第36話 妨害の兆し①
翌朝。
創がギルドへ向かうと、いつもとは違う空気を感じた。
視線。
正確には、視線を向けられている気がした。
気のせいかと思いながら受付へ向かうと、職員が少し言いにくそうな表情で声をかけてきた。
「――あの、少しよろしいですか」
「はい」
「貸与サービスについて、確認したいことがありまして」
職員は一枚の紙を差し出した。
そこには、いくつかの問い合わせ内容がまとめられていた。
「『ゴーレムが暴走したという話を聞いたが、本当なのか』」
創の表情が変わる。
「……暴走?」
「はい」
職員も困ったように眉を寄せた。
「ただ、こちらでも確認しましたが、そのような事故報告はありません」
「当然です。そんなこと、一度も」
創は言いかけて、口を閉じた。
怒りそうになった。
だが、怒ったところで意味はない。
「……誰から聞いた話なんですか」
「そこが問題でして」
職員は首を振った。
「皆さん、『知り合いから聞いた』『誰かが話していた』というばかりで、最初の情報源が分からないんです」
創は紙を見つめた。
事実ではない。
それは分かっている。
だが――
事実ではない話でも、信じる人がいれば影響は出る。
「分かりました。教えていただいてありがとうございます」
創は頭を下げた。
ギルドを出た後も、その言葉が頭から離れなかった。
暴走。
怪我。
危険。
自分が一番避けたかった言葉だった。
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昼。
創はいつもの食堂へ入った。
席につき、注文を待っていると、隣の席から声が聞こえた。
「なあ、例のゴーレムの話、聞いたか?」
「凛のところのやつだろ?」
「ああ。便利らしいけど、危ないって噂だ」
創の手が止まった。
以前なら、聞き流していたかもしれない。
だが今は違う。
その噂は、自分だけの問題ではない。
利用してくれている探索者たちにも関わる。
「……すみません」
創は、思わず声をかけた。
「その話、どこで聞きましたか」
二人の探索者が振り向く。
「え? ああ……掲示板だったかな」
「掲示板の、どこですか」
「いや……そこまでは」
二人は顔を見合わせた。
「悪い。詳しく確認したわけじゃない」
「そうですか」
創は、それ以上追及しなかった。
だが、胸の中には重いものが残った。
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工房へ戻ると、創はすぐにノアへ伝えた。
『――状況を整理します』
ノアの声が響く。
『事故記録なし。稼働異常なし。しかし、複数箇所で類似した内容の噂が発生』
「偶然って可能性は?」
『あります』
ノアは少し間を置いた。
『ですが、不自然な点もあります』
「不自然?」
『内容が似すぎています』
創は黙った。
『通常、自然発生した噂は、人から人へ伝わる過程で内容が変化します。しかし今回確認できる範囲では、「暴走」「危険」「怪我」という単語が、ほぼ同じ形で使われています』
「……誰かが、同じ話を広げている?」
『可能性の一つとして考えられます』
創は工房を見渡した。
並んでいるゴーレムたちは、いつもと変わらない。
静かに。
ただ、そこに存在している。
「……俺たちは、何か間違ったことをしたのか」
『いいえ』
ノアの返答は、即座だった。
『少なくとも、記録上は問題ありません』
「でも」
創は拳を握った。
「信用って、一度壊れたら戻すのは大変だよな」
『はい』
ノアは否定しなかった。
『だからこそ、対応が必要です』
創は深く息を吐いた。
成功すれば、注目される。
注目されれば、反発も生まれる。
会社員だった頃には、考えもしなかった問題だった。
「……事業って、作るだけじゃ終わらないんだな」
『その通りです、マスター』
創は、静かに頷いた。
ゴーレムを改良する。
依頼をこなす。
それだけでは足りない。
信頼そのものを守ることも、経営者の仕事なのだ。
その夜。
誰もいない工房の外で、一人の影が掲示板を眺めていた。
そこには、新しく貼られた紙がある。
**『ゴーレム貸与サービス利用時の注意について』**
影は、小さく呟いた。
「……そろそろ、反応が出る頃か」
そして、静かにその場を離れた。
第36話、お読みいただきありがとうございます。
不自然な噂が広まり始める、少し不穏な回でした。
創たちはまだ、それが何を意味するのか気づいていません。
けれど、読者の皆さんには、少しだけ先が見えているかもしれません。
次話をどうぞお楽しみに。




