第4話 買い替え
通帳の残高を確認するたび、創は小さくため息をつくようになっていた。
「……このままだと、まずいな」
先月より、また減っている。
派手な買い物をした覚えはない。それでも、家賃、食費、通信費、ギルドへの登録費用。細々とした支出が積み重なれば、残高は確実に減っていく。
採掘・運搬の契約仕事だけでは、生活を支えるには心許なかった。
「ハズレ職、か……」
創は、スマートフォンに表示された今月の収入を眺めながら呟いた。
ゴーレムマスター。
それ自体が悪いスキルというわけではない。
ただ、現状では扱いづらい。
ゴーレム一体を動かすだけでも細かな指示が必要で、複数体を同時に操れば集中力を大きく消耗する。
収納を手に入れてからは、道具や採掘物の運搬効率が大幅に上がった。
それでも、それだけだった。
仕事の効率が上がったからといって、契約単価まで上がるわけではない。
「……便利にはなった。でも、稼げるようになったわけじゃない」
創は、椅子の背もたれに身体を預けた。
会社員時代なら、仕事を効率化すれば、それなりに評価されることもあった。
だが、今は違う。
契約先からすれば、創は「ゴーレムを使って採掘や運搬をする探索者」の一人に過ぎない。
どれだけ自分なりに工夫しても、その工夫がそのまま収入に結びつくわけではなかった。
(このままじゃ、いつか貯金が尽きる)
その事実だけは、誤魔化せなかった。
創は小さく息を吐き、仕事道具を片付けようとした。
そのとき――。
「……あ」
手に取ったスマートフォンの画面が、突然暗くなった。
「またか?」
電源ボタンを押す。
反応しない。
もう一度。
やはり反応しない。
「……おい」
充電器を繋いで数分待つ。
ようやく画面が点いたと思った瞬間、表示されたのは、蜘蛛の巣のように広がったひび割れだった。
創は、その画面をじっと見つめる。
この傷は、あの落下事故のときについたものだ。
今まで何とか使ってきた。
だが――。
「……限界か」
指で画面を操作する。
反応が遅い。
何度かタップして、ようやく反応する。
しかも画面の一部は、完全に反応しなくなっていた。
これでは、ギルドからの連絡を受けるのも難しい。
探索者の仕事では、スマートフォンは単なる連絡手段ではない。
依頼の確認。
契約の管理。
ダンジョン情報の検索。
地図。
報酬の確認。
今では、仕事道具の一つと言ってもいい。
「……修理するより、買い替えた方が早いか」
問題は金だった。
創はしばらく悩んだ末、仕事帰りに家電量販店へ向かった。
店内には、最新型のスマートフォンがずらりと並んでいる。
「高いな……」
値札を見るたび、創の眉間に皺が寄る。
最低限の機能だけなら、もっと安い機種もある。
だが、長く使うことを考えると、性能を妥協するのも怖い。
何より――。
「……これか」
一台の端末の前で、創の足が止まった。
そこには、大きなポップが掲げられていた。
**『新登場――ローカルAI搭載スマートフォン』**
「ローカルAI……」
創は、思わず商品説明を読み始めた。
端末内部にAI処理用の専用チップを搭載。
クラウドへ接続しなくても、一定のAI機能を利用できる。
通信環境に左右されにくく、入力した情報を端末内だけで処理することも可能。
「……オフラインでAIが動くのか」
創は、興味を惹かれた。
会社員時代から、AIそのものには興味があった。
だが、当時はあくまで仕事を効率化するための道具という認識だった。
それが今では、ダンジョンという特殊な環境に身を置いている。
通信が不安定になる場所もある。
そう考えると、端末単体で動作するAIというのは、探索者にとってかなり便利そうだった。
「こちら、最近かなり人気の商品なんですよ」
近くにいた店員が声をかけてきた。
「特に、AI機能を重視される方には好評です。端末内で処理できる機能も多いので」
「……バッテリーは?」
「かなり大容量です。AIを常時利用することも想定されています」
「耐久性は?」
「こちらは――」
店員の説明を聞きながら、創はスペック表を確認していく。
処理性能。
メモリ。
ストレージ。
バッテリー容量。
どれも、今使っているスマートフォンとは比較にならない。
(……欲しい)
その感情が、真っ先に浮かんだ。
だが――。
創は値札を見る。
「…………」
財布の中身が頭に浮かぶ。
今月の生活費。
来月の家賃。
残りの貯金。
「……いや、待て」
自分に言い聞かせる。
「今の俺に、こんな高いものが必要なのか?」
安い機種なら、もっといくらでもある。
電話とメッセージだけなら、それで十分だ。
そう思った。
思ったのだが――。
「……でも、どうせ買い替えるなら」
創は、もう一度スペック表を見る。
「少しでも長く使える方がいいよな」
自分でも苦しい言い訳だと思う。
だが、完全な言い訳でもなかった。
スマートフォンは、今の創にとって仕事道具でもある。
だったら、多少高くても、性能の良いものを選ぶ意味はある。
「……これ、ください」
「ありがとうございます」
会計を終え、店を出る。
夜の街を歩きながら、創は手提げ袋を見下ろした。
「……買っちまった」
財布の中身は、明らかに軽くなっている。
「今月、少し節約しないとな……」
苦笑する。
それでも、不思議と後悔はなかった。
手に入れたばかりの端末を眺める。
真新しい画面。
傷一つない筐体。
そして――高性能なAI処理機能。
「……ローカルAI、か」
創は、ぽつりと呟いた。
なぜだか、その言葉が妙に頭に残った。
帰宅すると、創は早速箱を開けた。
保護フィルムを剥がす。
本体を手に取る。
今まで使っていたものより、明らかに軽く、薄い。
「技術の進歩って、すごいな……」
充電ケーブルを繋ぎ、電源ボタンを押す。
一瞬、画面が暗くなる。
次の瞬間――。
漆黒の画面に、白い文字が浮かび上がった。
《初期設定を開始します》
創は画面を操作する。
言語設定。
地域設定。
ネットワーク設定。
そして、いくつかの項目を進めたところで――。
《AIアシスタントを作成します》
創の指が止まった。
「……AIアシスタント?」
画面には、続けて一行の文字が表示される。
《あなたのAIアシスタントに名前を設定してください》
[ ]
創は、しばらく画面を見つめた。
「名前、か……」
AIに名前を付ける。
ただの初期設定だ。
それだけのことなのに、なぜか少しだけ考えてしまう。
「……名前なんて、適当でいいか」
創は、入力欄に指を伸ばした。
まだ、この時の創は知らなかった。
この何気ない選択が――。
自分の人生だけでなく、これからのゴーレムの在り方すら、大きく変えていくことになるとは。
そして、その小さな画面の向こうに、自分の運命を変える存在が待っていることも。
「さて……」
創は、もう一度画面を見た。
「なんて名前にするかな」
その瞬間から、創の日常は、少しずつ変わり始めていた。




