↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレ職『ゴーレム使い』は現代ダンジョンで成り上がる ~ゴーレム工房から始まる世界一のダンジョン企業~  作者: さきら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/82

第49話 美咲の過去

美咲が加わってから、工房の空気は明らかに変わった。


それまで創とノアだけで管理していた収支や依頼状況が、次々と整理されていく。


「創さん、これ、先週分です」


「――もう、まとめたんですか?」


「はい。依頼件数、稼働率、整備費。それぞれ分けてあります」


美咲が作業台の上に資料を並べた。


「値下げ前と比較すると、依頼件数そのものは増えています。ただ、利益率が落ちすぎています」


「――やっぱり、そこですよね」


「ええ。技術そのものに問題があるわけではありません。問題は、売り方と料金設定です」


創は苦笑した。


「耳が痛いな……」


「それくらいで丁度いいんです」


美咲は淡々と答えた。


「経営で一番怖いのは、間違っていることより、間違いに気づけないことですから」


創は、改めて美咲の手際を眺めた。


「――美咲さんって、前は大手商社にいたんですよね」


「はい。法人営業を五年、その後、マーケティング部門に二年です」


「営業からマーケティングまで……結構、長かったんですね」


「ええ」


美咲は資料を揃えながら、少しだけ遠くを見るような目をした。


「でも、辞めました」


「――何かあったんですか?」


美咲の手が止まった。


「……ありました」


短い沈黙。


「前の会社では、ある新規事業の立ち上げに関わっていたんです」


「新規事業?」


「小規模な事業者向けのサービスでした。現場からは評判が良かった。でも、会社としては、思ったほど数字が伸びなかった」


美咲は、淡々と話し始めた。


「そこで、上から言われたんです。『この事業は利益率が低い。優先順位を下げろ』と」


「――現場では評判が良かったのに?」


「はい」


美咲は小さく頷いた。


「私は、利用者の声を集めて、改善案を出しました。でも、決定をするのは私ではありません」


創は黙って聞いていた。


「結局、その事業は縮小されました。数字だけを見れば、仕方のない判断だったと思います」


「……それでも、納得できなかった?」


「少し違います」


美咲は、静かに首を振った。


「納得できなかったのは、事業が終わったことじゃありません」


「――じゃあ?」


「自分で何も決められなかったことです」


その言葉だけは、今までより少し強かった。


「現場の人間が何を求めているのか。何を変えれば良くなるのか。分かっていても、私には決定権がなかった」


美咲は、一度、息を吐いた。


「そのときに思ったんです。だったら、自分で決められる場所に行こうって」


「――それで、独立したんですか」


「はい」


美咲は苦笑した。


「ただ、独立すれば自由になれると思っていたのは、甘かったです」


「――そうなんですか?」


「営業も経理も資料作成も、全部自分です。仕事を取れなければ収入はゼロ。会社員だった頃には見えなかったことが、山ほどありました」


創は、思わず笑った。


「……俺も、似たようなものです」


「でしょうね」


美咲も、少し笑った。


「だから、創さんを見たとき、少し気になったんです」


「俺を?」


「はい」


美咲は、工房の奥に並んだゴーレムへ目を向けた。


「技術だけなら、他にも優秀な人はいると思います。でも、創さんは、自分が作ったものを実際に人に使わせて、その結果を見て、失敗したら改良している」


「――それが、そんなに珍しいですか?」


「珍しいですよ」


美咲は即答した。


「普通は、失敗すると隠したくなります。特に、今みたいに経営が苦しいと」


創は、少し気まずそうに視線を逸らした。


「……それは、まあ」


「でも創さんは、事故の件でも逃げなかった」


「逃げるわけにはいきませんから」


「そこです」


美咲は創を見た。


「私は、そこを見て、この人なら賭けてもいいと思いました」


創は、言葉を失った。


「値下げの判断は、経営者としては失敗です」


「――はい」


「でも、失敗したあとに、それを認められる人は意外と少ないんです」


美咲は、資料を閉じた。


「創さんには、技術があります。それだけじゃない。自分の判断で失敗して、自分で責任を取ろうとしている」


「……買いかぶりですよ」


「かもしれません」


美咲は、少しだけ笑った。


「でも、私が独立した理由も、結局はそこなんです」


「――自分で決めたかった」


「はい」


美咲は、はっきりと頷いた。


「だから、今度は自分が選んだ場所で、最後までやってみたいんです」


工房に、短い沈黙が落ちた。


やがて創が口を開く。


「――俺も、似たような理由で会社を辞めました」


「そうなんですか?」


「ええ。会社員だった頃は、何かを変えたいと思っても、自分一人じゃ何も変えられないことが多かった」


創は、苦笑した。


「だから、辞めました。……まあ、辞めた後に待っていたのが、こんな生活だとは思ってませんでしたけど」


「私もです」


二人は顔を見合わせた。


そして、どちらからともなく笑った。


「――でも」


創が工房を見回す。


「今は、変えられるんですよね」


「はい」


美咲もゴーレムへ目を向けた。


「だから、変えましょう」


その言葉に、創は力強く頷いた。


「――お願いします、美咲さん」


「こちらこそ」


美咲は資料を手に取り直した。


「では、明日から本格的に立て直します」


「――はい」


「まず、料金体系を再構築します。それから、事故対応。今後の営業方針。そして――」


「……結構ありますね」


「当然です」


美咲は、いつもの調子で答えた。


「今まで何も考えずに走ってきたんですから、立て直すのにも、それなりに時間がかかります」


「……お手柔らかに」


「無理です」


即答だった。


創は苦笑する。


「ですよね」


工房の外では、夕暮れの街に明かりが灯り始めていた。


経営危機は、まだ何一つ解決していない。


それでも創は、この日初めて、美咲がなぜここにいるのかを理解した。


この人もまた、自分の意思で道を選び直した人間なのだ。


そして今、二人は同じ場所に立っている。


倒れかけた小さな事業を、もう一度、自分たちの手で立て直すために。


第49話、お読みいただきありがとうございます。


なぜ彼女が、この小さな事業に賭けてくれたのか。その理由が見えてきた回でした。


「自分の意思で道を選び直した人間」同士が、同じ場所に立つ――そんな感慨を感じていただけたら嬉しいです。


次話では、いよいよ協会への正式な申請が動き出します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。