第3話 ゴーレムとは
思い立ったが吉日、とはよく言ったものだ。
とはいえ――実際に始めてみると、勢いだけではどうにもならないことばかりだった。
「――まず、何から作ればいいんだ」
創は借りている安アパートの片隅に座り込み、床いっぱいに広げた技術書を見下ろしていた。
探索者向けの資料から、ゴーレム技術を専門に扱った古い本まで。
どれも人気のある分野ではないらしく、図書館の棚の奥や、ギルドの資料室の隅からようやく見つけてきたものだ。
ページをめくりながら、創は眉を寄せる。
ゴーレム化について書かれている内容は、思っていた以上に単純だった。
**魂を持たない物体であれば、基本的にゴーレム化が可能。**
土。
石。
木材。
金属。
素材そのものに、大きな制限はない。
逆に――魂を持つ生き物には、ゴーレム化は作用しない。
「……収納と似てるな」
創は、ふと呟いた。
収納も、生き物を対象にできない。
ゴーレム化も、生き物には作用しない。
単なる偶然なのか。
それとも、この二つには何か共通する仕組みがあるのか。
「まあ、今考えても分からないか」
今の創には、そこまでの知識はない。
まずは自分で作ってみる。
話はそれからだ。
翌日。
仕事を終えた創は、廃材置き場や資材店をいくつも回った。
木材。
金属板。
ワイヤー。
小さな歯車。
関節に使えそうな部品。
必要になりそうな素材を見つけるたび、創は収納へ放り込んでいく。
「収納」
淡い光とともに、木材が消える。
「収納」
金属板が消える。
「収納」
工具まで消える。
以前なら両手いっぱいに抱え、何度も往復しなければならなかった。
それが今では、必要なものを持ち帰るのに苦労しない。
「……やっぱり便利だな」
収納。
世間では地味なハズレスキルとして扱われている。
だが創にとっては、すでに手放せない能力になりつつあった。
その夜。
狭いアパートの部屋に材料を広げ、創は作業を開始した。
「まずは骨格……」
参考書を横に置き、見よう見まねで部品を組み合わせていく。
専門家が見れば、きっと頭を抱えるような構造だろう。
それでも創なりに考えた。
重量。
重心。
関節の可動域。
魔力を流すための経路。
商社時代、機械そのものを設計していたわけではない。
それでも、資材を扱い、製品の構造や仕様を調べてきた経験はある。
「ここを補強して……」
金属板を取り付ける。
「関節は、少し余裕を持たせた方がいいか」
ワイヤーを調整する。
「よし……」
三時間後。
創は、目の前に完成したものを見つめていた。
「…………」
人型。
一応、人型ではある。
だが――。
右腕と左腕の長さが違う。
脚の長さも微妙に違う。
膝の関節は、どう見ても不安になる方向へ曲がる。
頭部も少し傾いている。
「……ひどいな」
自分で言ってしまうくらいには、ひどかった。
それでも。
「まあ、動けばいい」
創は立ち上がった。
これが初めて作ったゴーレムだ。
完璧を求めるのは無理がある。
まずは動かす。
話はそれからだ。
創は両手をゴーレムへ向けた。
意識を集中させる。
すると、身体の奥から何かが流れ出していく感覚があった。
魔力。
ゴーレムマスターとして、何度も感じてきた感覚だ。
だが――自分で作ったものへ流し込むのは、これが初めてだった。
淡い光が、ゴーレムの全身を包み込む。
やがて光が消える。
ゴーレムの頭が、ゆっくりと持ち上がった。
「…………」
創は息を止めた。
ゴーレムが立ち上がる。
ぎこちない。
それでも、立った。
「……動いた」
思わず笑みが浮かぶ。
「本当に、動いた……!」
自分で作った。
自分でゴーレム化した。
その存在が、今、目の前で動いている。
「よし」
創は一歩近づいた。
「歩け」
ゴーレムが右脚を持ち上げる。
ゆっくりと踏み出す。
一歩。
「おお……」
二歩。
「いける」
三歩目――。
ガクン。
「……え?」
ゴーレムの膝が、不自然な方向へ折れた。
ガシャァン!
「うわっ!」
全身が崩れ落ちる。
床に金属音が響いた。
「…………」
創は、しばらく動かなかった。
やがて。
「……あー」
天井を見上げる。
「そうなるか」
慌ててゴーレムを起こし、破損箇所を確認する。
原因は明白だった。
単純に構造が悪い。
関節の強度不足。
重心のズレ。
左右の重量差。
素人が勢いだけで作ったのだから、当然といえば当然だった。
「これは……作り直しだな」
創は工具を手に取った。
修理して、もう一度動かす。
今度は二歩。
別の箇所が壊れた。
修理する。
三歩。
今度は腕が外れた。
さらに修理する。
動かす。
今度は歩ける。
だが――。
「……遅い」
創は、ゴーレムの動きを見つめていた。
「右腕を上げろ」
命令から、実際に腕が動き始めるまで、わずかな間がある。
「右」
ゴーレムが動く。
「止まれ」
――止まる。
「……左腕」
また、少し遅れて動く。
創は眉を寄せた。
「もう一度」
同じ命令を出す。
やはり遅い。
「…………」
創は腕を組んだ。
これは、構造だけの問題ではない。
もちろん、作りが悪いせいで動きが鈍い部分はある。
だが、それとは別に――。
**命令を受け取ってから、動き始めるまでに妙な間がある。**
「……なんだ、これ」
創はゴーレムの前にしゃがみ込んだ。
関節を確認する。
魔力の流れを確認する。
命令を変えてみる。
「右腕を上げろ」
遅い。
「右腕」
遅い。
「上げろ」
やはり遅い。
言葉を短くしても変わらない。
「……命令の長さじゃないのか」
創は立ち上がった。
試しに、仕事で使っている採掘用ゴーレムの動きを思い出す。
あれも、決して反応が良いわけではない。
指示を出してから、一拍遅れて動く。
細かな動作をさせようとすれば、さらに遅くなる。
今まで創は、それを「ゴーレムとはそういうもの」だと思っていた。
だが――。
自分で作ってみて、初めて分かった。
これは、単純な設計ミスではない。
「…………」
創は、目の前のゴーレムを見つめた。
構造を変えても。
関節を強化しても。
魔力の通り道を調整しても。
どうしても残る、この反応の遅さ。
「……ゴーレムって、そもそもこういうものなのか?」
答えは、まだ出ない。
それでも、一つだけ分かった。
**ゴーレムの使いにくさには、創がまだ知らない原因がある。**
「……面白い」
創は、思わず笑った。
失敗作を前にしているというのに、不思議と気持ちは沈んでいなかった。
むしろ逆だった。
原因が分からない。
だからこそ、調べる価値がある。
「もう一回だ」
創は工具を手に取った。
「今度は、関節からやり直す」
床に転がったゴーレムを起こす。
そして、ふと手を止めた。
「……そういえば」
名前がない。
ずっと「ゴーレム」と呼んでいた。
創は少し考えた。
完璧とは程遠い。
失敗だらけ。
けれど――ここから始まった。
「……ゼロ」
創は、ゴーレムの傾いた頭に手を置いた。
「お前の名前、ゼロでいいか」
当然、返事はない。
それでも創は、小さく笑った。
「ここからだからな」
窓の外は、すっかり暗くなっていた。
狭い部屋の中。
不格好なゴーレムと、その前に座り込む一人の男。
まだ何も成し遂げてはいない。
けれど――。
創は知らなかった。
この小さな失敗作が、後に数え切れないほどのゴーレムを生み出す技術の、最初の一体になることを。
そして。
今、創が感じている「反応の遅さ」こそが、ゴーレムという存在そのものを覆す、大きな秘密へと繋がっていくことを。
第3話まで、お読みいただきありがとうございます。
ひとまず、初回投稿分はここまでとなります。
ハズレ職と言われ続けたゴーレムマスターが、この後どう這い上がっていくのか。まだまだ序章に過ぎません。
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次話更新まで、少しお時間をいただくかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。




