第55話 ダンジョンの外へ
問い合わせのあった企業との面談は、三日後に決まった。
「――ノア、相手の会社について、分かっていることは?」
工房で、創は資料を確認しながら尋ねた。
『中規模の物流倉庫を運営する企業です。地域密着型で、業界内での評判も悪くありません』
「――倉庫、か」
創は、その一文を何度か読み返した。
「ダンジョンとは、まったく関係ない場所だよな」
『はい。今回の問い合わせは、倉庫内での重量物の運搬や仕分け作業に、ゴーレムを活用できないか、というものです』
美咲が資料を覗き込みながら言った。
「ダイブTubeで公開した、複数体による連携作業が目に留まったようですね」
「――正直、考えたこともなかったです」
創は、率直に答えた。
「ゴーレムって、ずっとダンジョンの中で使うものだと思ってたので」
『技術的には、地上でも問題なく稼働できます』
ノアが静かに答える。
『ただし、ダンジョン内と地上では、魔力環境が異なります』
「――どう違う?」
『ダンジョン内は魔力濃度が高いため、ゴーレムの稼働に必要なエネルギーを周囲から補いやすい反面、魔力場そのものが制御上のノイズになります』
「――なるほど」
『地上では、その逆です。周囲から得られる魔力が少ないため、こちらで消費するエネルギーは増えます。しかし、魔力場が安定しているため、細かな動作制御は行いやすくなります』
創は、目を見開いた。
「――じゃあ、荷物を丁寧に扱うような仕事は、むしろ地上の方が向いてるってことか」
『少なくとも、理論上はそうなります』
美咲が資料を閉じた。
「だったら、実際に試してみましょう」
「――そうですね」
創は頷いた。
これまで、自分の仕事は「探索者を支える仕事」だと、当たり前のように考えていた。
だが、ゴーレムそのものの可能性を考えれば、その用途はダンジョンだけに限られない。
そのことに、創は初めて気づき始めていた。
◇
三日後。
創と美咲は、問い合わせのあった物流倉庫を訪れていた。
出迎えたのは、倉庫管理を担当している田中という中年の男性だった。
「――本日は、わざわざありがとうございます」
「こちらこそ、お声がけいただいてありがとうございます」
創が頭を下げると、田中は早速、倉庫内を案内してくれた。
広い建物の中には、大小さまざまな荷物が並んでいる。
その一角では、作業員たちが重い木箱を運んでいた。
「――見ての通り、うちは慢性的な人手不足でしてね」
田中が苦笑する。
「特に、重量物を扱える人間がなかなか集まらないんです」
「なるほど……」
創は、倉庫内を見渡した。
ダンジョンとは、まるで違う。
モンスターもいない。
崩落の危険もない。
だが、その代わり、常に人が動いている。
「――ゴーレムを使う場合、人との接触事故をどう防ぐかが重要になりそうですね」
美咲が言う。
「その点も含めて、今日は確認させていただきたいと思っています」
「もちろんです」
田中は頷いた。
創は、倉庫の一角に十分なスペースを確保すると、収納から二体のゴーレムを呼び出した。
「――これが、うちのゴーレムです」
田中と作業員たちの視線が集まる。
創はゴーレムに向かって指示を出した。
「――作業開始」
二体のゴーレムが動き出す。
一体が木箱を持ち上げ、もう一体が先行して通路の安全を確認する。
人が近づくと、ゴーレムは速度を落とし、安全距離を確保して停止した。
人が離れると、再び作業を再開する。
「――なるほど……」
田中が、思わず声を漏らした。
木箱を運ぶ動作も、想像以上に滑らかだった。
持ち上げる際に荷物を揺らさず、移動中も速度を一定に保つ。
棚の前では、数センチ単位で位置を調整し、静かに荷物を置いた。
「――揺れが、ほとんどない」
「はい。細かな制御には自信があります」
創が答える。
田中は、しばらくゴーレムの動きを見つめていた。
「正直、もっと力任せに運ぶものだと思っていました」
「そういう使い方もできます。ただ、今回のような環境では、安全性を優先しています」
「なるほど……」
田中は頷いた。
「これなら、一度実際の現場で試してみたいですね」
美咲がすぐに反応した。
「試験運用という形でしょうか?」
「ええ。二週間ほど、実際の作業に入ってもらうことはできますか?」
創は美咲と顔を見合わせた。
「――もちろんです」
こうして、ゴーレムの地上運用、その第一歩が始まった。
◇
二週間の試験運用は、決して順調なことばかりではなかった。
ダンジョンとは違い、倉庫では常に人が動いている。
作業員が予定外の場所を通ることもあれば、荷物の配置が変更されることもある。
そのたびに、ゴーレムの動線を調整しなければならなかった。
「――ノア、このルートだと、午後の作業員と重なります」
『確認しました。動線を三メートル東側へ変更します』
「――了解」
作業を止める。
安全を確認する。
そして、再開する。
一見すると、地味な繰り返しだった。
だが、創は一つ一つの問題を記録し、改善していった。
二週間の試験運用を終えた頃には、作業員たちもゴーレムの動きに慣れ始めていた。
「最初は、正直ちょっと怖かったんですよ」
田中が笑う。
「でも、これだけ安全確認を徹底するなら、むしろ人間同士より安心できる場面もありますね」
「ありがとうございます」
「ただ、作業効率については、もう少し改善できそうですね」
「はい。こちらでもデータを確認して、改良案を出します」
初日の頃と比べれば、作業効率は確実に向上していた。
それでも、創は成功を急がなかった。
「――まだ試験運用ですから。改善できるところは、全部洗い出します」
田中は、その姿勢を見て頷いた。
「そういうところが、信頼できるんでしょうね」
◇
倉庫案件が軌道に乗り始めた頃。
工房では、別の問題が静かに大きくなっていた。
「――ノア、今週の整備予定……また増えてないか?」
夜。
創は作業台に並んだ点検待ちのゴーレムを見て、眉を寄せた。
『はい』
ノアの返事は、いつもより短かった。
『通常業務に加え、倉庫案件の稼働分が上乗せされています』
「――そうだよな」
創は、頭を掻いた。
「探索者向けの仕事も、倉庫の試験運用も、両方順調なのは嬉しいんだけど……」
『整備が、追いついていません』
創は黙って、点検待ちのゴーレムを見つめた。
関節の摩耗。
魔力回路の劣化。
荷重制御の反応速度。
どれも、放置すればいずれ大きな事故に繋がる可能性がある。
これまでは、創一人でも何とか回せていた。
しかし、今は違う。
「――一人じゃ、もう厳しいか」
『はい。恐れながら、そう思います』
「……そろそろ、限界ってことか」
『このまま案件数が増えれば、品質を維持できなくなる可能性があります』
その言葉に、創の表情が引き締まった。
「――それは、絶対に避けないとな」
『はい』
創は、しばらく考え込んだ。
「――誰か、整備を任せられる人が必要ってことだよな」
『はい。技術面を専門に担っていただける方が必要です』
「でも、ゴーレムの整備なんて……」
創は言葉を止めた。
ゴーレムは、普通の機械とは違う。
魔力回路があり、ゴーレム化によって生じた特殊な構造もある。
単純な機械整備の知識だけでは足りない。
「――誰でもいいわけじゃないよな」
『その通りです』
「……そんな人、いるかな」
創は苦笑した。
だが。
この言葉が、思いがけない出会いへと繋がっていくことを、このときの創はまだ知らなかった。
第55話、お読みいただきありがとうございます。
ダンジョンの中から始まった技術が、初めて地上へと踏み出した回でした。
「そんな人、いるかな」という何気ない一言が、次の大きな出会いに繋がっていきます。
次話をどうぞお楽しみに。




