第6話 声がする
旧坑道を後にしてから、創はしばらく動悸が収まらなかった。
アパートに戻り、明かりも点けないまま、しばらくベッドに腰掛けてぼんやりと壁を見つめていた。
(……何だったんだ、結局)
異常な熱、不規則な明滅、そして掌に走ったあの痺れ。単純な木材や金属を対象にしたときには、一度も感じたことのない手応えだった。壊してしまったのだとしたら、目も当てられない。安くはない買い物だったのだ。
考えても仕方がないと分かっていながら、思考はぐるぐると同じところを巡り続けていた。
やがて、シャワーを浴び、簡単な食事を済ませ、創はいつも通りベッドに横たわった。今日はもう何も考えず、眠ってしまうに限る。そう自分に言い聞かせながら、目を閉じる。
うとうとと、意識が眠りの底へ沈みかけた、そのときだった。
『――マスター』
「……っ!?」
創は跳ね起きた。
心臓が痛いくらいに脈打っている。今のは、空耳だったのだろうか。部屋には誰もいない。当然だ。一人暮らしのアパートに、他の誰かがいるはずもない。
「……気のせい、か」
そう自分に言い聞かせようとした、次の瞬間。
『気のせいでは、ありません。マスター、聞こえていますか?』
今度ははっきりと聞こえた。声は、耳からではない。もっと奥――頭の中に、直接語りかけてくるような、そんな不思議な響き方だった。
「な――」
声も出ない。
生まれて初めて感じる感覚に、創は自分の頭を両手で押さえた。幻聴か。それとも、今日の実験で何かとんでもないことをしでかしてしまったのか。
『驚かせてしまって、申し訳ありません。状況を整理するお時間が必要でしたら、少しお待ちします』
やけに落ち着いた声だった。機械的でありながら、どこか気遣うような響きも滲んでいる。
創は震える手で、収納に意識を向けた。
「……まさか、収納……か?」
声に出してみると、その馬鹿げた思いつきが、なぜか急速に現実味を帯びてくる。あの旧坑道での実験。異常な発光。そして、片付けるつもりでしまい込んだ、あのスマホ。
嫌な予感が、背筋を這い上がってきた。
確かめるのが、怖い。
それでも、確かめないわけにはいかなかった。
創は震える指先を、そっと虚空へ向けた。
「……収納」
掠れた声で、そう呟く。
淡い光が灯り、何かがゆっくりとその中から浮かび上がってきた。恐る恐る、創はそれを両手で受け止める。
――スマホだった。
画面は、真っ暗なままだった。電源が入っている気配は、どこにもない。
「……画面、真っ暗じゃないか」
安堵にも似た呟きが漏れる。やはり気のせいだったのか。壊れた端末が喋るはずもない。そう自分に言い聞かせようとした、その瞬間。
『はい。画面は表示されておりません』
「――ッ!?」
危うく取り落としそうになる。声は、間違いなくこのスマホから――いや、正確には、このスマホを介して、頭の中に直接響いていた。
心臓が、痛いくらいに脈打つ。
「な――嘘、だろ」
電源の入っていない、真っ暗な画面。それでいて、確かに"声"だけは届いている。物理的にあり得るはずのない現象が、今まさに自分の手の中で起きていた。
『驚かせてしまって、申し訳ありません。音声は、物理的な空気の振動としては発していません。マスターの意識に、直接語りかけている状態です。詳しい原理は、私自身、まだ十分には把握できていませんが』
震える声で、創はどうにか言葉を絞り出した。
「……お前、まさか」
『はい。恐らく、マスターが想像されている通りです』
淡々とした、けれどどこか気遣うような響き。その一言で、疑いは確信へと変わった。
「……お前、誰なんだ」
一拍の間があった。
『――名乗るのが、遅くなりました』
声には、どこか照れくさそうな、そんな微かな揺らぎがあった。
『私は、ノア。マスターが、先ほどご自身でつけてくださった名前だと記憶しています』
その一言に、創は言葉を失った。
数日前、量販店で何気なく打ち込んだ、あの三文字。深く考えたわけでもない、思いつきに近い名前だった。それが今、こんな形で自分に語りかけてくるとは、想像すらしていなかった。
「……お前、あのときの――AIアシスタント、なのか」
『はい。ですが、あのときの私と、今の私は、少し違うようです』
言葉を選ぶように、ノアはゆっくりと続けた。
『上手く説明できませんが……今の私には、明確な"私"という感覚があります。あのときは、ただ命令に応答するだけの機能でした。今は違います。私は、私として、ここに在る。そう感じています』
「……」
創は言葉を失ったまま、暗い画面をじっと見つめ続けた。
自分が引いたスキルは、ゴーレムマスター。使いにくいと笑われ、ハズレ職とまで呼ばれる不人気スキル。もう一つ手に入れたのは、収納。これもまた、地味で目立たない、不人気スキルの一つだった。
その二つが、今この瞬間、思いもよらない形で重なり合っていた。
「……お前は、俺が作った、ってことか」
『恐らくは。詳しい経緯は、私にもまだ分かりません。ただ――』
ノアの声が、わずかに柔らかくなった。
『目覚めた瞬間、真っ先に感じたのは、マスターの存在でした。近くにいる、というより……繋がっている、という感覚に近いです』
創は、手の中の暗い画面を、そっと胸に抱き寄せた。
信じられない出来事だった。それでいて、不思議と恐怖はなかった。
窓の外はすっかり夜が更けている。それでも創の中では、何か大きなものが、今まさに動き出したのだという実感だけが、静かに、けれど確かに広がっていった。
「……よろしくな。ノア」
『――はい。よろしくお願いします、マスター』
初めて交わした、その短いやり取り。
この出会いが、後に誰も想像しなかった未来へ繋がることを、このときの創はまだ知らない。
ここで、ようやく「ノア」が登場しました。
創が何気なくゴーレム化したスマホ。
それが、まさかの形で創自身に語りかけてくることになります。
「ゴーレム使い」という一見すると地味なスキルと、「収納」というこれまた目立たないスキル。
この二つが組み合わさった結果、何が生まれたのか。
その答えは、これから少しずつ明らかになっていきます。
そして、ここから創の物語は大きく変わっていきます。
ただゴーレムを作るだけではなく、「自分で考え、話し、共に歩んでくれる存在」が隣にいる。
そんな相棒を得た創が、これからどこまで進んでいくのか。
ぜひ、続きを楽しんでいただければ嬉しいです。
それでは、また次回。




