第38話 気づかぬ影
記録を徹底するようになってから、表立った妨害はしばらく鳴りを潜めていた。
「――最近は、何もないな」
工房で帳簿を確認しながら、創は呟いた。
『はい。虚偽の依頼キャンセル以降、不審な動きは確認されていません』
「……なら、終わったのか」
『可能性はあります』
ノアは一拍置いた。
『ですが、警戒を解除する理由にはなりません』
創は苦笑した。
「分かってるよ」
以前なら、問題が解決したと思えば安心していた。
だが今は違う。
商売というものには、目に見えない部分にも問題が潜んでいる。
それを、少しずつ理解し始めていた。
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数日後。
創はゴーレム用の魔石を仕入れるため、いつもの店へ向かった。
「すみません。魔石の在庫、ありますか」
「悪いね、兄さん」
店主は申し訳なさそうに頭をかいた。
「今、ちょっと品薄なんだ」
「品薄?」
「珍しいことじゃないんだがな。最近、大量購入する客がいて」
創は足を止めた。
「大量購入……?」
「ああ。探索支援関係の業者だとか言ってたな」
「どこの会社か分かりますか」
「そこまでは聞いてないな。ただ、かなりまとまった量だったよ」
創は礼を言って店を出た。
偶然かもしれない。
魔石を大量購入する企業など、いくらでもある。
それでも――
胸の奥に、小さな違和感が残った。
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工房へ戻ると、創はノアへ伝えた。
『確認しました』
「どう思う」
『魔石の大量購入自体は、不自然ではありません』
「だよな」
『ただし、時期については記録しておきます』
「……俺の事業が伸び始めた頃、か」
『はい』
創は黙り込んだ。
疑えば、何でも怪しく見える。
だが、何も考えなければ、また足元をすくわれる。
その間で揺れていた。
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さらに数日後。
別の問題が起きた。
依頼用に準備していた作業装備の一部が、見当たらなくなっていた。
「……おかしい」
収納を確認する。
しかし、記録上は出し入れの履歴に異常はない。
『収納内部への不正アクセスは確認できません』
「じゃあ、俺の確認ミスか」
『可能性はあります』
ノアは否定しなかった。
『ただ、最近発生している事象と合わせると、注意対象として記録します』
創は装備を探しながら考える。
一つ一つなら、小さな出来事だ。
魔石不足。
装備の紛失。
どちらも偶然と言える。
だが。
「……偶然って、何回まで続くんだろうな」
小さく呟いた。
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その週末。
創はギルド食堂で昼食を取っていた。
何気なく手に取った業界紙。
そこに、一つの記事が載っていた。
**『探索支援大手、新規サービス展開へ』**
記事の横には、大きな企業ロゴ。
「……これ」
『確認しました』
ノアが答える。
『探索支援企業としては、国内でも有数の規模を持つ会社です』
「どんな会社なんだ」
『護衛派遣、探索補助、人材管理などを幅広く展開しています』
創は記事を読み込む。
そこには、企業としての成長戦略や、新しいサービスへの取り組みが書かれていた。
悪意があるようには見えない。
むしろ、普通の企業活動の記事だった。
「……じゃあ、関係ないのか」
『現時点では判断できません』
創は新聞を閉じた。
疑うことは簡単だ。
でも、証拠もなく誰かを敵と決めつけるのは違う。
それは、これまで信頼を大切にしてきた自分のやり方ではない。
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帰り道。
創は夕暮れの空を見上げた。
何かが動いている。
その感覚だけは消えなかった。
だが、同時に思う。
もし本当に誰かが自分の前に立ちはだかるなら――
逃げるのではなく、正面から向き合わなければならない。
「……まだまだ勉強することばかりだな」
『ですが、マスター』
ノアの声が響く。
『以前のマスターなら、この状況を単なる技術問題として考えていたと思います』
創は少し笑った。
「……確かにな」
ゴーレムを作るだけでは足りない。
信頼を守ること。
事業を続けること。
それもまた、自分の仕事なのだ。
工房へ戻る道の先。
見えない場所で何かが動いている。
その予感だけが、静かに残っていた。
第38話、お読みいただきありがとうございます。
見えない場所で、何かが静かに動いている。
そんな不穏な気配を、丁寧に描いた回でした。
次話では、少しだけ穏やかな日常に戻ります。




