第47話 レンタル事故
大赤字が発覚してから、数日。
創は、料金体系の見直しと今後の資金繰りについて、ノアと何度も検討を重ねていた。
値下げを撤回するのか。
依頼数を減らしてでも利益率を戻すのか。
それとも、別の収益源を探すのか。
どの案を選んでも、簡単にはいかない。
そんな中だった。
『――マスター』
ノアの声が、突然、低くなった。
「どうした?」
『緊急事案です。貸与中のゴーレムについて、利用者から事故報告が入りました』
創の手が止まった。
「事故?」
『はい。探索者パーティの一名が、ゴーレムの制止命令を無視して単独でモンスターへ接近。その際に負傷したとのことです』
「――怪我の程度は?」
『骨折を伴う重傷との報告です。現在、救護班による搬送が行われています』
創は椅子から立ち上がった。
「現場は?」
『現在地を表示します』
「すぐ行く」
創は必要な装備だけを掴み、工房を飛び出した。
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現場に到着すると、すでに騒ぎになっていた。
救護班が負傷した探索者を担架に乗せて運んでいる。
その少し離れた場所では、貸与したゴーレムが停止した状態で立っていた。
創は、まずゴーレムのもとへ駆け寄った。
「ノア、記録を」
『確認済みです』
ゴーレムの命令履歴が、創の頭の中に表示される。
警告。
停止命令。
再度の警告。
それでも探索者は前へ出ている。
そして、攻撃を受けた。
創は、画面を何度も確認した。
「……命令は、ちゃんと出てる」
『はい。ゴーレム側の制御異常は確認されていません』
それを聞いても、創の胸は軽くならなかった。
「――でも、怪我人が出た」
『はい』
ノアは、それ以上、何も言わなかった。
創は、担架で運ばれていく探索者を見つめた。
ゴーレムに問題はなかった。
それは事実だ。
だが――。
「……それで、いいのか?」
自分でも、何に対して問いかけているのか分からなかった。
ゴーレムが正しく動いていた。
それでも、人が怪我をした。
その事実だけが、重く残った。
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その日の夜。
創は工房で、探索速報の画面を見つめていた。
事故の情報は、すでに広がっている。
そして、事実とは異なる書き込みも混じり始めていた。
**「ゴーレムが暴走して新人が大怪我」**
**「やっぱりゴーレムは危険だった」**
**「あのゴーレムマスター、とうとう事故を起こしたらしい」**
創は眉をひそめた。
「……暴走なんてしてない」
『はい。記録上も、明確に否定できます』
「なのに、もう暴走したことになってるのか」
『情報が急速に拡散しています』
ノアが、いくつかの投稿を並べた。
『もう一点、不自然な傾向があります』
「何だ?」
『事故発生から短時間のうちに、複数のアカウントから類似した内容の投稿が集中しています』
創は画面を睨んだ。
「……ダンジョンガードか?」
『断定はできません』
ノアの返答は、いつも通り冷静だった。
『ただし、組織的な情報拡散が行われている可能性はあります』
「……そうか」
創は、拳を握った。
怒りはあった。
だが、それ以上に気になっていたことがある。
「ノア」
『はい』
「もし、ゴーレムがちゃんと命令を聞いてたとしても……」
創は言葉を探した。
「使う人間が無茶をしたら、事故は起きるんだよな」
『現状の仕様では、その可能性を完全に排除することはできません』
「……やっぱりか」
創は椅子に深く腰を下ろした。
これまで自分は、ゴーレムそのものを安全にすることばかり考えていた。
命令通りに動く。
異常があれば停止する。
危険を検知すれば警告する。
それで十分だと思っていた。
だが――。
「使う人間が、警告を無視したら?」
『事故を完全に防ぐには、利用者側の行動まで考慮する必要があります』
「……そこまで考えないと、安全とは言えないのか」
『少なくとも、今回の事故を踏まえれば、その検討は必要だと思われます』
創は黙り込んだ。
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翌日。
ギルドの受付には、キャンセルの連絡が相次いでいた。
「申し訳ありません。今回の件を聞いて、少し様子を見たくて……」
「しばらく、ゴーレムの利用は控えます」
「また落ち着いたらお願いします」
創は、一件一件に頭を下げた。
責められているわけではない。
それでも、胸が痛かった。
ここまで積み上げてきた信頼が、たった一つの事故で崩れていく。
その日の午後。
ギルド職員が、創を呼び止めた。
「創さん。少し、お話があります」
「はい」
職員は、言いにくそうに口を開いた。
「今回の事故を受けて、こちらでもゴーレムについて改めて確認しました」
「……何か問題が?」
「いえ。ゴーレムそのものではありません」
職員は一度、言葉を切った。
「そもそも――ゴーレムの安全性を、公的に評価・保証する制度が存在していないんです」
「……え?」
創は、聞き返した。
「探索者には資格制度があります。危険な装備にも、それぞれ一定の基準があります。でも、ゴーレムについては、これまで本格的な利用を想定した制度そのものが整備されていません」
「――でも、契約先が業務用のゴーレムを従業員に使わせるのは、昔から普通に行われてますよね。あれは、何も問題にならないんですか」
「ええ。あちらは、スキルを持つ操作者本人が扱う、いわば会社の備品の延長のようなものです。免許を持つ従業員が社用車を運転するのと同じ扱いで、そこに特別な認可は必要ありません」
職員は、続けて説明した。
「問題なのは、探索者資格はあっても、ゴーレムマスタースキルを持たない方に、ダンジョンの中で貸し出して使っていただくという、創さんが切り開かれた業態そのものなんです。こういう形は、これまで前例がありませんでした」
「じゃあ……」
創は、言葉を失った。
「俺が、どれだけ安全なゴーレムを作っても、それを公的に証明する方法がない?」
「正確には、現状では非常に難しいです」
職員は申し訳なさそうに答えた。
「実績があることと、公的に安全性が認められていることは、別なんです」
創は、何も言えなかった。
これまで、自分は実績を積めばいいと思っていた。
事故を起こさない。
依頼を成功させる。
利用者に信頼してもらう。
それで少しずつ認めてもらえると。
だが、それだけでは足りない。
「……制度がないなら」
創は、小さく呟いた。
「俺たちは、何を根拠に『安全です』って言えばいいんだ?」
その問いに、職員は答えられなかった。
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工房へ戻った創は、しばらく何もせず、作業台の上に並んだゴーレムを見つめていた。
「ノア」
『はい』
「探索者協会に、正式に申請する」
『認可申請、ということでしょうか』
「ああ」
創は、ゴーレムを見つめた。
「実績だけじゃ駄目なら、公的に認めてもらうしかない」
『申請には、相応の準備が必要になると思われます』
「分かってる」
創は頷いた。
だが、その表情に余裕はなかった。
金は減っている。
事故で信用も揺らいでいる。
そのうえ、安全性を証明する制度すら整っていない。
「……厳しいな」
『はい』
「でも、ここで諦めるわけにはいかない」
創は立ち上がった。
「事故を起こした以上、逃げるんじゃなくて、向き合わないとな」
『……はい、マスター』
その夜。
創は初めて、事業を続けることそのものではなく、
**「どうすれば、このゴーレムを社会に受け入れてもらえるのか」**
を考え始めていた。
そして数日後。
創の前に、一人の女性が現れることになる。
経営の綻びを指摘し、創とは正反対の視点から事業を見つめる女性――美咲。
この出会いが、崩れかけた事業を立て直す最初の一歩になるとは、この時の創にはまだ分からなかった。
第47話、お読みいただきありがとうございます。
経営危機に加えて、新たな困難が重なってしまいました。
それでも、「どうすれば社会に受け入れてもらえるのか」を考え始めた創の姿に、まだ折れない強さを感じていただけたら嬉しいです。
次話では、心強い新しい出会いが訪れます。




