第51話 再出発
協会から正式な却下通知を受けてから、一週間が過ぎた。
創は、工房の作業台を挟んで、美咲と向かい合っていた。
机の上には、今後の事業計画をまとめた資料が並んでいる。
「――協会の後ろ盾は、当面、期待できません」
美咲が、淡々と口を開いた。
「今回の却下は、単純に実績不足という話ではありません。AIゴーレムを安全に運用するための制度そのものが、まだ整っていない。すぐに状況が変わるとは考えない方がいいでしょう」
「――分かりました」
創は、資料を見つめた。
「でも、それで事業を諦めるつもりはありません」
迷いのない声だった。
美咲が、小さく頷く。
「そう言うと思っていました」
そして、別の資料を取り出した。
「そこで、まず事業の形を整理します」
「――整理?」
「はい」
美咲は、少し言葉を選ぶように続けた。
「以前、創さんは『会社を作る』と決意されたと伺いました。ですが、そこから今まで、次々と問題が重なって、正式な手続きにまで手が回らなかった。実態としては、まだ個人の請負活動に近い状態のままでした」
創は、苦笑した。
「――耳が痛いです」
あの夜、計画書に書き記した一文を、創ははっきりと覚えていた。
だが、あの決意を形にする前に、値下げの判断ミスがあり、事故があり、協会の却下があった。気づけば、宣言だけが先走り、実態が追いついていなかった。
「これからは違います」
美咲は、資料を指で示した。
「事業として本気で継続していく以上、正式に個人事業主として開業し、収支や契約、責任の所在を明確にします。まずは、そこからです」
創は、静かに頷いた。
「――やっと、あの夜の決意に、追いつける気がします」
「ええ。協会の認可が得られないからこそ、自分たちで守るべき部分を、きちんと整える必要があります」
美咲は、さらに資料をめくった。
「そして、当面の主力を変更します」
「――戦闘関連を、抑える?」
「はい」
「ですが、ゴーレムを貸すこと自体が問題というわけではありません」
美咲は、念を押すように続けた。
「昔から、ギルドなどを通じた作業用ゴーレムの貸与はあります。ただ、創さんのゴーレムは、従来のものとは性質が違います」
「AIによる制御……」
「そうです。特に探索者の戦闘を直接支援する用途では、事故が起きた際の責任や安全性について、今の制度では判断が難しい」
創は、黙って聞いていた。
「だから、しばらくは、そこを無理に攻めない」
美咲が、別の項目を指差す。
「荷物運搬。採掘補助。資材の運搬や仕分け。こうした、明確に実績を積み上げられる仕事に集中します」
「――原点に戻るわけですね」
創が呟いた。
これまで続けてきた仕事。
採掘。
運搬。
あの頃は、それだけで精一杯だった。
だが、今は違う。
収納スキルがある。
ノアがいる。
そして、複数のゴーレムを自在に運用できる。
「……同じ仕事でも、今ならもっと効率よくできます」
創の目に、わずかな光が戻った。
「ええ。それが、今の私たちの強みです」
その日のうちに、創は必要な手続きを進めた。
個人事業主として正式に開業し、事業としての収支や契約を改めて整理する。
書類を提出し終えた創は、建物を出たところで足を止めた。
「――なんだか、不思議な感じですね」
「何がです?」
「今までずっと仕事はしてきたのに……今になって、ようやく本当の意味でスタートラインに立った気がします」
美咲は、少しだけ笑った。
「なら、ここからが本番ですね」
「――はい」
その日から、創たちの仕事は変わった。
派手な依頼は減った。
だが、その代わり、一件一件の仕事を丁寧にこなすことを徹底した。
荷物運搬。
採掘補助。
資材の仕分け。
ダンジョン内での安全な運搬経路の確保。
一つ一つは、決して華やかな仕事ではない。
それでも――。
「――ノア、今日の依頼は?」
『荷物運搬が二件、採掘補助が一件です』
「――地道だな」
『はい』
ノアは、少し間を置いて続けた。
『ですが、現在の私たちにとって、非常に重要な仕事です』
「……そうだな」
創は、ゴーレムたちを見た。
以前なら、ただの「稼ぐための仕事」としか思わなかった。
今は違う。
一件の仕事を、安全に終える。
約束した時間を守る。
依頼された荷物を、傷一つなく届ける。
そうした当たり前の積み重ねが、今の自分たちには必要だった。
夕方。
ギルドで凛と顔を合わせると、彼女は創の顔を見て、小さく笑った。
「――少し、落ち着いたみたいだな」
「――はい。まだ大変ですけど」
「無理はするなよ」
「肝に銘じます」
凛と別れた後、工房へ戻る道を歩いていると、美咲がふと口を開いた。
「――創さん」
「はい?」
「一つ、提案があります」
「何でしょうか」
「今回の事故と、協会の却下。どちらも、私たちにとって大きな痛手でした」
「……はい」
「でも、それを隠そうとする必要はありません」
創は、美咲を見る。
「むしろ、全部見せてしまいましょう」
「――全部?」
「事故が起きたことも。なぜ事故が起きたのかも。協会に却下されたことも。そして、今、どんな仕事をしているのかも」
美咲は、まっすぐ創を見た。
「都合のいい部分だけを見せるのではなく、失敗も含めて見てもらうんです」
創は、しばらく黙っていた。
頭の中に、これまでの出来事が浮かんでくる。
値下げ。
赤字。
事故。
炎上。
協会の却下。
どれも、できれば忘れてしまいたい出来事だった。
だが――。
「……隠したところで、何も変わりませんね」
「ええ」
創は、前を向いた。
「だったら、俺たちが何をしているのか、最初から全部見てもらえばいい」
「――はい」
「実際の仕事を見てもらって、安全にやっているところも、失敗したところも、全部」
創の声に、少しずつ力が戻っていく。
「今度は、言葉だけで信頼してもらおうとするんじゃない。俺たち自身の仕事を見てもらって、少しずつ信頼を取り戻す」
美咲は、満足そうに頷いた。
「そのための方法を、一緒に考えましょう」
「――お願いします」
夕暮れの空を見上げながら、創は静かに息を吐いた。
協会に認めてもらえなかった。
事故で信用も失った。
経営判断も、大きく間違えた。
それでも――。
終わったわけではない。
むしろ、ここからだった。
今度は、誰かの後ろ盾に頼るのではなく。
自分たちの仕事そのもので、信頼を積み上げていく。
創は、新しい一歩を踏み出した。
第51話、お読みいただきありがとうございます。
どん底から、もう一度立ち上がる。誰かの後ろ盾ではなく、自分たちの仕事そのもので信頼を積み上げていく――そんな決意を描いた回でした。
次話では、新しい信頼回復の手段が動き出します。




