第53話 ダイブTube開設②
投稿から一晩が明けた。
朝、工房に入った創は、いつもより早く端末の前に座った。
昨夜公開した、ダイブTubeの初回動画。
事故の件まで自分の口から説明しただけに、反応を見るのが怖かった。
「――ノア。どうなってる」
『動画の再生状況を確認します』
「……頼む」
ノアが数字を読み上げる。
『現在の再生回数は、八千四百二十七回。コメントは三百件を超えています』
「――八千……?」
創は、思わず画面を二度見した。
「そんなに見られたのか?」
『はい。探索者向け配信としては、かなり早いペースです』
創は、恐る恐るコメント欄を開いた。
そこには、様々な意見が並んでいた。
**「ちゃんと事故のことまで説明してるの、好感持てる」**
**「複数体を同時に動かすところ、実際に見ると凄いな」**
**「荷物運搬のゴーレム、普通に便利そう」**
**「こういう地味な仕事に需要あるんだよな」**
一方で、厳しい意見もある。
**「説明したからって事故がなくなるわけじゃない」**
**「今さら信用できるか」**
**「安全性の証明がないのは事実だろ」**
創は、しばらく画面を見つめていた。
「――やっぱり、まだ怒ってる人もいるな」
『はい』
ノアは、淡々と答えた。
『ですが、批判の内容が変化しています』
「――変化?」
『以前は、事実と異なる情報を前提にした批判が多く見られました。現在は、実際の事故や安全性について質問する意見が増えています』
創は、コメント欄をもう一度見た。
確かにそうだった。
「ゴーレムは本当に命令を無視しなかったのか」
「安全装置はどうなっている?」
「レンタルした場合、事故の責任は誰が負う?」
単なる悪口ではない。
知ろうとしている質問が増えている。
「――これなら、答え続ければいいんだな」
『はい。質問に対して、事実を積み重ねて回答していくことが重要だと思います』
創は、小さく頷いた。
「……分かった」
その日の昼。
創がギルドに立ち寄ると、凛がすぐに声をかけてきた。
「――見たぞ」
「……配信ですか?」
「それ以外に何がある」
凛は、少し呆れたように笑った。
「ダイブTubeって名前、最初はどうかと思ったけどな」
「美咲さんが考えたんです」
「まあ、覚えやすいのは確かだな」
凛は腕を組んだ。
「事故のことまで、自分から話してたな」
「――正直、かなり怖かったです」
「だろうな」
凛は、少しだけ表情を緩めた。
「でも、逃げなかった。それは大きいと思うぞ」
創は、照れくさそうに頭を掻いた。
「……ありがとうございます」
「礼を言われるようなことじゃない」
凛はそう言ってから、少し真面目な顔になった。
「ただし、これからだぞ」
「――はい」
「一回配信しただけで信用が戻るほど、世の中甘くないからな」
その言葉は、美咲と同じだった。
「分かってます」
創は、力強く頷いた。
その日の午後。
工房に一本の電話が入った。
「――白瀬さん、でしょうか」
聞き覚えのある声だった。
「はい」
「以前、ゴーレムをお借りした者です」
創は、思わず姿勢を正した。
値下げを始めた頃、何度かゴーレムを利用してくれていた探索者だった。
事故の後、連絡が途絶えていた相手でもある。
「――お久しぶりです」
「動画、拝見しました」
相手の声には、少し迷いがあった。
「正直に言うと、事故の後は、もう利用するつもりはありませんでした」
「……はい」
「でも、動画を見て、少し考えが変わりました」
創は、黙って次の言葉を待った。
「事故について、あそこまで正直に話すとは思っていませんでした。それに、ゴーレムがどう動いているのかも、実際に見られました」
「ありがとうございます」
「それで……一度、相談したいことがあるんですが」
「――はい。何でしょうか」
「また、ゴーレムを借りることはできますか?」
創は、一瞬、言葉を失った。
「――もちろんです」
声が、少し震えた。
「ありがとうございます」
電話が切れる。
創は、しばらく受話器を持ったまま動かなかった。
「――ノア」
『はい』
「……戻ってきてくれた」
『はい』
「一人だけだけど……戻ってきてくれた」
『それは、大きな一歩だと思います』
創は、ゆっくりと息を吐いた。
「……そうだな」
すべてが元に戻ったわけではない。
事故の傷跡も消えていない。
協会の認可も、まだない。
経営だって、ようやく赤字から抜け出す道を探し始めたばかりだ。
それでも。
失ったものの一つが、ほんの少しだけ戻ってきた。
その事実が、創には何より嬉しかった。
その夜。
工房では、創、美咲、ノアの三人で、次回の配信について話し合っていた。
「――次は何を撮りましょうか」
美咲が資料を広げる。
「ゴーレムの性能紹介だけでは、宣伝に見えすぎます。もっと実際の仕事を見せたほうがいいでしょう」
「――なら、採掘補助はどうですか?」
創が答えた。
「実際のダンジョンで、ゴーレムがどう働くのかを見てもらう」
美咲が少し考える。
「いいですね。ただし、安全面の説明は必須です」
『実演中の安全手順も、すべて記録して公開できます』
ノアが続ける。
『依頼開始前の点検から、ゴーレムへの命令、撤退判断まで、一連の流れを見せれば、視聴者にも理解していただきやすいと思います』
創は、頷いた。
「――決まりだな」
美咲が笑う。
「では、次回は実地検証ということで」
「はい」
創は、端末に表示されたダイブTubeの画面を見つめた。
再生回数は、少しずつ増え続けている。
批判もある。
疑問もある。
だが、その中には、確かに興味を持ってくれる人もいる。
「――ノア」
『はい、マスター』
「今度は、俺たちの仕事そのものを見てもらおう」
『承知しました』
創は、椅子から立ち上がった。
まだ、再出発したばかりだ。
だが今度は、焦って結果を求めるつもりはなかった。
一件ずつ。
一日ずつ。
積み重ねた仕事そのものを、信頼に変えていく。
それが、今の創にできる、唯一の戦い方だった。
第53話、お読みいただきありがとうございます。
初めての配信への反応と、久しぶりに戻ってきてくれた依頼者との一件。
焦らず、一件ずつ積み重ねていく創の姿勢に、成長を感じていただけたら嬉しいです。
次話をどうぞお楽しみに。




