第56話 梓、登場
「――整備を任せられる人、か」
翌朝、創はギルドの掲示板にある求人欄の前に立っていた。
美咲と相談した結果、まずは簡単な求人を出して、反応を見ることになった。
創が貼り出したのは、簡素な一枚の紙だった。
『ゴーレム整備補助 募集』
仕事内容と連絡先だけが書かれている。
「――こんな簡単な募集で、本当に来るかな」
『機体整備の経験者は、探索者業界でも多くありません』
ノアが答える。
『特に、マスターのゴーレムは一般的な量産機とは構造が異なります。適任者を見つけるには、時間がかかる可能性があります』
「――だよな」
創は、張り紙を見つめた。
「でも、待ってるだけじゃ何も始まらないしな」
そう言って、工房へ戻った。
その日の夕方だった。
工房の扉が勢いよく開いた。
「――ここ、ゴーレム整備の求人を出してるところ?」
振り返ると、一人の女性が立っていた。
作業着に、使い込まれた工具バッグ。
髪は無造作にまとめられているが、その目だけは、工房に並ぶゴーレムを見た瞬間から鋭く輝いていた。
「――はい。そうですけど」
創が答えると、女性は挨拶もそこそこに工房の中へ入ってきた。
「ちょっと見せてもらっていい?」
「――え?」
「ゴーレム」
女性は、返事を待つより先に、一体のゴーレムへ近づいた。
しゃがみ込み、足首の関節を眺める。
次に腕。
肩。
腰。
最後に胸部の魔力回路へ視線を移した。
「……へえ」
女性が、小さく呟いた。
「これ、誰が作ったの?」
「――俺です」
「全部?」
「はい」
女性は、創の顔を見る。
「独学?」
「基本的には」
「……面白い」
その言葉と同時に、女性は工具バッグから小さな測定器を取り出した。
「ちょっと動かしていい?」
「――どうぞ」
創が許可すると、女性はゴーレムの関節を軽く動かした。
カチッ。
小さな音が響く。
「――ここ」
女性が、肩関節を指差した。
「微妙に抵抗がある」
「――分かりますか?」
「分かるよ。右と左で、反応速度がほんの少し違う」
創は、思わずゴーレムを確認した。
「ノア」
『確認します』
女性の動きが、ぴたりと止まった。
「――今の声、何?」
「あ……」
創は、少し迷ったが、隠すことでもないと判断した。
「――俺の相棒です。名前は、ノア」
『お初にお目にかかります』
ノアの声が、改めて響いた。
女性は、しばらく創の顔と、声のした方――ゴーレムの近くに置かれたスマートフォンを、交互に見比べていた。
「――スマホが、喋った?」
「はい」
「AIってこと?」
「――まあ、そんな感じです」
女性は、しばらく黙っていたが、やがて興味深そうな顔で頷いた。
「――へえ。面白いじゃん」
それ以上、深く追及してくることはなかった。
数秒後。
『右肩関節の応答速度に、約三パーセントの遅延があります』
「――本当だ」
創が驚いて女性を見る。
女性は、得意げに笑った。
「でしょ?」
「……すごいな」
「これくらい、整備士なら普通」
「いや、俺には分からなかったです」
「だったら、ここに私が来た意味はあるかもね」
女性は立ち上がった。
「神楽坂梓」
ようやく、そこで名乗った。
「よろしく」
「白瀬創です。こちらこそ……」
創が頭を下げると、梓は工房を見回した。
「ここ、本当に少人数でやってるんだ」
「はい。今までは俺一人で整備してました」
「そりゃ限界も来るわ」
梓は、点検待ちのゴーレムを見ながら呟いた。
「これだけ数が増えたら、一人じゃ無理だよ」
「――やっぱり、そう思いますか」
「思う」
即答だった。
「それに、このゴーレム……」
梓は、一体の前で立ち止まる。
「普通のゴーレムじゃないよね」
創の表情が僅かに強張った。
「――どういう意味ですか」
「動作制御が妙に細かい。普通なら、こんな制御は必要ない」
梓は、ゴーレムの腕にそっと手を置いた。
「なのに、こいつは人間みたいに細かく動く」
「……」
「誰が設計したの?」
「――俺です」
「そっか」
梓は、それ以上追及しなかった。
「じゃあ、もっと触ってみたい」
創は苦笑した。
「――仕事として、ですか?」
「もちろん」
梓は工具バッグを肩に掛け直した。
「前は鷹宮重工にいた」
「――鷹宮重工……」
創は思わず声を上げた。
搭乗型ゴーレムの開発や量産で知られる、大手メーカーだ。
「そこで整備を?」
「開発側」
「開発……」
「機体制御と関節機構を担当してた」
創は、改めて梓を見た。
それなら、この技術力にも納得できる。
「――どうして辞めたんですか?」
一瞬。
梓の表情から笑みが消えた。
「……色々あって」
「すみません。聞かない方がよかったですね」
「別にいいよ」
梓は肩をすくめた。
「ただ、あそこでやってたら、たぶん私は今よりつまらない人間になってた」
「――つまらない?」
「会社の都合より、ゴーレムの性能を優先したかった」
梓は、それだけ言うと話を切り上げた。
「それより、求人の話」
「はい」
「給料は?」
創は、一瞬言葉に詰まった。
「――正直に言うと、大手ほどは出せません」
「ふーん」
「まだ事業を立て直している途中なので……」
「別にいいよ」
梓は、あっさり答えた。
「面白そうだから」
「――え?」
「このゴーレム、もっと触ってみたい」
梓は、目の前の機体を指差した。
「それに、あんたがどんなものを作ろうとしてるのか、興味がある」
創は、思わずノアへ意識を向けた。
『技術面については、高い適性があると判断します』
ノアが答える。
『ただし、正式採用については、美咲さんとの面談を行った上で決定することを推奨します』
「――そうだな」
創は頷いた。
「すぐに決めるのはやめておきます。明日、美咲さんにも会ってもらって、その上で正式に決めましょう」
「了解」
梓は、あっさり頷いた。
「じゃあ今日は、見ててもいい?」
「――見るだけですか?」
「我慢できたらね」
「……」
創は苦笑した。
「分かりました。ただし、勝手に改造するのは禁止です」
「分かってるって」
梓は笑いながら、早速点検待ちのゴーレムへ向かった。
「……こいつ、結構ガタが来てるな」
「――え?」
「関節だけじゃない。魔力回路も少し調整した方がいい」
創が近づく。
「どこですか?」
梓は、指先で胸部の回路を示した。
「ここ。今の設定だと、地上で長時間動かしたときに、制御負荷が偏る可能性がある」
創は、思わずノアへ確認した。
『……解析結果と一致します』
「――マジか」
梓は、満足そうに笑った。
「ほらね」
「いや……」
創は、思わず笑ってしまった。
「これは、期待できそうだ」
その夜。
創は、美咲に電話で今日の出来事を説明した。
「――鷹宮重工の開発部門出身ですか」
「はい。かなり腕は良さそうです」
「それは心強いですね」
美咲は少し考えてから続けた。
「ただ、正式採用は明日、私も面談してからにしましょう」
「――分かりました」
「創さん」
「はい?」
「今度は、一人で決めないでくださいね」
創は、一瞬黙った。
そして苦笑する。
「――分かってます」
以前なら、自分だけで判断していただろう。
だが、今は違う。
現場を支える凛。
経営を支える美咲。
そして、技術面を支えることになるかもしれない梓。
少しずつ、自分一人ではできないことを、仲間に任せられるようになってきた。
工房へ戻ると、梓はまだゴーレムの前にいた。
「――まだやってたんですか」
「うん。この子、思ったより面白い」
「この子?」
創が聞き返すと、梓は少し不思議そうな顔をした。
「ゴーレムだよ?」
「いや、普通は『これ』とかじゃないですか?」
「機械だって、作った人間がいるんだから」
梓は、ゴーレムの肩を軽く叩いた。
「大事にした方がいいでしょ」
創は、その言葉を聞いて、少しだけ目を細めた。
「――変わった人ですね」
「よく言われる」
梓は笑った。
工房の明かりの下。
新しい技術者との出会いが、静かに始まっていた。
そして創は、まだ知らなかった。
神楽坂梓との出会いが、単なる整備担当者の加入では終わらないことを。
第56話、お読みいただきありがとうございます。
新しい技術者との、賑やかな出会いでした。
「単なる整備担当者の加入では終わらない」――その予感通り、この先の展開にご注目ください。
次話では、彼女の過去に迫ります。




