第58話 梓回②
梓が加わってから、二週間が経った頃だった。
工房で機体の点検をしていると、梓がふと、探索速報の画面を覗き込んだ。
そして、動きを止めた。
「――どうしたんですか?」
創が声をかけても、梓はすぐには答えなかった。
画面には、業界紙の記事が表示されている。
「鷹宮重工、新型ゴーレム関節機構の特許を出願――軽量化と精密制御を両立」
「……知り合いの記事、ですか?」
「……いや」
梓は、記事の見出しを見つめたまま答えた。
「この関節機構、私が最後に提案してた設計に、けっこう近い」
「――え?」
創も画面を覗き込む。
記事には、新型関節機構の概要と、その技術的な特徴が簡単にまとめられていた。
専門的な部分までは分からない。
だが、梓が見せた表情だけで、ただの偶然ではないのだと感じた。
「それって……梓さんの設計が?」
「分からない」
梓は首を振った。
「似たようなことを考える人なんて、いくらでもいるから。特許だって、私が出したわけじゃないし」
そう言いながらも、その視線は記事から離れなかった。
「ただ……」
梓が小さく息を吐く。
「私が辞めたあとに、似たようなコンセプトが急に『実用化された技術』として出てきたんだとしたら」
そこで言葉が途切れた。
「……まあ、皮肉な話だよね」
創は、何と言えばいいのか分からなかった。
梓が怒っているのか。
悔しがっているのか。
それとも、もう吹っ切れているのか。
表情だけでは判断できなかった。
「……この話、もういい?」
「はい」
梓は画面を閉じた。
それ以上は、何も言わなかった。
◇
その日の作業を終えた後。
いつもならさっさと帰る梓が、珍しく工房に残っていた。
創が片付けをしていると、梓が作業台に腰を預けたまま口を開く。
「――さっきの話、続き、聞く?」
「……いいんですか?」
「別に隠してるわけじゃないから」
梓は少し考えてから、話し始めた。
「辞める直前、最後にもう一度、企画を出したんだよね」
「例の関節機構ですか?」
「うん。それだけじゃないけどね」
梓は苦笑した。
「それまで会議で出た反対意見を、全部潰したつもりだった。技術的な問題も洗い直したし、耐久性の試験結果も揃えた。量産した場合のコストも計算した」
「かなり準備したんですね」
「今度こそ通すって決めてたから」
その言葉だけは、妙に力がこもっていた。
「でも、会議では――」
梓は一度、言葉を止めた。
「直属の上司に、こう言われた」
そして、当時の声を思い出すように、ゆっくりと言った。
「『君の情熱は分かる。だが、この会社で君がそれを実現する必要はない』」
創は黙った。
「……それは」
「ひどいと思う?」
「……正直に言えば」
創は少し迷ってから答えた。
「かなり」
梓が小さく笑った。
「だよね」
「でも、その言葉だけで辞めたんですか?」
「それだけじゃないよ」
梓は首を振った。
「その前から、何度も似たようなことはあったから」
梓は工房の中を見渡した。
「会社にとって、私が何を作りたいかなんて、結局は二の次だったんだと思う」
「……」
「技術力は評価されてた。それは本当。でも、評価されてたのは『会社にとって役に立つ技術者』としてだった」
梓は自分の手を見る。
「会社が決めた方針の中で、与えられた課題を解決する。それなら評価される。でも、自分から『こういうものを作りたい』って言うと、途端に面倒な人間になる」
少しだけ、苦笑が混じった。
「気づいたら、技術者なのに、自分で作りたいものを決められなくなってた」
創は何も言わずに聞いていた。
「それで、辞めたんですね」
「うん」
梓は頷いた。
「怖かったよ」
その一言だけは、今までよりもずっと小さかった。
「会社を辞めたら、今まで積み上げてきたものが全部なくなる気がした。次の仕事が見つかる保証もなかったし」
「……」
「だから、辞めるって決めたあとも、最後まで迷ってた」
梓は少しだけ遠くを見る。
「でも、あの会議で『ここにいても、自分が作りたいものは作れない』って思った瞬間に……もう戻れなかった」
創は、その言葉を聞いてから、少し考えた。
そして、昼間の記事を思い出す。
「……でも」
「ん?」
「さっきの記事」
創は梓を見る。
「もし、あれが梓さんの考えていたものと本当に同じなら――」
「うん」
「梓さんが考えたこと自体は、間違ってなかったんじゃないですか?」
梓は答えなかった。
「会社で採用されなかったからって、技術そのものの価値がなくなるわけじゃない」
「……」
「実際、似た技術が製品になるところまで来てるんですよね」
梓はしばらく黙っていた。
やがて、ふっと息を吐く。
「……そういう考え方、したことなかったな」
「そうですか?」
「うん」
梓は記事が表示されていた画面を見る。
「辞めてからずっと、『自分は何を捨てたんだろう』って考えてたから」
「……」
「でも、あんたにそう言われると――」
梓は少しだけ笑った。
「……まあ、悪くなかったのかもね」
「はい」
「ただし」
梓が創を指差した。
「だからって、あんたの会社で同じことになるのは嫌だからね」
「え?」
「技術者が『これを作りたい』って言ったときに、上が『儲からないから却下』って言うような会社にはしたくない」
「……なるほど」
創は苦笑した。
「それ、俺が決めるんですか?」
「社長でしょ?」
「……そうでした」
梓は笑った。
「まあ、私も好き勝手言うから。そのつもりでいて」
「分かりました」
創も笑った。
「できるだけ聞きます」
「『できるだけ』じゃない」
「……はい」
「ちゃんと聞いて」
「はいはい」
「返事が軽い」
工房に、小さな笑い声が響いた。
少し前まで、会社を辞めたことを悔やんでいた梓が、今は自然に笑っている。
創は、それを見て少しだけ安心した。
「――でも」
梓が、ふと真面目な顔に戻る。
「ここに来てから、ちょっと変わったんだよね」
「何がですか?」
「技術を作ることが、また楽しくなった」
梓は工房に並ぶゴーレムを眺めた。
「まだ荒削りだし、普通のメーカーなら絶対に通さないような設計もある。でも、あんたは最初から『できるか、できないか』で考える」
「……」
「『できるなら、どうやる?』って聞いてくる」
梓は、少し照れたように笑った。
「それが、結構好きなんだよね」
創は、少しだけ驚いた。
「――ここで、やっていきたいってことですか?」
「うん」
梓はまっすぐに創を見る。
「そういう場所で、もう一度、一からやってみたいと思った」
「……」
「それが、ここに残るって決めた本当の理由」
創は、少し考えてから頷いた。
「分かりました」
「何が?」
「梓さんが、ここでやりたいと思ってくれてるなら――」
創は工房を見渡した。
「俺も、ちゃんと応えられる会社にします」
「会社?」
梓が眉を上げる。
「まだ工房でしょ?」
「いずれ会社にしますよ」
「……そっか」
梓は少しだけ笑った。
「じゃあ、楽しみにしてる」
「はい」
「ただし、社長になったからって、技術者の話を聞かなくなったら――」
「なったら?」
「そのときは、私が止めるから」
「……お願いします」
梓は満足そうに頷いた。
◇
その夜。
梓を見送った創は、工房の入口で足を止めた。
「――ノア」
『はい、マスター』
「梓さんの技術、大事にしたいな」
『同感です』
ノアは少し間を置いてから続けた。
『梓様が積み重ねてきた技術を、ここでさらに発展させられるといいですね』
「……ああ」
創は工房の中を振り返った。
そこには、梓が調整していたゴーレムが並んでいる。
まだ小さな工房だ。
人も少ない。
設備だって、大企業とは比べものにならない。
それでも――。
ここには、自分たちで決められる自由がある。
作りたいものを、作りたいと言える。
そして、それを実現するために挑戦できる。
創は、静かに拳を握った。
「……もっと大きくしないとな」
『工房を、ですか?』
「ああ」
創は頷いた。
「梓さんだけじゃない。これから、もっと人が増える」
技術者が集まる。
作り手が集まる。
自分たちの技術を、自分たちの意思で形にできる場所を作る。
そのためには、今のままでは足りない。
「――まずは、もっと売らないとな」
『現実的な結論ですね、マスター』
「そこは笑うところじゃないだろ」
『失礼しました』
ノアの声に、わずかな笑いが混じったような気がした。
窓の外には、静かな夜が広がっている。
まだ始まったばかりの工房。
けれど、創には少しずつ見えてきていた。
この場所を、ただゴーレムを作るだけの工房で終わらせない。
技術者が、自分の作りたいものを追い続けられる場所にする。
――そんな未来を。
「……やるか」
創は、誰に言うでもなく呟いた。
工房の明かりを消した。
第58話、お読みいただきありがとうございます。
独立を決めた、本当の理由。
その奥にあった悔しさと、それでも前を向く強さを、感じていただけたら嬉しいです。
次話では、また新しい出会いが待っています。




