第57話 梓回①
梓が正式に加わってから、一週間が過ぎた。
工房の朝は、以前より少しだけ騒がしくなっていた。
「――創、これ持って」
「はい」
「それと、そこのレンチ」
「これですか?」
「そうそう」
創が工具を渡すと、梓は礼も言わずにゴーレムの脚部へ向き直る。
「……梓さん」
「ん?」
「休憩、しませんか?」
「してるよ」
「どこがですか」
「今、三秒くらい手を止めた」
「それは休憩とは言いません」
「細かいなあ」
梓は笑いながら、再び工具を動かし始めた。
この一週間で、工房の風景は大きく変わった。
これまで創が一人で抱えていた整備作業の多くを、梓が引き受けるようになったのだ。
点検待ちだったゴーレムは、目に見えて減っていた。
しかも、ただ整備するだけではない。
「――創、ここの設定、変えた方がいい」
「どこですか?」
「膝関節。今のままだと、重い荷物を持ったときに、微妙に反応が遅れる」
「……分かるんですか?」
「動かせば分かるよ」
梓は、ゴーレムの脚部を軽く叩いた。
「機械って、音や振動に出るから」
創には、まだそこまでの違いを感じ取れなかった。
だが、梓の調整後に動かしてみると、確かに反応が違った。
「……すごいですね」
「何が?」
「俺には分からなかった違いが、梓さんには分かる」
「そりゃ、何年やってると思ってるの」
梓は、得意そうに笑った。
その日の夕方。
一通りの整備を終えた梓が、一体のゴーレムの前で足を止めた。
「――なあ」
「はい?」
「このゴーレムたち、最初はもっと酷かったんでしょ」
創は目を瞬いた。
「……どうして分かるんですか?」
「跡が残ってる」
梓は、関節部分を指でなぞった。
「削った跡。付け直した跡。それから、何度も調整した痕跡」
「……」
「かなり試行錯誤したんだね」
創は、少し照れくさそうに笑った。
「最初なんて、三歩歩いただけで倒れてましたよ」
「へえ」
「何度も失敗して、そのたびに直して……今の形になりました」
梓は、しばらくゴーレムを見つめていた。
「……いいじゃん」
「え?」
「そういうの」
梓は、珍しく静かな声で言った。
「最初から完璧なものなんて、面白くないでしょ」
そして、ゴーレムの肩を軽く叩く。
「失敗して、直して、また動かす。その繰り返しで良くなっていく」
「……梓さんも、そうだったんですか?」
「まあね」
梓は工具を置いた。
「私も昔は、そういうことばっかりやってた」
「鷹宮重工で?」
梓の表情が、ほんの少しだけ変わった。
「……うん」
短い返事だった。
創は、これ以上聞くべきか迷った。
だが、梓の方から口を開いた。
「私、本当は搭乗型ゴーレムを作りたかったんだ」
「――搭乗型?」
「そう」
梓は、作業台に腰を預けた。
「人が乗り込んで操縦するタイプ。今あるゴーレムより、ずっと大きな機体」
創は、思わず工房に並ぶゴーレムを見た。
「……そんなものを?」
「昔から好きだったんだよね。大きな機械が動くの」
梓は、少し照れたように笑った。
「だから鷹宮重工に入ったのも、その仕事に関われると思ったから」
「それで、作れたんですか?」
「――作れなかった」
梓の返事は、あまりにもあっさりしていた。
「企画は何度も出した。設計もした。試算もした。技術的な問題も、一つずつ潰していった」
「……それでも?」
「却下」
梓は肩をすくめた。
「採算が合わない。需要が読めない。事故が起きた場合の責任が重い。理由はいくらでも出てきたよ」
創は黙って聞いていた。
「一番悔しかったのはね」
梓は、少しだけ笑った。
「技術的に無理だと言われたことじゃない」
「……」
「『今、それを作る意味がない』って言われたこと」
工房に、静かな時間が流れた。
「できないんじゃない。やらせてもらえない」
梓は、ぽつりと言った。
「何年も考えて、設計して、ようやく形が見えてきたところで、それを全部『前例がない』の一言で終わらされた」
創は、その言葉を聞いて、胸の奥に引っかかるものを感じた。
「……俺も、似たようなことがありました」
「創が?」
「俺の『ゴーレムマスター』ってスキル、最初はハズレ職扱いでした」
梓が創を見る。
「何ができるのかも分からない。戦闘にも向いてない。そんな理由で、最初から期待されてなかった」
「……そっか」
「だから、梓さんの気持ちが全部分かるとは言えません。でも――」
創は、少し考えてから続けた。
「やりたいことを、最初から『無理だ』って決めつけられるのが嫌だって気持ちは、少し分かります」
梓は、しばらく何も言わなかった。
やがて、小さく笑った。
「……なるほどね」
「何ですか?」
「だから、あんたはここまで来られたのかもね」
「え?」
「誰かに『無理』って言われても、自分で試してみる」
梓は、ゴーレムを見た。
「この子たちも、そうやって作ったんでしょ?」
創は、静かに頷いた。
「……はい」
「なら、私と似てるじゃん」
梓は笑った。
「違うのは、あんたは実際に成功させちゃったところだけど」
「……それは、結果論ですよ」
「結果を出した人間が言うと、説得力あるなあ」
梓は、からかうように笑った。
少しだけ空気が軽くなる。
「それで、鷹宮重工を辞めたんですか?」
創が尋ねると、梓は頷いた。
「うん」
「後悔は?」
梓は、少し考えた。
「……あるよ」
意外な答えだった。
「作りたかったからね。途中で投げ出したみたいで、今でもたまに悔しくなる」
梓は、工房を見渡した。
「でも、ここに来てよかったと思ってる」
「……どうして?」
「ここには、最初から『できない』って言う人がいないから」
梓は、創を見る。
「少なくとも、あんたはそうじゃない」
創は、少しだけ笑った。
「……潰すつもりはありませんよ」
「知ってる」
梓は工具を手に取った。
「だから、来たんだよ」
その日の作業を終え、梓が帰ろうとしたときだった。
工房の出口で、ふと足を止める。
「――なあ、創」
「はい?」
「いつかさ」
梓は、振り返った。
「搭乗型ゴーレム、作ってみない?」
創は、思わず言葉を失った。
「……俺が?」
「うん」
「まだ、考えたこともないですよ」
「じゃあ、これから考えればいいじゃん」
あまりにも簡単に言うので、創は思わず苦笑した。
「そんな簡単な話じゃないでしょう」
「知ってるよ」
梓は笑った。
「だから、面白いんじゃん」
そう言って、梓は工房を出ていった。
一人残された創は、しばらくその場に立っていた。
「――ノア」
『はい、マスター』
「搭乗型ゴーレムって……どう思う?」
『現時点では、必要な技術や安全性、動力、操縦方式など、検討すべき課題が多数存在します』
「……だよな」
『ですが』
ノアが、ほんの少し間を置いた。
『技術的に不可能であるとは、判断できません』
創は、思わず笑った。
「……そうか」
工房に並ぶゴーレムを見渡す。
今まで、自分が考えていたのは、目の前の事業をどう軌道に乗せるかということばかりだった。
だが――。
もっと大きなゴーレム。
人が乗り込むゴーレム。
それが、どんな姿になるのか。
創の頭の中に、まだ輪郭すらない巨大な機体の姿が、一瞬だけ浮かんだ。
「……いつか、な」
まだ遠い未来の話だ。
けれど、その夜。
創の中にも、確かに一つの夢が生まれ始めていた。
第57話、お読みいただきありがとうございます。
搭乗型ゴーレムへの想いと、それを阻んだ組織の理不尽さ。
創自身の経験と重なる部分もあり、静かに共感の広がる回になったのではないでしょうか。
次話では、この想いの奥にある、本当の理由に迫ります。




