第52話 ダイブTube開設①
「――配信、ですか?」
創は、美咲の言葉を聞き返した。
「ええ」
美咲は、作業台の上に資料を広げた。
「前にお話しした『すべてを見せる』という方針を、具体的な形にします」
「――動画で、ですか」
「はい」
美咲は、資料にいくつかの項目を書き出していた。
「普段どんな仕事をしているのか。ゴーレムはどう動くのか。安全対策をどうしているのか。そして――」
美咲の指が、資料の一番下で止まった。
「事故についても」
創の表情が、わずかに曇った。
「……やっぱり、そこも出しますか」
「出します」
美咲は、迷いなく答えた。
「隠してしまえば、また『何か隠している』と言われます。だったら、最初から自分たちの口で説明した方がいい」
「――でも、また炎上するかもしれません」
「その可能性はあります」
美咲は、あっさり認めた。
「だからこそ、事実だけを伝えます。言い訳もしない。誰かを悪者にする必要もありません」
創は、しばらく黙っていた。
事故の光景が、頭に浮かぶ。
怪我をした新人探索者。
広がった噂。
そして、協会からの却下。
できれば、もう思い出したくない。
だが――。
「……分かりました」
創は、ゆっくりと頷いた。
「やりましょう」
美咲が、小さく笑う。
「ありがとうございます」
「ただ……俺、こういうの苦手ですよ」
「知っています」
「即答ですか」
「この前の配信テスト、挨拶だけで三回撮り直しましたよね」
「……あれは忘れてください」
工房の隅から、ノアの声が響いた。
『記録には残っています』
「ノア」
『はい』
「消してくれ」
『どの記録でしょうか』
「……全部だ」
『承知しました』
美咲が、思わず吹き出した。
「こういうところは、普段通りでいいと思います」
「……そうですか?」
「ええ。完璧な企業を演じる必要はありません」
美咲は、資料を閉じた。
「今の私たちに必要なのは、立派に見せることではなく、何をしているのかを知ってもらうことです」
その言葉に、創は小さく頷いた。
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チャンネル名を決めるまでには、少し時間がかかった。
「ゴーレム工房チャンネル」
「硬すぎますね」
「白瀬ゴーレムチャンネル」
「普通すぎます」
「ゴーレム探索記」
「探索が中心に見えます」
いくつか候補を出したものの、なかなか決まらない。
そのとき、美咲が一枚のメモを見せた。
「――ダイブTube、というのはどうでしょう」
「ダイブTube?」
「ダンジョンへ『ダイブ』する。そこに動画配信の『Tube』を合わせました」
創は、その名前を口の中で転がした。
「……分かりやすいですね」
「覚えやすさもあります」
「じゃあ、それでいきましょう」
こうして、探索者チャンネル――『ダイブTube』が開設された。
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初回の撮影は、工房の一角で行うことになった。
簡単な撮影機材を設置し、背景を整える。
「……本当に、これでいいんですか?」
カメラの前に立った創は、落ち着かない様子で周囲を見回した。
「大丈夫です」
美咲がカメラの横から答える。
「創さんは、普段通り話してください」
「普段通り……」
創は、深呼吸した。
カメラのレンズを見る。
そして――。
「……えーっと」
一瞬、頭が真っ白になった。
「……初めまして」
ノアの声が、横から飛んでくる。
『マスター、少し硬くなっています』
「分かってる」
『もう一度、撮り直しますか?』
「……いや。このままでいこう」
創は苦笑した。
「改めまして。ゴーレムを使った運搬や採掘補助を行っている、白瀬創です」
そこからは、少しずつ言葉が出てきた。
「今日は、俺たちが普段どんな仕事をしているのか、実際に見てもらおうと思います」
創が合図すると、一体のゴーレムが動き出す。
荷物を持ち上げる。
指定された場所まで運ぶ。
積み下ろす。
続いて、別のゴーレムが資材を仕分けていく。
さらに二体が連携し、狭い場所から大型の荷物を慎重に運び出した。
『現在の実演では、複数のゴーレムを連携させています』
ノアが説明を加える。
「俺たちが重視しているのは、速さだけじゃありません」
創は、ゴーレムの動きを見ながら続けた。
「荷物を壊さないこと。周囲の人にぶつからないこと。そして、無理な命令を受けた場合でも、安全を優先すること」
創が一つのゴーレムを停止させる。
「こういう確認も、毎回行っています」
派手な戦闘もない。
驚くような魔法もない。
ただ、ゴーレムが淡々と仕事をこなしていく。
それでも創は、それでいいと思った。
今、自分たちが必要としているのは、派手な宣伝ではない。
「ちゃんと仕事をしている」
そのことを知ってもらうことだった。
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撮影の最後。
美咲が、創に目配せした。
「事故についても、触れましょう」
「……はい」
創は、一度だけ息を吐いた。
カメラを見る。
「最後に、先日の事故について説明します」
声が、少しだけ硬くなった。
「先日、貸し出していたゴーレムの利用者が負傷する事故がありました」
創は、事実を一つずつ説明していく。
ゴーレムが制止していたこと。
利用者がその制止に従わず、危険区域へ進入したこと。
その結果、負傷者が出たこと。
そして――。
「ゴーレム側の制御に異常は確認されませんでした」
そこで、創は一度言葉を止めた。
「ですが、事故が起きたことに変わりはありません」
美咲が、静かに頷いた。
創は続ける。
「俺自身、今回の件を重く受け止めています。安全確認の手順や、利用者への説明について、改めて見直しました」
「今後も、必要な改善は続けていきます」
最後に、創は深く頭を下げた。
「見ていただき、ありがとうございました」
撮影終了。
カメラの録画ランプが消えた。
創は、その場で大きく息を吐いた。
「……疲れた」
『お疲れさまでした、マスター』
「これ、毎回やるのか?」
『継続する予定です』
「……頑張ります」
美咲が笑った。
「まずは一本目です。最初から結果を求めすぎないでください」
「――そうですね」
投稿ボタンを押す。
短い確認画面が表示される。
創は、その画面をしばらく見つめていた。
「……これで、本当に公開されるんですよね」
「ええ」
「……じゃあ」
創は、ボタンを押した。
『動画を公開しました』
画面に、その文字が表示された。
ほんの数秒。
それだけだった。
「……始まったな」
創が呟く。
美咲は、静かに頷いた。
「ええ。ここからです」
その直後。
画面の隅に、小さく表示された視聴者数が、一人、二人と増えていった。
創は、その数字をじっと見つめた。
まだ、ほんのわずか。
それでも――。
これが、失った信頼を取り戻すための、新しい一歩だった。
第52話、お読みいただきありがとうございます。
「隠さず全部見せる」という、新しい方針の第一歩でした。
小さな視聴者数の増加に、大きな一歩を重ねていただけたら嬉しいです。
次話、その反応が明らかになります。




