第40話 休息日
「――マスター。本日は休息日です」
朝、いつものように身支度を整えていた創は、手を止めた。
「……休息日?」
『はい』
「そんな予定、入れてたか?」
『入っていません。私が設定しました』
「……勝手に?」
『はい』
あまりにも堂々と言い切られ、創は額を押さえた。
「なんでだよ」
『昨日、凛様から「倒れられたら困る」と言われました』
「それを予定に組み込んだのか?」
『マスターの健康状態と、直近の稼働状況を考慮した結果、本日は休息が適切と判断しました』
「いや、でも今日の依頼が――」
『すべて明日以降へ調整済みです』
「……仕事が早いな」
『ありがとうございます』
「褒めてない」
創は、深いため息をついた。
工房へ向かおうとしていた足が、そのまま止まる。
「……本当に、何もしなくていいのか?」
『はい』
「一日?」
『一日です』
「……暇になりそうだな」
『それも休息の一部かと』
「そういうものかね」
結局、創はノアに押し切られる形で、工房を出た。
だが、いざ自由になると、何をすればいいのか分からない。
買い物をしてもいい。
家で昼寝をしてもいい。
街をぶらついてもいい。
それなのに、頭の片隅では「工房に戻って、あれを調整しよう」という考えが浮かんでくる。
「……重症だな、俺」
『何か問題でも?』
「仕事がないと落ち着かない」
『それは、以前の生活との大きな違いですね』
「……そうだな」
会社員だった頃は、仕事が終われば家に帰った。
今は、仕事そのものが自分の生活の一部になっている。
それが嫌なわけではない。
むしろ、今は充実している。
ただ――。
「休むのも、仕事のうち……か」
そんなことを考えながらギルドへ向かっていると、聞き覚えのある声がした。
「――あんた、今日はどうした?」
振り向くと、凛が立っていた。
「凛さんこそ」
「私は買い出しだ」
「俺は……休みです」
「休み?」
凛は一瞬、意味が分からないという顔をした。
「ノアに強制的に休まされました」
「……ああ」
納得したように頷く。
「それはいい判断だな」
「凛さんまでそっち側ですか」
「当然だろ」
凛は、少し呆れたように言った。
「最近のあんた、働きすぎだ」
「そんなにですか?」
「見てれば分かる」
創は苦笑した。
「でも、休みって言われても、何をすればいいのか分からないんですよ」
「……じゃあ、手伝え」
「何をです?」
凛は腰に下げた剣を軽く持ち上げた。
「手入れ」
「それ、休みになります?」
「私にとってはなる」
「……なるほど」
結局、創は凛と一緒にギルドの片隅へ向かった。
凛が剣を抜く。
刃には細かな傷がいくつも残っていた。
「結構、使い込んでますね」
「毎日使ってるからな」
「これ、自分で手入れしてるんですか?」
「ああ」
「大変そうだ」
「慣れればそうでもない」
凛は布を取り出し、刃を丁寧に拭いていく。
創は、その横で手入れ用の油を渡した。
しばらく、二人とも何も話さなかった。
妙に気まずいわけでもない。
ただ、普段なら依頼の話ばかりしている相手と、何の目的もなく並んでいる。
それが、少し新鮮だった。
「――なあ」
凛が、不意に口を開いた。
「休みの日って、普段は何してるんだ?」
「……あんまり覚えてないです」
「覚えてない?」
「会社員だった頃も、休みの日は寝てるか、買い物してるか。それくらいでした」
「今も似たようなものじゃないか」
「でも、今は仕事が楽しいので」
創は少し考えてから、続けた。
「だから、休む必要があるって言われても、いまいち実感がなくて」
凛は手を止めた。
「……楽しいなら、なおさら休め」
「え?」
「好きなことでも、続けてれば疲れる」
凛は再び剣を磨き始めた。
「疲れてることに気づかない奴ほど、限界を超えてから倒れる」
創は、返す言葉がなかった。
「……凛さんって、意外と面倒見いいですよね」
「うるさい」
「褒めてるんですけど」
「褒め方が気に入らない」
創は思わず笑った。
その後も、二人は他愛のない話をしながら、しばらく作業を続けた。
仕事の話は、ほとんどしなかった。
夕方。
創が工房へ戻ると、ノアがすぐに声をかけてきた。
『本日の活動量は、通常より大幅に少なくなっています』
「そうだろうな」
『ですが、精神的な疲労については、昨日より改善しているようです』
「……分かるのか?」
『完全に把握できるわけではありません。ただ、マスターの発言数と作業への集中状態などから、ある程度は推測できます』
「なるほど」
創は椅子に腰を下ろした。
工房を見渡す。
いつもなら、ここに入った瞬間に「次は何を作るか」「どこを改良するか」と考え始める。
だが、今日は違った。
何も考えず、ただゴーレムを眺めている。
「……こういうのも、悪くないな」
『はい』
「明日からは、また忙しくなるんだろ?」
『その予定です』
「じゃあ、今日はこのままでいいか」
創は椅子に背を預けた。
窓の外では、夕暮れの空がゆっくりと暗くなっていく。
忙しい日々。
増えていく依頼。
積み重なっていく仕事。
そして、少しずつ増えていく、自分を気にかけてくれる人たち。
「……休むって、こういうことなのかもな」
『マスター?』
「いや、なんでもない」
創は小さく笑った。
久しぶりに、何もせず一日を終える。
そんな時間も、悪くなかった。
――だが。
翌朝。
ギルドへ入った瞬間、創は足を止めた。
いつもなら、朝一番から飛び交っている探索者たちの声が、妙に少ない。
受付の職員も、何人か集まって何かを話している。
そして――。
創の名前が、聞こえた。
「……白瀬さんが?」
その瞬間、受付の職員が創に気づいた。
「あ……白瀬さん!」
明らかに、困った顔をしている。
「ちょうど、お伝えしなければならないことが……」
創の胸に、嫌な予感が走った。
穏やかな休息日は、終わった。
第40話、お読みいただきありがとうございます。
ノアに強制された、久しぶりの休息日。
穏やかなひとときも束の間、その終わり方には、少し不穏な予感を残してしまいました。
次話、その正体が明らかになります。




