第63話 二つの解決策
翌朝。
創は工房に全員を集めた。
「――昨日、ノアと話した」
創は、率直に切り出した。
「事業が大きくなった分、ノアにかかる負荷も増えてる。このままだと、いずれ処理の遅延や判断ミスにつながる可能性がある」
梓が腕を組んだ。
「――で、どうするの?」
「まずは、解決策を考えたい」
創は、皆の顔を見渡した。
「俺一人で考えても仕方ない。みんなの意見を聞きたい」
すると、柚木が口を開いた。
「協会のシステムでも、処理能力が足りなくなったときの対策は、大きく分けて二つありました」
「――二つ?」
「はい」
柚木は指を二本立てる。
「一つは、システムそのものを強化すること。もう一つは、システムが処理する仕事を減らすことです」
創は頷いた。
「なるほど」
『私の場合も、その二つが有効だと思われます』
ノアが続けた。
『一つ目は、私自身の処理能力を高めること』
『二つ目は、現在私が担当している業務の一部を、他の方へ移管することです』
「――つまり、ノアを強くするか、ノアの仕事を減らすか」
『はい』
創は腕を組んだ。
「じゃあ、まず強化する方法から考えよう」
◇
『現在の私の処理能力は、ゴーレムコアの性能に大きく依存しています』
ノアが説明する。
『そのため、コアの強化、あるいは補助となるコアを追加することで、処理能力を引き上げられる可能性があります』
「――コアの増設か」
梓が反応した。
「それなら、私が見てみたい」
「梓さんが?」
「うん」
梓は少し身を乗り出した。
「鷹宮重工にいた頃、コアの増設回路は何度か扱ったことがあるから」
「できそうなのか?」
「既存のコアとの接続方法次第だけど……」
梓は少し考える。
「技術的には、不可能じゃないと思う」
「――頼めるか?」
「もちろん」
梓は笑った。
「これでも技術者だからね」
「よろしく頼む」
「任せて」
梓は、すでに頭の中で設計を始めているようだった。
「ただし、高品質の魔石が必要になると思う」
「魔石か」
『はい』
ノアが答える。
『魔石はコアの追加エネルギー源として利用できます。品質が高いほど、安定した出力を確保しやすくなります』
「なら、魔石を探す必要があるな」
「それと」
ノアが続けた。
『もう一つ、以前から確認されている要素があります』
「――何だ?」
『マスターから供給される魔力量です』
創が首を傾げる。
「俺の魔力?」
『はい。私の稼働には、コアそのものの性能だけでなく、マスターから供給される魔力も影響しています』
「そうだったな」
創は思い返す。
ノアを使い始めた頃から、何度も魔力を供給してきた。
『マスターの能力が向上し、扱える魔力量が増えれば、私の稼働にも余裕が生まれます』
「つまり……」
『私の強化と並行して、マスター自身が成長することも有効です』
創は少し考えた。
「……レベルを上げる必要があるってことか」
『はい』
凛が、そこで口を開いた。
「だったら、話は早い」
「凛?」
「高難度ダンジョンに行こう」
凛は当然のことのように言った。
「強い魔物がいる場所ほど、良質な魔石も手に入りやすい」
「……確かに」
『高品質の魔石を確保できれば、コア強化の材料にもなります』
「それなら――」
創は考えた。
ノアの強化。
そのための魔石。
そして、自分自身の成長。
全部が、一つにつながっている。
◇
「――もう一つの方法は?」
創が尋ねると、美咲が答えた。
「業務の分散です」
「具体的には?」
「まず、ノアが現在担当している仕事を全部洗い出しましょう」
美咲は、テーブルの上に資料を広げた。
「事務処理。問い合わせへの対応。貸与ゴーレムの管理。倉庫の管理。監視記録の整理。その他にも細かい仕事があります」
「……こんなにあるのか」
創は資料を見て、少し驚いた。
『これでも、一部を省略しています』
「お前、こんなにやってたのか……」
創が呟く。
ノアは何も答えなかった。
美咲は資料を指差していく。
「まず事務・法務関係は、柚木さんにお願いしましょう」
「分かりました」
柚木が頷く。
「協会での経験もありますし、私にできる範囲で引き受けます」
「経理や資金管理は、私が今まで通り担当します」
美咲が続ける。
「ゴーレムの整備や技術関係は梓さん」
「うん」
梓も頷いた。
「現場の仕事は、私と凛さん、それから創さんで分担する」
「そうなると――」
創は資料を見つめた。
「ノアに残る仕事は?」
『監視、情報の整理、通信、そして私にしか処理できない部分を中心にします』
「それなら、今よりかなり減るな」
『はい』
ノアの返事は、いつもより少しだけ柔らかかった。
「でも、これだけで十分なのか?」
美咲が首を振る。
「たぶん、まだ足りません」
「やっぱりか」
「事業がこの先も大きくなるなら、今の人数だけでは、また同じ問題が起こります」
美咲は創を見る。
「だから、今回の件は応急処置と考えた方がいいと思います」
創は頷いた。
「人を増やすことも考えないとな」
柚木が少し驚いた顔をする。
「採用、ですか?」
「うん」
創は工房を見渡した。
「ゴーレムを増やすだけじゃなくて、働く人間も増やさないと」
「……そうですね」
柚木は小さく頷いた。
◇
創は、改めて全員を見る。
ノアを強化する。
仕事を分散する。
そして、その二つを進めながら、自分自身も強くなる。
一つだけではない。
いくつもの対策を重ねる必要がある。
「――よし」
創は拳を握った。
「まず、梓さんはノアのコア強化について調べてくれ」
「了解」
「美咲と柚木さんは、業務の整理をお願いする」
「分かりました」
「凛は――」
「高難度ダンジョンの準備だろ?」
凛が先に言った。
「分かってる」
創は苦笑した。
「頼む」
「任せろ」
「俺も、レベルを上げる」
創は静かに言った。
「ノアだけに頑張らせるわけにはいかないからな」
『マスター』
「ん?」
『ありがとうございます』
「礼を言うのはまだ早い」
創は笑った。
「これからだろ」
『……はい』
ノアの声に、わずかな安堵が混じった。
◇
その日の午後。
工房では、それぞれが動き始めていた。
梓はノアのコアを調べるための資料を集めている。
美咲と柚木は、これまでノアが担当していた業務を一つずつ洗い出している。
凛は、高難度ダンジョンの情報を集め始めた。
そして創は――。
「高難度ダンジョンか……」
資料を眺めながら、考え込んでいた。
これまでの探索とは、意味が違う。
強い魔物。
より危険な環境。
そして、それに見合った魔石。
「……簡単にはいかなそうだな」
『はい』
ノアが答える。
『ですが、必要な準備を整えれば、挑戦する価値は十分にあります』
「分かった」
創は資料を閉じた。
「なら、準備から始めよう」
工房に、それぞれの作業音が戻っていく。
ノアの限界。
それは、最初は単なる問題だった。
だが今では――。
工房そのものが、次の段階へ進むためのきっかけになっていた。
ノアを強くする。
仕事を分ける。
そして、自分たちも強くなる。
二つの解決策を軸に、創たちは新たな一歩を踏み出した。
第63話、お読みいただきありがとうございます。
一人で抱えていた重荷を、仲間たちで分け合う。
その当たり前のことに、改めて気づかされる回でした。
次話では、いよいよ大きな挑戦が始まります。




