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ハズレ職『ゴーレム使い』は現代ダンジョンで成り上がる ~ゴーレム工房から始まる世界一のダンジョン企業~  作者: さきら


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第61話 加入

「もう少しだけ、考えよう」


そう呟いてから、一週間が過ぎた。


柚木は、その一週間で何度も心を決めかけては、また揺れた。


協会での仕事に、やりがいがなかったわけではない。


真面目に働く同僚たちもいる。


自分を育ててくれた上司もいる。


何より、これまで何年も続けてきた仕事だった。


簡単に捨てられるものではない。


それでも――。


あの日、窓口で見送った若い探索者の背中。


資料室で見つめた、創たちの申請記録。


そして、先輩の言葉。


『自分が何に引っかかってるのかくらいは、ちゃんと考えた方がいい』


それらが、頭から離れなかった。


「……」


朝の窓口。


いつも通り、探索者を迎える。


書類を受け取り、確認し、処理する。


何も変わらない日常。


けれど、柚木自身の中では、もう以前と同じではなかった。


――このままでいいのだろうか。


その答えは、もう決まっていた。


柚木は、席を立った。


「――失礼します」


上司の部屋を訪ねる。


「柚木? どうした」


「……お話があります」


柚木は深く息を吸った。


一瞬だけ、迷う。


けれど、顔を上げた。


「退職させていただきたく、参りました」


上司は、しばらく黙って柚木を見つめていた。


やがて、小さく息を吐く。


「……そうか」


「はい」


「理由を聞いても?」


柚木は少しだけ考えた。


「自分の目で、確かめたいことがあるんです」


「確かめたいこと?」


「協会の中にいては、見えないものがあると思いました」


上司は、何か言いかけてやめた。


そして、静かに頷いた。


「……分かった」


「ありがとうございます」


「ただ」


上司が柚木を見る。


「外に出ても、協会が全部間違っていたなんて思わないでくれよ」


柚木は少し驚いた。


「……はい」


「ここで働いている人間にも、それぞれ事情がある」


「分かっています」


「なら、それでいい」


短い会話だった。


けれど、その言葉を聞いたことで、柚木の胸に残っていた迷いが、少しだけ軽くなった。


「引き継ぎは、一ヶ月ほど見ておいてくれ」


「――はい。かしこまりました」


柚木は、深く頭を下げた。


「今まで、お世話になりました」


「こちらこそ」


上司の声は、思っていたより穏やかだった。


     ◇


それから一ヶ月、柚木は、これまで担当してきた業務の引き継ぎに追われた。


窓口対応の細かな手順。担当していた申請案件の進捗。後任として配属された若い職員への指導。


「――ここは、こう対応した方がいいです。前例がない案件ほど、事前に上と相談しておくと、後で揉めません」


「はい、メモします」


一つ一つ、丁寧に引き継いでいく。


最後の出勤日、柚木は、慣れ親しんだ窓口を、静かに見渡した。


「――お世話になりました」


同僚たちに頭を下げ、柚木は協会を後にした。


     ◇


その週明け。


柚木は、工房の前に立っていた。


一度、深呼吸をする。


そして、扉を叩いた。


「――白瀬さん」


「柚木さん?」


作業中だった創が、驚いた顔をする。


「どうしたんですか?」


柚木は、少しだけ緊張した表情で創を見る。


「――先週で、協会を退職してきました」


「……え?」


創の手が止まった。


「本当に?」


「はい」


柚木は頷いた。


「少し考えて、決めました」


「それで……?」


「もしよければ」


柚木は、一度だけ息を吸った。


「こちらで働かせていただけないでしょうか」


創は、すぐには答えなかった。


「……俺たちのところで?」


「はい」


「本当に、いいんですか?」


「はい」


今度の返事には、迷いがなかった。


「協会を辞めたことを後悔しているわけではありません」


柚木は工房の中を見渡した。


「白瀬さんたちが、これからどう進んでいくのか」


そして、創を見る。


「今度は外からじゃなくて、隣で見てみたいと思いました」


創は少し考えた。


そして、美咲へ視線を向ける。


「美咲さんは?」


「私は賛成です」


美咲は即答した。


「経理だけでなく、協会への申請や手続きも増えてきています。柚木さんの経験は役に立つと思います」


創はノアへも尋ねる。


「ノアは?」


『賛成です』


ノアの声が返ってきた。


柚木の肩が、小さく跳ねた。


「――今の声……?」


創は、少し考えてから、正直に打ち明けることにした。


「――俺の相棒です。ノアといいます。このスマホに、人格が宿ってるんです」


『初めまして、柚木様』


柚木は、しばらく声を失っていた。


「……スマホに、人格?」


「信じがたい話だとは思うんですけど」


「――いえ」


柚木は、少し考え込むような表情をした。


「動画で拝見していたゴーレムの動き、妙に精密だと思っていました。何体も、寸分違わず連携させて……普通のゴーレムマスターには、なかなか難しいはずだと」


「――気づいてたんですか」


「確信はありませんでしたけど」


柚木は、小さく頷いた。


「――協会にいた頃は、そこまで詳しくは調べられませんでしたが。今の説明で、腑に落ちました」


「――ありがとうございます」


『柚木様。今後ともよろしくお願いいたします』


「――はい。こちらこそ」


柚木は、まだ少し戸惑いを残しながらも、丁寧に頭を下げた。


創は、少し安堵しながら続けた。


『ただし、柚木様が協会の内部事情をすべて把握しているとは考えない方がいいでしょう』


「そこは分かってる」


『その上で、協会の手続きや現場の運用を知っていることには価値があります』


創は頷いた。


「……そうだな」


そして、柚木へ向き直る。


「じゃあ」


右手を差し出した。


「よろしくお願いします」


柚木は一瞬、目を丸くした。


それから、小さく笑う。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


差し出された手を握った。


新しい仲間が、また一人増えた。


     ◇


その日の夕方だった。


一本の電話が、工房に響いた。


『――白瀬さん、大変です!』


電話越しの声は、明らかに動揺していた。


「どうしました?」


『貸与していたゴーレムが……壊されてます!』


創の表情が変わった。


「――壊された?」


『作業を終えて倉庫に置いていたんですが……今日、確認したら』


声が震えている。


『何者かが侵入したみたいで』


「怪我人は?」


『いません』


「分かりました。今から向かいます」


電話を切る。


「ノア、場所は?」


『共有済みです。すぐに案内します』


「行くぞ」


創は立ち上がった。


     ◇


倉庫に到着すると、そこには無残な姿になったゴーレムが置かれていた。


創は、しばらく言葉を失った。


「……これは」


表面の一部が大きくへこんでいる。


しかし、それだけではなかった。


魔力関節を覆っていた土の層が、工具のようなものでえぐり取られている。


内側の魔力の結び目は、明らかに狙って破壊されていた。


「……関節だけ?」


梓がゴーレムへ近づく。


「そうみたいです」


「表面を壊しただけじゃない」


梓は破損した部分を確認する。


「魔力関節の構造を分かってないと、ここまで綺麗に壊せない」


創の顔から、表情が消えた。


『マスター』


ノアの声が響く。


『現場の解析を開始します』


「頼む」


しばらくして、ノアが報告する。


『侵入経路は倉庫裏側の窓です。施錠部分に工具による破壊痕があります』


「……」


『ゴーレムの破壊についても、偶発的な損傷とは考えにくいです』


「つまり?」


『意図的に破壊された可能性が高いです』


創は拳を握った。


事故ではない。


誤作動でもない。


誰かが、わざわざ侵入して、このゴーレムを壊した。


「……誰だ」


誰も答えなかった。


「ダンジョンガードか?」


創が低い声で呟く。


『現時点では判断できません』


ノアは即答した。


『これまでに発生した妨害行為との関連も、証拠が不足しています』


「……そうか」


断定はできない。


だが――。


これまでとは明らかに違う。


噂。


キャンセルの偽装。


魔石の買い占め。


そして、今回。


「……一段階、上がったな」


創は壊されたゴーレムを見る。


「今までは商売を邪魔するだけだった」


拳に力が入る。


「今回は、俺たちの持ち物を直接壊しに来た」


その言葉に、誰も反論できなかった。


     ◇


工房へ戻ると、全員が集まっていた。


「……ここまでやるか」


凛が、静かに呟く。


美咲は険しい表情で言った。


「警察への被害届を出しましょう」


「お願いします」


「それと、今後の貸与先にも注意を促した方がいいです。倉庫の管理体制も見直しましょう」


「分かりました」


梓は、壊されたゴーレムの写真を見つめていた。


「……関節を狙ってる」


「はい」


「これ、ただ壊したかったわけじゃないと思う」


梓の声は低かった。


「ゴーレムの構造を知ってる人間が、弱いところを狙ってる」


工房に沈黙が落ちる。


そして、その中で柚木だけが、少し離れた場所から壊れたゴーレムを見つめていた。


加入した、その日に。


いきなりこれだった。


「……白瀬さん」


「はい」


「協会にいた頃には、こんな話は聞いたことがありませんでした」


「そうですか」


「でも……」


柚木は、壊れたゴーレムを見る。


「だからこそ、私にできることがあるかもしれません」


創が柚木を見る。


「協会との折衝や、申請関係なら、多少は分かります」


柚木は続けた。


「今回みたいなことがあったときに、どこへ何を届け出ればいいのか。どういう記録を残しておくべきなのか」


そして、創を見る。


「そういうところなら、私にもできます」


創は、静かに頷いた。


「……心強いです」


「はい」


柚木は、しっかりと頷いた。


     ◇


夜。


全員が帰った後も、創は工房に残っていた。


壊されたゴーレムの映像を、ノアと確認している。


「――ノア」


『はい、マスター』


「これから、どうなると思う?」


少しの沈黙。


『分かりません』


ノアが珍しく、即答を避けた。


『ですが、一つだけ確かなことがあります』


「何だ?」


『相手が、これまでより強い手段を選んだということです』


創は黙って画面を見る。


『それが誰によるものなのかは、まだ判断できません』


「……ああ」


『ですが、今までの妨害とは性質が違います』


「……そうだな」


創は椅子から立ち上がった。


「だったら、こっちも考えないとな」


『はい』


「防犯も、証拠の保存も、貸与先への対応も」


一つずつ、頭の中で整理していく。


「……やることが増えたな」


『事業が大きくなれば、問題も増えるものです』


「それ、慰めになってないぞ」


『事実を申し上げました』


創は苦笑した。


だが、その顔から迷いは消えていた。


仲間が増えた。


同時に、敵の存在も、これまで以上に近くなった。


工房を守るために。


仲間を守るために。


そして、ここまで積み上げてきたものを守るために。


創は、静かに決意した。


「……負けるつもりはない」


窓の外には、深い夜が広がっていた。


新しい仲間を迎えたその日。


創たちの前に、新たな脅威が姿を現した。


物語は、次の段階へと進み始めていた。


第61話、お読みいただきありがとうございます。


新しい仲間を迎えた喜びと、同じ日に訪れた、新たな脅威。


対照的な二つの出来事が重なる、緊張感のある回になりました。


次話をどうぞお楽しみに。

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