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ハズレ職『ゴーレム使い』は現代ダンジョンで成り上がる ~ゴーレム工房から始まる世界一のダンジョン企業~  作者: さきら


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第42話 引き抜きの誘い

ダンジョンガード株式会社の広告がギルドに貼り出されてから、数日が過ぎた。


広告以外に目立った動きはない。


依頼も来る。


ゴーレムも問題なく動く。


それまでと何も変わっていない。


――表面上は。


「――ノア。何か変わったことは?」


工房で整備をしながら、創が尋ねる。


『現時点で、確認できる大きな変化はありません』


「そっか」


『ただし、静かな状態が続いていること自体を、安心材料にはできません』


「分かってる」


創は、ゴーレムの腕部を固定し直した。


最近は、何か起きるかもしれない、という感覚が抜けなくなっていた。


そのせいか、以前なら気にも留めなかった小さな出来事まで、妙に気になる。


そんな状態が続いていたある日のことだった。


ギルドで依頼の準備をしていると、凛がこちらへ歩いてきた。


いつもより早足だった。


「――あんた、ちょっといいか」


「はい。どうしたんですか?」


凛は、周囲を一度見回した。


「ここじゃ、少し話しにくい」


「……何かあったんですか?」


「来い」


凛に連れられ、ギルドの隅にある人の少ない場所まで移動する。


そこで、凛は腕を組んだ。


「――昨日、声をかけられた」


「誰に?」


「ダンジョンガードだ」


創は、思わず黙った。


「……何て?」


凛は、少しだけ目を伏せた。


「うちで働かないか、って」


「――引き抜き?」


「ああ」


創は言葉を失った。


先日、あの広告を見たばかりだ。


そこから、今度は直接、人に手を伸ばしてきた。


「条件は?」


「かなり良かった」


凛が即答した。


「給与も今より高い。装備も会社持ち。探索に必要な費用も、かなり融通が利くらしい」


「……それ、かなりの条件ですね」


「そうだな」


凛は、珍しく否定しなかった。


「正直、条件だけなら悪くなかった」


「――じゃあ」


「断った」


創は顔を上げた。


「……迷わなかったんですか?」


「迷ったよ」


意外な答えだった。


凛は、少しだけ苦笑する。


「私だって、金はいらないわけじゃない。装備だって、いいものが使えるなら、そのほうが楽だ」


「……」


「でもな」


凛は、創を見る。


「今さら、あんたのゴーレムがどうなるか分からないところで、私だけ抜けるのは気分が悪い」


「――それだけですか?」


「それだけじゃない」


凛は、少し考えてから続けた。


「自分で使って、良いと思ったものを、急に捨てる理由がなかった」


創は、返す言葉が見つからなかった。


凛は、照れ隠しのように顔を背ける。


「……だから断った。それだけだ」


「ありがとうございます」


「礼はいい」


「でも――」


「いいって言ってるだろ」


凛が少し強めに言う。


創は、思わず笑った。


「……分かりました」


「それより、問題はこっちだ」


凛の表情が戻る。


「わざわざ私に声をかけてきたってことは、あんたの周りを調べてる可能性がある」


「――俺を直接誘うんじゃなくて、凛さんを?」


「ああ」


凛は指を一本立てた。


「私たちは、あんたのゴーレムを実際に使ってる」


もう一本。


「しかも、継続して依頼してる」


さらに一本。


「現場で、改良にも協力してる」


「……現場データ」


「そういうことだ」


創の顔から笑みが消えた。


凛が離れれば、単純に一つのパーティを失うだけではない。


これまで積み上げてきた現場データも、信頼関係も、途切れる。


『マスター』


ノアの声が響く。


『凛様の推測には、一定の合理性があります』


「やっぱり?」


『ただし、ダンジョンガードが現場データを目的としていたと断定することはできません』


「……そこは、まだ分からないか」


『はい』


ノアが少し間を置く。


『引き抜きの目的は、単純な人材確保かもしれません。競合企業への牽制かもしれません。あるいは、別の目的がある可能性もあります』


「なるほど」


創は腕を組んだ。


「分からないことは、分からないままか」


『現時点では、その通りです』


凛がこちらを見る。


「誰と話してる?」


「あ……」


創は、しまったという顔をした。


「ノアです」


「……そうだったな」


凛は苦笑した。


「もう慣れた」


「それは助かります」


「でも、今の話は私も同じ意見だ」


「――何がですか?」


「分からないことを、勝手に決めつけないってことだ」


凛は、真っ直ぐ創を見る。


「相手が何を考えてるのか分からない以上、こっちが先走る必要はない」


「……はい」


「ただし、何もせずに待つのも違う」


「じゃあ、どうします?」


凛は少し考えた。


「今まで通り仕事をする」


「……いつも通り?」


「ただし、今までより丁寧にな」


創は、その意味を理解した。


依頼の記録。


貸し出したゴーレムの状態。


返却時の確認。


料金のやり取り。


そして、誰と、いつ、どんな話をしたのか。


「――証拠を残す」


「そういうこと」


凛は頷いた。


「何も起きなければ、それでいい。何か起きたときは、記録があったほうがいい」


「分かりました」


創は、静かに頷いた。


工房へ戻ったその夜。


創は、ノアと二人で記録方法を見直した。


「依頼ごとに記録を分ける」


『承知しました』


「貸し出したゴーレムも個体ごとに記録しよう。出発前と返却後の状態も残す」


『良いと思います』


「あと、仕入れ先とのやり取りも全部残す。口頭で済ませるのも、できるだけ減らそう」


『記録の一元化を行います』


創は、次々と項目を書き出していく。


気がつけば、作業台の上は紙でいっぱいになっていた。


「……面倒だな」


『はい』


「否定しないのかよ」


『ですが、必要な作業です』


「分かってる」


創は苦笑した。


それから、しばらく記録を眺める。


ふと、創は顔を上げた。


「――ノア」


『はい』


「俺、こういうの嫌いじゃないかもしれない」


『記録作業が、ですか?』


「違う」


創は、ゴーレムを見る。


「最初は、ただ自分のゴーレムが役に立つか試したかっただけだった」


少しずつ改良した。


現場へ持ち込んだ。


失敗した。


また直した。


依頼が増えた。


そして今、競争相手まで現れた。


「……気づいたら、ちゃんと商売になってきたんだな」


『はい』


「だったら――」


創は、記録用の帳面を閉じた。


「こっちも、それなりの商売人にならないとな」


ノアが、少しだけ間を置いて答える。


『その意気込みは、悪くありません』


「なんだよ、その言い方」


『マスターは、まだ少々抜けている部分がありますので』


「……お前まで言うか」


創は笑った。


不安が消えたわけではない。


ダンジョンガードが何を考えているのかも、まだ分からない。


ただ一つだけ、以前とは違うことがあった。


創はもう、自分の周りで起きていることを、ただ受け身で見ているだけではなかった。


記録する。


考える。


備える。


そして――ゴーレムを、もっと良くする。


それだけは、誰にも邪魔させるつもりはなかった。


第42話、お読みいただきありがとうございます。


いよいよ、相手が直接的な手を打ってきた回でした。


それでも創は、受け身のままではいません。


「記録する。考える。備える」――その姿勢に、経営者としての成長を感じていただけたら嬉しいです。


次話をどうぞお楽しみに。

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