第39話 日常の中の変化
気づけば、創の一日は、以前とは比べものにならないほど忙しくなっていた。
「――マスター、本日の予定を確認します」
朝、身支度をしている創の頭に、ノアの声が響く。
「午前中は凛様のパーティに同行。午後は新規依頼が二件。その後、貸与中のゴーレム五体の点検。夕方から収支の整理です」
「……五体か」
創は、シャツの袖を通しながら、思わず苦笑した。
「昨日も五体だったよな」
『昨日のうちに三体は完了しています』
「じゃあ、今日は二体だけか」
『いえ。新たに三体、点検時期を迎えています』
「……なるほど」
創は、しばらく天井を見上げた。
「増えてるじゃないか」
『はい』
ノアの返事が妙に淡々としていて、創は吹き出した。
「まあ、仕事が増えたってことだよな」
工房を出ると、創はギルドへ向かった。
以前なら、一件の依頼を終えれば、その日の仕事はほとんど終わっていた。
今では、朝から予定が埋まっている。
忙しい。
だが、不思議と嫌ではなかった。
午前中、凛のパーティに同行していると、創は自分の動きが以前とは変わっていることに気づいた。
荷物の確認。
ゴーレムの状態確認。
依頼内容の再確認。
次の行動の準備。
意識しなくても、自然と身体が動く。
「――なんか、こういうのにも慣れてきたな」
「何がだ?」
隣を歩いていた凛が、ちらりとこちらを見る。
「こうやって、朝から予定を詰め込んで動く生活です」
「……顔は慣れてないみたいだけどな」
「え?」
「疲れてる」
「そんなに分かります?」
「分かる」
即答だった。
創は、自分の頬を軽く撫でた。
「……ちゃんと寝てるんですけどね」
「寝る時間が足りないんじゃなくて、休む時間が足りないんだろ」
「それは……」
言い返せず、創は苦笑した。
凛は前を向いたまま、ぽつりと続ける。
「無理して倒れたら、ゴーレムどころじゃないぞ」
「――はい。気をつけます」
以前なら、こんな言葉を凛から聞くことはなかった。
それだけで、少しだけ嬉しくなった。
午後。
新規の依頼者二組への説明を終えた頃には、空はすでに夕暮れに近づいていた。
工房へ戻った創は、作業台の上に並べられたゴーレムを見て、思わず肩を落とす。
「……さて」
五体。
一体ずつ確認していく。
関節部の摩耗。
魔力経路の状態。
荷重制御の反応。
小さな異常を見つけるたびに、記録を残していく。
「ノア、三号機の右脚、少し反応が遅くないか?」
『確認します』
短い沈黙。
『……はい。前回の点検時より、約〇・二秒の遅延があります』
「やっぱりか」
創は工具を手に取った。
「部品交換までは必要ない。こっちを調整してみる」
『了解しました』
作業に集中しているうちに、時計の針が進んでいく。
ふと窓を見ると、外はすっかり暗くなっていた。
「……もうこんな時間か」
創は背筋を伸ばした。
その瞬間、机の隅に置いていた魔石の在庫表が目に入った。
「――そういえば」
先日、商店で聞いた話を思い出す。
魔石の品薄。
急な大口注文。
そして、最近の不審な噂。
「ノア。魔石の仕入れ、問題ないか?」
『現時点では確保できています。ただし、以前より仕入れ価格が上昇しています』
「……やっぱりか」
創は、少しだけ眉を寄せた。
『気になりますか?』
「まあな。でも、今は考えても仕方ない」
創は在庫表を閉じた。
「まずは、目の前の仕事だ」
そう言って、再び作業に戻る。
夜。
すべての整備を終え、収支の記録まで整理し終えた頃には、日付が変わりかけていた。
創は椅子に身体を預け、大きく息を吐いた。
「……いつの間に、こんな生活になったんだろうな」
会社員だった頃は、決められた仕事を終えれば、一日の役目は終わりだった。
今は違う。
自分で仕事を作り、自分で問題を見つけ、自分で次の手を考える。
面倒なことも多い。
疲れることだってある。
それでも――。
「……悪くないな」
創は、小さく笑った。
『何か、おっしゃいましたか?』
「いや」
創は立ち上がった。
「明日の予定は?」
『午前中は凛様のパーティ。午後から新規依頼が一件。夕方には――』
「そこまででいい」
創は苦笑する。
「聞くだけで疲れてきた」
『では、休まれることを推奨します』
「そうするよ」
工房を出る前、創はふと振り返った。
並んでいるゴーレムたちは、静かに主人を見送っている。
少し前まで、ここには数体のゴーレムしかいなかった。
今では、依頼を受けて外へ出ている仲間もいる。
仕事が増えた。
収入も増えた。
頼ってくれる人も増えてきた。
――その一方で。
どこかで、自分たちを警戒している誰かもいる。
「……まあ、なるようになるか」
創はそう呟き、工房の明かりを落とした。
明日もまた、忙しい一日が始まる。
その先に何が待っているのか。
今の創には、まだ知る由もなかった。
第39話、お読みいただきありがとうございます。
忙しさが増していく日常の中にも、着実な変化と手応えが積み重なっていました。
「なるようになるか」という一言に、まだ知らない先の展開への予感を重ねていただけたら嬉しいです。
次話では、束の間の休息回をお届けします。




