「俺たちで、確かめよう」
凛が剣に手を添える。
「行くぞ」
二人は、さらに深く、ダンジョンの奥へと進んでいった。
その先に待っているものを、まだ誰も知らなかった。
第64話、お読みいただきありがとうございます。
これまでとは桁違いの危険地帯への挑戦が始まりました。
「俺たちで、確かめよう」という一言に、二人の覚悟を感じていただけたら嬉しいです。
次話をどうぞお楽しみに。




