第44話 値下げ策
「――ノア」
夜。
工房の机に広げた収支表を眺めながら、創はぽつりと呟いた。
「料金を、下げようと思う」
『――値下げ、ですか』
ノアの返事は、いつもよりわずかに間があった。
「ああ」
創は、収支表から顔を上げた。
「ダンジョンガードは、資金力が違う。広告も、人員も、設備も……俺たちとは比べものにならない」
『その通りです』
「だったら、別のところで勝負するしかない」
創は、料金表を指でなぞった。
「俺たちのゴーレムは、人を雇うより安くできる。それなら――もっと安く貸せばいい」
『マスター』
「料金を下げれば、今まで高いと思っていた人にも使ってもらえる。利用者が増えれば、口コミも増える」
創は、少しずつ熱を帯びていく自分の言葉に気づかないまま続けた。
「そうなれば、ダンジョンガードの広告なんて関係なくなる」
『しかし、現在の料金でも、十分な利益が確保できているとは言えません』
「分かってる」
『でしたら――』
「でも、このまま何もしないわけにはいかないだろ」
創は、言葉を遮った。
『……』
「凛さんまで引き抜こうとしてきたんだぞ」
拳に、力が入る。
「向こうは本気で俺たちを潰しに来てる。だったら、こっちも何か動かないと」
『値下げが、最善の対抗策とは限りません』
「じゃあ、他に何がある?」
創は、自分でも驚くほど強い口調で言った。
「広告費をかけられるわけじゃない。人を大量に雇えるわけでもない。設備だって、向こうの方が上だ」
一度、言葉を切る。
「だったら……俺たちにできるのは、値段を下げることくらいだろ」
ノアは、しばらく沈黙した。
『――試算を行います』
「頼む」
数秒後。
『一定の利用者増加を前提とした場合、短期的には売上を維持できる可能性があります』
「ほら」
創は、少しだけ安堵した。
『ただし、利用者が想定ほど増えなければ、利益は大きく減少します』
「……それは、分かってる」
『また、利用件数が増えれば、ゴーレムの整備費用や魔石の消費も増加します』
「それでも、やる」
創は、はっきりと言った。
「今は、利益を増やすことより、利用してくれる人を増やしたい」
『……承知しました』
ノアの声には、まだ迷いが残っていた。
『ただし、私は今回の判断を推奨しているわけではありません』
「分かってる」
『それでも実行されますか』
「――ああ」
創は、料金表を新しく作り直した。
翌朝。
ギルドの掲示板に、新しい料金表が貼り出された。
「期間限定・ゴーレム貸与料金、大幅値下げ!」
その文字を見つけた探索者たちが、次々と足を止める。
「――安くなってるぞ」
「本当だ。これなら一度、試してみてもいいな」
「前から気になってたんだよな」
「この値段なら、借りてみるか」
次々と声が上がる。
創は、その様子を少し離れたところから眺めていた。
「――ノア」
『はい』
「……やっぱり、間違ってなかったんじゃないか?」
『現時点では、判断できません』
「そっか」
創は苦笑した。
それでも、問い合わせを受ける受付の前に、人が集まり始めている。
「ゴーレムを借りたいんですけど」
「俺も予約できるか?」
「次の探索で使いたいんだが――」
これまでより明らかに多い。
創は、思わず笑みを浮かべた。
「――増えてる」
『はい。問い合わせ件数は、昨日までの平均を大きく上回っています』
「なら、これでいい」
創は、胸の奥にあった不安を押し込めるように頷いた。
「使ってもらえれば、ゴーレムの良さは分かってもらえる」
『……そうですね』
ノアは、それ以上、何も言わなかった。
その日の午後から、工房は一気に忙しくなった。
貸し出したゴーレムの整備。
返却された機体の確認。
新しい依頼の受付。
予約表の更新。
「――ノア、次の返却は?」
『十五時です。その後、整備を終えた機体を二体、別の依頼へ回します』
「了解」
創は休む間もなく作業を続けた。
以前なら、一日の終わりには余裕があった。
だが、今日は違う。
依頼は増えている。
確かに、利用者は増えている。
それだけを見れば、値下げは成功しているように思えた。
夜。
創は、机の上に置かれた収支表を見た。
「……」
『マスター』
「ん?」
『本日の利用件数は、過去最高です』
「そうだろ?」
『はい』
ノアは、そこで一度言葉を止めた。
『ですが――』
「……何だ?」
『売上の伸びは、利用件数の伸びほど大きくありません』
創は、収支表を見つめた。
確かに、以前より忙しくなっている。
それなのに、数字は思ったほど伸びていない。
「……まだ初日だろ」
『はい』
「利用者が増えれば、そのうち良くなる」
『……承知しました』
創は、深く考えるのをやめた。
「明日も忙しくなりそうだな」
『その可能性は高いと思われます』
「なら、頑張らないとな」
創は立ち上がった。
その背中を、ノアは静かに見つめていた。
値下げによって、確かに客は増えた。
だが――
「客が増えること」と「利益が増えること」は、同じではない。
その違いに、創が気づくのは、もう少し先のことだった。
第44話、お読みいただきありがとうございます。
焦りから来た、一つの決断。
「客が増えることと、利益が増えることは、同じではない」
その違いに、創が気づくのは、もう少し先のことです。
次話をどうぞお楽しみに。




