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ハズレ職『ゴーレム使い』は現代ダンジョンで成り上がる ~ゴーレム工房から始まる世界一のダンジョン企業~  作者: さきら


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第45話 綻び

値下げを始めてから、二週間が過ぎた。


創の予想通り、依頼は増えた。


いや――予想以上だった。


「――ノア、今月の集計は出たか」


夜。


工房の作業台に広げた帳簿を眺めながら、創は尋ねた。


『はい。先ほど集計を終えました』


「どうだった?」


『依頼件数は、先月比で約一・八倍です』


「――一・八倍」


創の口元が、わずかに緩んだ。


「やっぱり、値下げした効果はあったんだな」


『はい。新規顧客の増加という点では、明確な効果が確認できます』


「なら――」


創は、その先の言葉を待った。


ノアは、少し間を置いてから続けた。


『ただし、利益は先月比で約三割減少しています』


「…………三割?」


笑いかけていた創の表情が、止まった。


「依頼が一・八倍になってるのに?」


『はい』


「売上そのものは?」


『増加しています』


「じゃあ、どうして利益が減る」


『主な要因は、貸与料金の引き下げです』


ノアは淡々と説明を続けた。


『さらに、依頼件数の増加に伴い、ゴーレムの稼働時間も増加しています』


工房の奥へ視線を向ける。


そこには、今日も一日中働き続けたゴーレムたちが並んでいた。


『整備回数は先月比で約一・五倍。部品交換も増加しています』


「――そうか」


『稼働率が上がったことで、維持費も増加しています』


創は、帳簿に目を落とした。


依頼件数。


売上。


整備費。


部品代。


魔石代。


一つ一つの数字を追っていく。


そして、最後に残る数字を見て、創は黙り込んだ。


「……忙しくなったのに」


『はい』


「前より、金が残ってない」


『その通りです』


創は、椅子の背もたれに体を預けた。


「――なんだよ、これ」


値下げを決めたときには、利用者を増やせば、いずれ利益につながると思っていた。


安くする。


借りる人が増える。


口コミが広がる。


実績が積み上がる。


そして、事業が大きくなる。


考え方そのものは、間違っていないはずだった。


だが――。


「……忙しいほど、苦しくなってるじゃないか」


『現在の料金体系では、その傾向が強くなっています』


「このまま続けたら?」


『稼働率がさらに上昇した場合、利益率は一層低下する可能性があります』


創は、黙って帳簿を見つめた。


「――料金を戻すしかないのか」


『少なくとも、現状の料金を長期間維持することは推奨できません』


「でも……」


創は言葉を濁した。


ようやく増え始めた依頼者たち。


値下げをきっかけに、初めてゴーレムを借りてくれた探索者もいる。


ここで料金を戻せば、せっかく増えた客が離れてしまうかもしれない。


「……今さら値上げしたら、失望されるよな」


『その可能性はあります』


「だよな」


創は、額に手を当てた。


値下げを決めたときには、これが正解だと思っていた。


それが今では、自分の判断が事業を苦しめている。


「――俺、何か間違えたのかな」


『マスター』


ノアの声が、少しだけ柔らかくなる。


『今回の判断が、すべて誤りだったとは言えません』


「……え?」


『利用者は増えました。新規顧客の獲得という目的は、達成されています』


「でも、利益が減ってる」


『はい。問題は、次の段階です』


「次の段階?」


『増えた利用者を維持しながら、利益を確保できる料金体系と運用方法を構築する必要があります』


創は、しばらく考え込んだ。


「――なるほど」


値下げそのものが失敗だったわけではない。


問題は、その先を考えていなかったことだ。


「……客を増やすことばかり考えて、その後のことを考えてなかった」


『その認識で間違いありません』


「手厳しいな」


『事実ですので』


創は苦笑した。


「――そこは、否定しないんだな」


その日の午後。


久しぶりに少し時間ができた創は、工房の中を見渡した。


ゴーレムたちは、次の依頼に備えて整備を待っている。


以前なら、余裕を持って一体ずつ確認できた。


今は違う。


「――ここもか」


一体の脚部を見ると、駆動部に小さな傷が入っていた。


「ノア、これ、いつから?」


『昨日の依頼終了後に発生したものと思われます』


「……昨日?」


『はい。応急処置を施してあります』


創は、眉を寄せた。


「応急処置で済ませてたのか」


『依頼が連続していたため、完全な整備は後回しにしました』


創は、しばらくゴーレムを見つめた。


依頼を増やす。


そのために値下げをする。


依頼が増える。


だが、整備が追いつかなくなる。


そして、維持費も増える。


「――このままじゃ、まずい」


今度は、はっきりと口にした。


夕方。


凛と合流すると、彼女は開口一番、創の顔を見て眉をひそめた。


「――最近、顔色悪くないか」


「そうですか?」


「前より疲れてる」


創は、少し苦笑した。


「依頼が増えたんで」


「それなら、いいことじゃないのか?」


「……それが、そうでもなくて」


創は、値下げの経緯と、その結果を正直に話した。


凛は黙って聞いていた。


「――つまり、仕事は増えた」


「はい」


「客も増えた」


「はい」


「でも、金は減った」


「……はい」


凛は、腕を組んだ。


「それ、普通に考えておかしくないか?」


「俺も、今そう思ってます」


「経営ってのは、難しいんだな」


「痛感してます」


凛は少し考えた後、静かに言った。


「――一人で抱え込むな」


「え?」


「あんた、技術のことになると何でも自分で考えるだろ」


「まあ……」


「でも、商売まで一人で何とかしようとする必要はない」


創は、返事をしなかった。


「ノアには相談してるんですけどね」


「それでも、だ」


凛は、まっすぐ創を見る。


「ゴーレムを作るのと、商売をするのは別の話だろ」


その言葉が、妙に胸に残った。


工房へ戻る道すがら、創は何度も考えていた。


ゴーレムを作ることなら、自信がある。


性能を上げることもできる。


現場で問題が起きれば、原因を探して改良すればいい。


だが――。


商売には、別の難しさがある。


良かれと思って打った手が、別の場所に負担を生む。


その事実を、創はようやく実感し始めていた。


「――ノア」


『はい』


「……明日から、もう一度、全部の数字を見直そう」


『承知しました』


「値段だけじゃない。整備費も、部品代も、人が増えたときのことも……全部だ」


『その判断を推奨します』


創は、小さく息を吐いた。


まだ、取り返せる。


そう思いたかった。


だが――。


帳簿の数字は、創が思っていた以上に、静かに悪化していた。


そして、その綻びは、すでに一つではなかった。


第45話、お読みいただきありがとうございます。


忙しくなっているはずなのに、なぜか手元にお金が残らない。


そんな違和感の正体が、少しずつ明らかになっていく回でした。


「まだ、取り返せる」――その願いが、次話でどうなるのか。どうぞお楽しみに。

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