第43話 凛の忠誠
凛がダンジョンガードの誘いを断った。
その話は、創が思っていた以上の速さでギルド中に広がっていた。
「――聞いたか?」
「何を?」
「凛の話だよ。ダンジョンガードから声をかけられたのに、断ったらしい」
「マジか。あそこ、条件かなり良かったんだろ?」
「らしいぞ。装備も給料も、今よりずっと上だったって」
「それを蹴ったのか……」
そんな話が、あちこちから聞こえてくる。
創は、掲示板の前で依頼書を眺めながら、思わず苦笑した。
「……すごいことになってますね」
「聞こえてる」
隣にいた凛が、不機嫌そうに返す。
「別に、誰に話したわけでもないのに」
「でも、こういう話って広まるの早いですよね」
「余計なことばっかり早いんだよ」
凛は、ため息をついた。
その様子がおかしくて、創は少し笑う。
「凛さん、ちょっと嬉しそうですよ」
「どこがだ」
「いや、顔が」
「……殴るぞ」
「すみません」
創は慌てて依頼書に視線を戻した。
そんなやり取りをしていると、不意に視線を感じた。
顔を上げる。
ギルドの入口付近に、見慣れない男が立っていた。
年齢は四十代くらいだろうか。
探索者には見えない。
整った服装に、落ち着いた立ち姿。
男は掲示板を眺めているようにも見えたが、時折こちらへ視線を向けている。
「――ノア」
『確認しています』
「……あの人、知ってる?」
『人物を特定できる情報はありません』
男と目が合った。
ほんの一瞬。
男は何事もなかったように視線を外し、そのままギルドを出ていった。
「……何だったんだ?」
『現時点では判断できません』
凛も、男が出ていった扉を見ていた。
「――あいつ」
「知ってるんですか?」
「いや」
凛は首を振った。
「でも、探索者じゃないのは間違いないと思う」
「やっぱり?」
「歩き方が違う」
「……歩き方?」
「探索者は、もっと周りを見る」
凛は短く答えた。
「自分が見られてることに慣れてる奴の歩き方だ」
創は、もう一度入口を見る。
すでに男の姿はなかった。
「――ダンジョンガードでしょうか」
「分からない」
凛は即答した。
「ただ、そう考えておいたほうがいいかもしれないな」
「……はい」
それ以上は、二人とも口にしなかった。
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その日の夕方。
依頼を終えた創と凛は、ギルドの外で少しだけ話をしていた。
「――凛さん」
「何だ?」
「改めて聞いてもいいですか?」
「何を?」
「どうして、引き抜きを断ったんですか」
凛は、すぐには答えなかった。
夕暮れの空を見上げる。
「……前にも言っただろ」
「あんたのゴーレムを信じてる、って」
「はい」
「それも理由の一つだ」
「一つ?」
凛は、小さく息を吐いた。
「正直に言うと、最初は迷った」
創は黙って聞いた。
「条件は良かった。かなりな」
「……そうですよね」
「今のパーティより、ずっと楽になる部分もあったと思う」
凛は、少しだけ笑った。
「だから、即答できたわけじゃない」
「意外です」
「私だって人間だ」
「……すみません」
「謝るな」
凛は苦笑した。
「ただな」
少し間を置いて、凛は続けた。
「あんたと組んでから、変わったことがある」
「俺と?」
「ああ」
凛は、自分の腰に下げた剣を見る。
「昔の私は、ゴーレムなんて信用してなかった」
「知ってます」
「壊れたら終わり。命を預けるなんて、とてもじゃないけど考えられなかった」
「……はい」
「でも、あんたのゴーレムは違った」
凛は、そこで一度言葉を止めた。
「壊れなかったから、じゃない」
「え?」
「壊れないように、あんたが何度も直してたからだ」
創は、黙った。
「現場で問題が出るたびに、持ち帰って直す。次の日には、また試す。私が文句を言えば、嫌な顔をしながらも聞く」
「……文句、多かったですか?」
「多かった」
即答だった。
「そこは否定してほしかったんですけど」
凛は、少しだけ笑った。
「でもな。だから信用できるようになった」
その言葉は、思っていたより静かだった。
「完璧だから信用したんじゃない」
「……」
「失敗したときに、放っておかなかったからだ」
創は、胸の奥がじわりと熱くなるのを感じた。
凛は、照れたように視線を逸らした。
「だから、今さら別のところへ行く理由がなくなった」
「……それが、断った理由ですか」
「ああ」
「ありがとうございます」
「だから、礼はいいって」
凛は、少し困ったように笑った。
「私が勝手に決めただけだ」
「でも――」
「創」
凛が、珍しく名前を呼んだ。
「私は、誰かに忠誠を誓ってるわけじゃない」
「……はい」
「自分で選んだだけだ」
凛は、真っ直ぐ創を見る。
「ここで、あんたとやるって」
創は、しばらく何も言えなかった。
やがて、小さく笑う。
「……それなら、余計に嬉しいです」
「そうか」
「はい」
凛も、ほんの少しだけ笑った。
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工房へ戻ると、ノアが待っていた。
『マスター』
「ん?」
『本日の出来事について、一つ確認があります』
「何?」
『凛様の発言についてです』
「……何か?」
『「自分で選んだ」という言葉は、非常に重要だと思います』
創は、椅子に腰を下ろした。
「俺も、そう思う」
『引き抜きに応じなかったこと以上に、今後も協力する意思を、ご本人が自分の言葉で示された点に意味があります』
「……そうだな」
創は、少しだけ笑った。
「でも、だからこそ、俺もちゃんと応えないとな」
『はい』
「信頼されてるなら、それに甘えるわけにはいかない」
創は、作業台の上に置かれたゴーレムを見る。
「もっと良くしよう」
『承知しました』
「それから、今日の男のことも記録しておいて」
『すでに記録済みです』
「さすが」
創は立ち上がった。
凛が自分を選んでくれた。
その事実は、嬉しかった。
けれど、それと同時に、少し怖くもあった。
信頼は、もらっただけでは続かない。
仕事で返していくしかない。
創はゴーレムの整備台へ向かった。
その背後で、ノアが静かに告げる。
『マスター』
「ん?」
『明日から、少し忙しくなるかもしれません』
「……何か分かったのか?」
『まだ何も』
「じゃあ、どうして?」
『理由はありません。単なる予感です』
創は、一瞬きょとんとした。
それから、苦笑する。
「……お前にも、予感なんてあるんだな」
『学習の結果かもしれません』
「便利な言葉だな、それ」
創は笑いながら、工具を手に取った。
その頃。
ギルドから少し離れた通りで、一人の男が足を止めていた。
スマートフォンほどの大きさの端末を取り出し、短い文章を入力する。
『接触を確認。対象は想定以上に警戒している』
送信。
数秒後、返信が届いた。
『了解。次の段階へ』
男は画面を閉じた。
そして、何事もなかったように、人混みの中へ消えていった。
第43話、お読みいただきありがとうございます。
凛さんが、自分の意思で選んだ答え。その重みを、丁寧に描いた回でした。
そしてラスト、静かに動く、見えない存在。
次話をどうぞお楽しみに。




